「周回遅れのトップランナー」という言葉が思わず口を突いて出た。
アメリカの雑誌「タイム」の「世界で最も影響力のある100人」に、高市首相が選ばれたというテレビニュースに接してである。佐藤啓官房副長官は「報道の逐一について答えることは控える」としながら「日本のリーダーが世界の中で存在感を持つことはわが国の国益にも資するものだ。高市内閣として総理のリーダーシップのもとで今の暮らしや未来への不安を希望に変え、強い経済をつくるとともに、日米同盟を基軸としつつ、自由で開かれたインド太平洋を外交の柱として力強く推進し、進化させるなど引き続き、国家国民のために果敢に働いていく」と述べた。これが「逐一について答えることを控えた」ものかどうか、噴飯ものと言うべきだが、「国益にも資するものだ」という言及に、思わず言葉を飲み込んだ。ただし、アメリカのトランプ大統領や中国の習近平国家主席のほか、ダボス会議における演説で世界の注目を集めたカナダのカーニー首相らと並んで選ばれたというのだから、「たいしたものだ」と思うべきなのかもしれない。しかし、それにしても、「国益」とは何かと、また改めて考えさせられたのであった。
「国益」という佐藤官房副長官の言葉に、改めて、高市首相の訪米、トランプ大統領との日米首脳会談を思い返すことになった。メディアはじめ外交関係者、さらに、言うところの「識者」らが「大成功」と絶賛、高市氏を高く評価したことは多くの知るところである。日ごろ多様なメディアに筆を執って一味違った切り口から論評を提供する、かつて外務省の情報分析に従事した博覧強記で知られる「作家」は、月刊誌の対談で、「現状において、インテリジェンスの観点からは、満点を付けていい内容の会談だった」として「長く宥和的だった日本の対イラン政策が、過去に捉われることなく厳しい姿勢に転じた。民主主義や人権重視の価値観外交から、近年の日本外交が模索してきたトランプ以降の新帝国主義に即したリアリズム外交への転換が、高市政権で完成した」と語る。正直なところ、これを、高市氏への「誉め言葉」と受け取ると「読み違い」となるのではないかと、己の読解力に自信が持てなくなる(筆者の率直な感慨を言えば、この作家の評価は「皮肉」以外の何ものでもない)のだが、その対談では相手が「絶賛ですね(笑)」となっているので、ここは一応「絶賛」ということにしておく。

しかし思い返せば「私は、世界の繁栄と平和に貢献できる、世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っています。で、そのために私は諸外国に働きかけて、しっかりと応援をしたいと思っています。今日、私はそれを伝えに来ました」と、居並ぶ世界各国メディアの前で、トランプ氏に語り、「本当にありがとう。あなたは実に素晴らしい仕事をしている」とトランプ氏のお褒めに与った高市首相とは一体何であるのかという問いが、再び蘇ってくる。米軍による「爆撃」によってイランの小学生170人余りが死亡した(米側は古い地理データによる誤爆だと釈明)ことをふまえるならば、あるいは米・イスラエルによる「無差別爆撃」というべき状況下でおびただしい死者が出ているなかで、こうした高市氏のトランプ氏への「へつらい」がどれほど日本を貶め、日本の「国益」を毀損しているか、ここへの自覚がないとすれば、日本国首班としての鼎の軽重が問われるというべきである。さらに言うなら、ホワイトハウスがホームページで写真を公開した、高市氏が酔いしれたように「歌い踊る」振る舞いなど、正視に堪えないというべきもので、日本国民として暗澹たる思いに駆られたのは筆者独りではあるまい。高市氏は一体何のために米国に赴いたのであろうか。日ごろ「国益」を言い立てる政治家として、何を考えているのか、その浅薄は最早語るべき言葉を持たない。
日本を除くG7のすべての国の首脳はトランプ氏とイスラエルのネタニヤフ首相によるイラン攻撃(戦争)という蛮行に冷徹に向き合い、トランプ氏の怒りを買う状況を世界は目の当たりにすることになった。トランプ氏と最も親和性があると思われてきたイタリアのメローニ首相もまたトランプ氏の「悪罵」にさらされることになっている。すなわち、G7においてトランプ氏の「お友達」は、ありていに言えば「下僕」というべきだが、唯一日本だけという寒貧たる状況なのである。
そのトランプ氏が、来月、イランと米国の協議の実現のために重要な役割を果たしたことを自ら明かした中国に赴く。一方、日本政府は2026年版の「外交青書」で、中国について、「日本に対して一方的な批判や威圧的措置を強めている」として、25年版における「最も重要な二国間関係の一つ」から「重要な隣国」へと位置づけを後退させた。日本にとって最大の貿易相手国・中国に対してなす術を持たない高市政権というべきである。経済界からは、声を潜めてとはいえ、嘆きが聞こえてくる。しかし目を外に転じると、「トランプの米国」よりも「習近平の中国」が頼りになるという「調査」結果があいついで伝えられた。
まず、米ギャラップ社が今月3日に発表した世界規模の世論調査によると、米中のリーダーシップへの評価について、米国支持は31%、中国の36%を5ポイント下回った。ギャラップは「中国の支持率が上がったというよりも、米国の評価が下がった」としているが、米国にとっては無視できない事態となっていることは想像に難くない。さらに、シンガポールのシンクタンク「ISEASユソフ・イシャク研究所」は7日、東南アジア諸国連合(ASEAN)の識者を対象とした最新の年次調査を発表したが、ここでも、「米中の二者択一」を迫られた場合、「中国を選ぶ」と回答したものが52%で、「米国を選ぶ」の48%を上回った。この研究所の調査では、すでに2024年に中国が米国を上回り世界の耳目を集めていた。昨年はわずかに米国が巻き返したのだったが、今年、また中国が上回る結果となった。 そしてもうひとつ、米国の政治メディア「ポリティコ」が3月に発表した世論調査では、北大西洋条約機構(NATO)に加盟するカナダ、ドイツ、フランス、英国の4カ国を対象に「トランプ氏が率いる米国と、習近平の中国のどちらが頼りになるか」を尋ねたところ、いずれの国でも「中国が頼りになる」との回答が上回り、加えて、「中国の技術の方がアメリカより優れている」として、「10年後の世界の覇者は中国であると考えている」という結果となったというのである。いまさらながら、世界の趨勢というものを知らされることになったというべきである。EU諸国首脳が相次いで中国へと向かい習近平主席と会談し、王毅外交部長がこのひと月の間に30になんなんとする各国との電話会談や直接の会談に臨んでいることなど、中国の訴求力、求心力には目を瞠るものがある。
まさしく世界は動いている。世界の歯車は、時にはギシギシと軋みをあげながらも、中国を軸に動き始めている。「国益」を言うなら、世界と時代への視界の広さと認識の深さが鋭く問われる時代に生きていることを知らねばならない。
(文:木村知義 4月16日記)
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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。
(中国経済新聞)
