「未完の革命」という言葉が胸の奥底に響いた。
いま日本、アジアのみならず世界注視の地となっている台湾に赴き、現地の空気を吸い、目を凝らし、人々の姿に触れ、歩いた。台北から高速鉄道で高雄にも足を延ばした。日本統治時代の名残が色濃く残る街を歩きながら、日清戦争後半世紀にわたる日本の植民地支配の過酷を思い、近代以降の中国における台湾の境遇について思考を巡らせた。歩きながら、人々の暮らしの営みを前にして、ふと胸の裡をよぎったのが、「未完の革命」という言葉であった。
では、「未完の革命」とはなんの謂いであるのか。1949年の中華人民共和国の成立に至る近・現代の中国の歴史と新中国誕生以降の中国の歩みを包み込む「中国革命」の途上における「未完」である。
論を進める際に、前提として確認しておかなければならないことが、最低限2つある。一つは、「台湾は中華人民共和国の不可分の一部である」という、日本のわれわれが台湾と向き合う際の原則である。もう一つは、「台湾有事」の虚構性である。この2つは本欄でも詳らかに述べてきたので繰り返すことは控えるが、中国と向き合う際の原則の重さと「台湾有事」をめぐる重心を低くした冷徹な認識の重要性は、どれだけ言葉を費やしても足りない、現在の日本の世情である。
現に、今回の台湾への旅の前、「『台湾は中国の一部』の誤り」と小見出しを立てた一文に出会った。リベラルをもって世に知られる月刊誌をひらいた時のことだ。今もなお影響が深刻な、昨年11月の高市首相の「存立危機事態」と「台湾有事」にかかわる発言について、「(高市氏の)答弁は確かに軽率だったし、ここで擁護するつもりはない」としながら、「しかし、当該答弁に対する、主にリベラル派とされる知識人やメディアによる批判の中で、台湾側の視点をあまりにも欠いたものが多かった。これらの批判には、首相に勝るとも劣らない無知と軽率さが表れている」と厳しく指弾する。そして、「首相答弁に懸念を示し、平和な外交を築くよう要請する」声明を出したあるグループを挙げて、「台湾に言及する文章で看過できない一節があった」として〈台湾は中国の一部であることは日本も承認しており、台湾への武力攻撃が「わが国と密接な関係にある『他国』に対する武力攻撃」でないことは明らかです〉というくだりが声明にあることを批判する。
