動く「非米世界」、アメリカなき世界への胎動

2025/07/9 07:30

世界の潮目が変わった。

 「トランプ2・0」の世界を見渡しての感慨である。

 すでに本稿で「これほどまでに劇的に地に落ちた米国の姿を目の当たりにするとは驚きを禁じ得ない」と述べた。あるいは、「まさに『終わりの始まり』という口吻が重く響く事態となっている」とも記した。いずれも4月20日号でのことである。その後の事態の展開はここで多くを語る必要もないだろう。戦後、たとえ一時期「政権交代」という変局があったとしても、日米同盟基軸を唯一無二の国是として、ひたすら米国への「自発的隷従」の道を歩んできた日本ですら、トランプ関税にかかわって、首班はじめ担当大臣が「国益、国益」と唱えるありさまとなっている。では、トランプ氏との首脳会談後の共同会見で、「仮定の質問にはお答えしかねるというのが日本の定番の国会答弁だ」などと語ってトランプ氏および記者たちに大いに「ウケた」ことでご満悦の様子だったのはなんだったのかという言葉は飲み込むしかない。ここについてもすでに、「ワーキングランチも含め2時間に及ぶ会談で俎上に上ったはずの『関税問題』について、一国のリーダーとして世界に向けて定見を述べることを回避したことがそれほど称えられることなのか」と述べた(2月25日号)。あれこれを蒸し返してあげつらっているのではない。「後証文」でものを言っているのではないという例証に挙げているだけである。

 ここでわれわれが知るべき要諦は、石破茂首相自身が「国益」を主張し始めたことにある。常識と言えばそうでしかないのだが、自発的隷従にのみ徹している場合ではないということを世界の動きから知らされたということである。とりわけ中国の毅然たる態度によって、トランプ氏および米国の「懇願」の構図の中で米中がジュネーブ、ロンドンと二度にわたる「協議」を重ねることになった姿を目の当たりにして、言うところの「グローバルサウス」をはじめとする「非米世界」が「トランプ2・0」の本態を見抜き、世界の潮目がすっかり変わったことに、日本の大方のメディア、政治、経済に携わる人々が、時には節操もなくとさえ言いたくなるものだが、「覚醒」させられたというわけだ。すなわち、「トランプの米国信ずるに足らず」という揺らぎが世界を覆い始めたのである。

 ただし、だからといって相変わらずの「中国脅威論」から思考が自由になれたということにはならない。カナダ・カナナスキスで開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)の場でトランプ大統領との「首脳会談」を終えた石破首相は記者団に開口一番「およそ30分間トランプ大統領と会談を行った。自由で開かれたインド太平洋を推進し、両国が世界の平和と繁栄に貢献するため、日米同盟をさらに強化していくことを確認した」と切り出した。この旧態依然たる思考の停止状態には世界の大局に取り残される危惧を抱かざるを得ない。

 では、潮目が変わったという大きなうねりの中で何に目を向けるべきかである。詰まるところ、「非米世界」は片時も歩みを止めることなくダイナミックに動いている、すなわち、世界はすでに「アメリカなき世界」に向けての歩みを加速しているということである。このことをわれわれは知らなければならない。その一端だけだが、日本のメディアではほとんど伝えられなかった直近の動きを挙げる。

 「ASEAN2045」と言われてどれだけの人がピンとくるだろうか。日本のメディアでは数少ない例外を除いて伝えられなかったが、マレーシアの首都クアラルンプールで5月26・27日の両日開催された第46回東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議でASEANの今後20年間の発展に向けてのビジョン「ASEAN共同体ビジョン2045」が採択された。筆者は、シンガポールのテレビ局CNAのニュースが詳細に伝えたことで知ることになったのだが、この「ビジョン」は2015年に採択された「ASEAN2025:共に前進する」を更新するものとして、今後20年という未来を見通したASEAN地域の戦略的方向性を示したものである。ASEAN構成諸国の連携の一層の深化、ガバナンス能力の向上さらには域内外のパートナーとの連携強化を打ち出している。会議では「ビジョン」とあわせ6つの戦略的文書が採択された。まさに「躍動するASEAN」の鼓動が聞こえてくる感がある。

 さらに注目すべきは、これは日本メディアでも伝えられたが、ASEANと中国、ペルシャ湾岸の6か国が加盟する「湾岸協力会議」の初の首脳会議がASEAN首脳会議に接続する形で開催されたことである。中国からは李強首相が出席し「3者協力の新たな章が開かれた。中国はASEAN諸国及び湾岸協力会議諸国と共に、発展戦略の連携を強化し、地域統合協力を深化させ、世界貿易機関(WTO)中心の多角的貿易体制を断固として守り、産業・サプライチェーンの安定性及び円滑性を維持し、共同発展の新たな局面を不断に切り開いていく」と語った。マレーシアのアンワル首相は首脳会議後の記者会見で「ASEANは米中両国と関与し続けており、特定の国に偏ってはいない」と強調したが、米国およびその下に追従する日本は埒外にあることは明らかである。

 また、新興国グループ「BRICS」にインドネシアが加盟したのは今年1月だった。1年前にエジプト、エチオピア、イラン、アラブ首長国連邦(UAE)が加わったBRICSはこれによって正式加盟国は10カ国となった。さらに、「パートナー国」にベトナムが正式に認定されたとBRICSの議長国ブラジルから発表されたのは今月13日。これで「パートナー国」はマレーシア、タイ、ベラルーシ、キューバ、ボリビアなど10カ国になった。こうした「非米世界」の「米国抜き」の新たな胎動は枚挙に暇がない。そしてそこには例外なく中国が迎えられていることを、日本のわれわれは知る必要がある。

 先月世を去ったジョセフ・ナイ氏とロバート・O・コヘイン氏(プリンストン大学名誉教授)の共同稿「『アメリカの世紀』の終わり―ドナルド・トランプとアメリカパワーの終焉」が「フォーリン・アフェアーズ・リポート」7月号に掲載されることが予告された。ナイ氏の「遺言」とさえ言える稿の予告「アブストラクト」(要旨)は「トランプが、米同盟諸国の信頼を低下させ、帝国的野望を主張し、米国際開発庁を破壊し、国内で法の支配に挑戦し、国連機関から脱退する一方で、それでも中国に対抗できると考えているのなら、彼は失意にまみれることになるだろう。アメリカをさらにパワフルにしようとする彼の不安定で見当違いの試みによって、アメリカの支配的優位の時代、かつてヘンリー・ルースが『アメリカの世紀』と命名した時代は無様に終わるのかもしれない」と結ばれている。

 すでに世界の潮目は大きく変わった。このことに無知であるなら歴史から取り残される運命にあることを知らねばならない。

 世界は変わる!動く世界に感応できる知性と時代観、そして世界観をと願うばかりである。

 (6月17日記)

(文・木村知義)

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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。