雲南省ホテル「日本人宿泊拒否」の裏事情

2024/11/26 11:30

雲南省騰衝市のあるホテルが日本人であることを理由に宿泊を断ったという動画が話題となっている。

11月6日ごろ、日本人男性が騰衝市のある4つ星の温泉ホテルにチェックインしようとした際、受付の女性に拒否された。

動画を見ると、この女性は「日本人は宿泊できない。騰衝は日本人を受け入れていない」と言い切っている。男性に同行してチェックインしようとした中国人女性はホテルに対し、「日本人の宿泊は不可」という政府の規定を見せるよう求めたところ、受付の女性は「国恥記念日」を意味する警報を鳴らした。

 中国では、この動画がネットに配信されて大変な騒ぎとなった。ホテルには花束や従業員への差し入れが多数届いた一方で、ネットでは「歴史問題は日本人の宿泊を拒否する理由にはならない」との反対コメントも見られた。

 騰衝市はミャンマーとの国境近くにある有名な温泉地であり、「熱海」とも呼ばれている。以前に日本に行き伊豆半島の熱海で温泉に入った経験のある地元の人が名付けたものという。

 今回、宿泊拒否騒動が発生したのは、この地が80年前に日本軍と激戦を繰り広げた場所であることに起因している。

 1942年、日本軍が騰衝を占領し、5月11日に中国遠征軍第20集団が反抗作戦を始め、9月14日に奪回に成功した。この127日間に都合40回以上の戦闘があり、日本側は第148連隊の蔵重康美少将など6000人以上が、中国遠征軍はその上を行く9000人以上が戦死しており、戦いのすさまじさを物語っている。

 中華民国政府はこの戦いの後、犠牲となった軍人を埋葬する「国殤墓園」を現地に設立した。私も10年前に訪れたが、山の斜面に並んだ墓石に思わず息をのんだ。1万人近い中国軍人が騰衝を奪回するために鮮血を流しつくす光景を思い浮かべてしまった。

 また、この墓地のふもとに、「倭塚」と書かれた別のちっぽけな墓石があった。藏重康美少将など日本軍の将校が眠っているという。

 このような情報を知って、騰衝の人が80年も過ぎた今でも日本に恨みつらみを抱える理由が多少なりとも理解できた。

 11月9日の「騰衝のホテルが日本人の宿泊を拒否」という時事通信社の報道に対し、歴史問題で宿泊を拒否することに理解を示しながらも「中国は行くべきところではないと思う」とのコメントも見られた。日本人からすれば中国は危ないところで、旅すると同じような事態に見舞われることを心配している。ある種の恐怖心が生まれているのである。

第二次世界大戦が終わって79年も経つが、歴史問題がまたも中日両国における極めて敏感な問題となってしまった。日本人はほとんど理解に苦しむことで、過ぎ去ったことで今更蒸し返す必要はないという人もいるだろう。しかし中国ではこのような歴史の記憶は深まる一方であって、両国間で歴史問題を巡って大きな「温度差」が生じてゆく。

 私は最近、山口百恵さんの息子である三浦祐太朗さんが11月2日に行った上海ライブを後援した。本人初めての海外でのライブであったが観客席はぎっしり満員で、山口百恵さんとその息子への絶大な人気を示すものだった。

 ところが、コンサートの後に蘇州の寒山寺に行った際、展示物だった空海と鑑真の像が撤収されていることに気づいた。「なぜ日本の僧侶を奉納するのか。鑑真は日本に行ってしまった『売国奴』ではないのか」という抗議を受けてのものだという。

 中国ではこのように、日本に対して世論が過敏に反応することから、地方都市では市長や省長が訪日してもほとんど報道されないこともある。ネットでの批判を恐れて行動を隠密にしているのだ。

 しかし、中国人のすべてが日本に敵意を抱いているわけではない。中国社会は今、二極化しようとしている。日本が好きな人はしょっちゅう旅行に来るし、家を買って住み着く人もいる。逆に日本が嫌いな人は「日本」と聞くだけで反吐が出る。

 日本政府観光庁が10月18日に発表した、2024年7~9月の外国人観光客の速報値では、中国人の訪日客の消費額がコロナ禍前の2019年の同じ時期を上回る1兆9480億円となり、外国人消費額全体の26・6%を占め、1人当たりでは26万7088円となっている。

 さらに国土交通省が11月9日に発表した最新データで、航空便の国際線本数は完全にコロナ禍前までに回復したものの、中国路線は24%減となっている。中国政府が日本人に対する15日間のビザ免除策を再開していないことがひとつ理由である。

 中日両国間のこうした「歴史へのこだわり」を払拭するにはどうすべきか。ペルーで行われたAPECで、石破茂首相は習近平主席との初めての首脳会談から妙案が生まれるだろうか。

(文:徐静波)

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【筆者】徐静波、中国浙江省生まれ。1992年来日、東海大学大学院に留学。2000年、アジア通信社を設立。翌年、「中国経済新聞」を創刊。2009年、中国語ニュースサイト「日本新聞網」を創刊。1997年から連続23年間、中国共産党全国大会、全人代を取材。中国第十三回全国政治協商会議特別招聘代表。2020年、日本政府から感謝状を贈られた。

 講演暦:経団連、日本商工会議所など。著書『株式会社中華人民共和国』、『2023年の中国』、『静観日本』、『日本人の活法』など。訳書『一勝九敗』(柳井正氏著)など多数。

 日本記者クラブ会員。

(中国経済新聞)