DeepSeekの“衝撃”の向こうへ

2025/03/31 07:30

依然、「衝撃」が収まらない。春節前、世界を駆け巡った中国のAI「DeepSeek」出現の衝撃である。

 先月の本紙で二面にわたり詳細に伝えられるとともに、編集長徐静波氏の連載コラムでも「多くの中国人が誇りを感じ、テクノロジーに対する自信が植え付けられた」と感慨が語られた。では、この「DeepSeek」(以下ディープシーク)の衝撃からわれわれ日本および日本人は何を知り、何と向き合うべきなのか、問題意識の一端を述べてみる。

 まず、日本と海外の受けとめの「落差」である。

日本のメディアは初報の段階で「ディープシークについては、米オープンAIの技術を不正利用したとの指摘や個人情報の取り扱いへの懸念が欧米から出ている。共産党政権が宣伝色を強めれば、海外を中心に利用者の急増にブレーキがかかる可能性もある」といったコメントを付けることを忘れなかった。さらに、エヌビディアの先端半導体をどこか別のルートを迂回して手に入れていたのではないか、既存モデルの回答を学習させて新しいモデルを開発する「知識蒸留」と言われる手法を用いたのではないか、領土問題などで中国に都合の良い答えとなるように作られている、ユーザーの情報が中国当局に集められるのではないか、などなど、挙げればきりがないネガティブな報道が相次いだ。なかでも、米国の先端半導体の中国への輸出規制が強化される中でディープシークが登場したことで「経済安保」の観点から「もっと強力に封じ込めなければ」という論調が一層喧しく語られるようになったことは、世界のイノベーションと向き合う上で実に「いびつ」で深刻だと言うべきである。

 しかし、外に目を向けてみると全く違った「風景」が見えてくる。「中国製AIモデルを絶賛するシリコンバレー」と伝えたのは米国のウォールストリートジャーナルだった。シリコンバレーのベンチャーキャピタリストでトランプ大統領に助言する立場にあるマーク・アンドリーセン氏がXへの投稿で、ディープシークは「これまでに見た中で最も驚くべきブレークスルー(飛躍的な進歩)の一つだ」としたことにはじまり、サンフランシスコのAIハードウエア企業ポジトロンの共同創業者バレット・ウッドサイド氏は、自身と同僚の間ではディープシークの話題で持ちきりだと語るとともに、ディープシークのオープンソースモデル(AIモデルを支えるソフトウエアコードが無料で公開されている)について「非常にクールだ」と語ったなどとシリコンバレーの受けとめを伝えた。また、英国「テックテックチャイナ」編集長のビビアン・トー氏は日経新聞への寄稿で「シリコンバレーは長年、ひとつの前提のもとに動いてきた。人工知能(AI)は豊富な資金力を持つ企業の領域であり、インフラとなるコンピューターへの数十億ドルの投資と、半導体のサプライチェーン(供給網)を完全に握ることが必要だというものだ。中国の新興企業DeepSeekがこの幻想を打ち砕いた」と指摘するとともに「中国のAI企業は強靱さを示し、効率を高め、米国の規制によって接近できないと西側が思い込んでいた分野で革新を起こしている。最先端の半導体への中国のアクセスを遮断するという硬直的な政策が、より資源効率の高いAIモデルの開発を加速させたのかもしれない。必要に迫られて革新が進められ、ディープシークの出現につながった」と述べて「未来は制約の中で革新を続ける人々のものだ。ディープシークの台頭が教えるのは、未来はシリコンバレーだけが決めるものではないということかもしれない」と稿を結んだ。「必要に迫られて革新が進められ」という文脈には、われわれが中国と向き合う際の重要な示唆がある。

 過去に遡って呼び起こされる体験的想念がある。1980年代半ばの訪中時のことだ。この時代に至っても、中国では、ホテルやオフィスを出て街中で電話をかけることはなかなか難儀することだった。この広大な中国に電柱を立て電話線を引きあまねく電話が使えるようになるには一体何十年かかるのかと気の遠くなるような思いにとらわれたものだ。しかし、瞬く間にパラダイムは変わった。すなわち、電話に電話線を必要としない、という携帯電話の時代を切り拓いたのだ。そして携帯電話からスマホへ、さらにネット、IT環境において、電話における先行者であった日本はずっと後ろに立ち遅れてしまった現在である。いまや中国製のハイエンドスマホの発売が大きな話題となる時世である。シュンペターの言う「創造的破壊」、まさに、中国の「創新」(イノベーション)の真髄はことごとく、ここにある。

 詰まるところ、「中国速度」の凄さに何を知るかである。先端テクノロジーの分野で中国がすさまじい「スピード」をもって進化、成長していることは言うまでもないが、重要なことは、単に「前を行く」先行者に追いつく「キャッチアップ」をめざしているのではなく、その先の領域あるいは地平を新たに拓く、つまり「ディメンジョン(次元)」を変える「方向感」で動いていることである。すなわち、「先行者」がひらいた世界から新たなパラダイムへとシフトする、パラダイム変換が起きるのである。ここに中国の進化、発展の核心を見ておく必要がある。でなければ中国を見誤る。

 さらに重要な問題が見えてくる。日中の「戦略的互恵関係」の根幹をなす命題である。従来からの、「先を行く日本」、「遅れた中国」という日中両国の位置関係、旧態依然たる「構図」でしか物事を見ることのできない時、技術が流出する、「盗まれる」といった「口吻」が生じる。そこには「教える日本」と「教えられる中国」という上下の関係しかない。しかし、いまやパラダイムは根本的に変わった。あらためて日本の産業の優位性はどこにあるのかが問われる段階に立ち至っているのである。その認識がなければ日中の連携、協力など絵に描いた餅に過ぎない。すなわち「戦略的互恵関係」の「互恵」とはどういうものなのか、日中両国にとっての「ウィン・ウィン」とはいかなる論理において成り立つのかである。それは、協力することによって、日本のわれわれがそれまで持ち得ていた水準を越える新たなイノベーションに向けての契機となる、中国との連携、協力が日本の産業力の新たな進化、発展への梃子となるという構図において日本もまた大きな「恵」を手にするということなのである。「教え育てる」という「教育」関係を脱して、「共に育つ」という「共育」関係へと発展させることで新たな時代の「互恵」関係が生み出されるのである。同じ「きょういく」という「韻」であるが、まったく異なる次元の話となる。

 「DeepSeekの衝撃」から学ぶべき真髄はここにある。「驚き」と表裏一体の「あげつらい」に終始している場合ではない。中国において、分野、領域を異にした地平で第2、第3の「DeepSeek」が現れることは言を俟たない。旧態依然たる「先進」と「後進」のくびきから己を解き放って、中国との協力、連携の新たなありようを創り出さなければ「戦略的互恵関係」などと言ってみても空しい。

 「DeepSeekの衝撃」の向こうへ、われわれが迫られている認識の変換は実に重いと知るべきである。

 (文・木村知義 3月18日記)

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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。