中国のスマート製造の発展現状と市場展望 ~「中国製造から中国智造へ」の転換成果と課題を中心に~

2024/11/14 11:30

1.はじめに

中国では、2011 年にドイツ発祥の「インダストリー4.0」(「第4次産業革命」ともいう)にちなんで自国産業の高度化・スマート化を目指す産業発展戦略が制定された。2015 年5 月に国務院の通達として「中国製造 2025」が公布された。また、同戦略を実施するための詳細なロードマップをはじめ、様々な関連政策を今日までに策定実施されてきた。その中心となるものは、工業インターネットやスマート製造に関連するもので、2015~2025年にまたがる2回分の5か年計画の制定に加え地方版も含め数多く策定されてきた。図表1 にはその最も重要なものを取りまとめている。「デジタル化・グリーン化の協同発展実施指南」という最新の関連施策は、今年8月に公 布 さ れ た も の で (図 表1のNo.20)、製造業及び社会全体のDX・GX の融合発展を目指す主旨で、世界的な時流にも沿っている。「中国製造 2025」が米中貿易摩擦の遠因または火種にもなったといわれているが、中国政府は近年これを公式に触れることを避けつつも、国の政策方針として取り下げたことはなく、2045年までの長期的な戦略として地道に実施されていると受け止められている。

図表2で見る通り、掲げられている2025年までの数値目標はまさにイノベーションによる工業製品の品質向上と製造業のデジタル化・グリーン化であり、世界の発展をリードしているものとも言える。また10年未満の間に、幾多の課題を抱えながらも、一定の成果を上げている。特に、政策の中心ともいえるスマート製造においてはかなり前進し、「中国製造から中国智造への転換」において、確かな一歩を踏み出したと思われる。

本稿は「中国製造2025」戦略提起後の政策展開を留意しつつ、工業インターネットのシステム整備によるスマート製造の発展動向を中心に取り上げ、その発展成果の一つであるスマート工場を重点的に考察し、今後の潜在性と課題を紹介する。

2.工業インターネット戦略の実施によるスマート製造インフラの整備動向

スマート製造を発展させるために、中国政府はかなり早い時点(2016年8月)から「スマート製造工程実施指南(2016~2020 年)」という政策文書(図表1のNo.3)を公布した。この中で、「中国製造 2025」を実施するための詳細な工程指針を第13次5か年計画期に明示し、国際協力を推進することを強く表明した。

同年9月には「スマートハードウェア産業革新発展特別行動(2016~2018)」(図表1の No.4)というスペシャルアクションプランを公布した。これと共に「スマート製造発展計画(2016~2020)」(図表1のNo.5)も公布した。前者はスマート製造のハイエンド設備の開発強化を要請し、後者はスマート製造関連の第13次5か年計画期の推進事業を指示した。なお、スマート製造に関する5か年計画は 2021年12月に「“十四五”スマート製造発展計画(2021~2025)」という表記で公布され、第14次5か年計画期の発展目標と推進事業が明記された。図表3ではこの第14次5か年計画期のスマート製造の発展計画をまとめている。これにより、第13次5か年計画実施後の発展状況がある程度分かり、2025年までの第14次5か年計画の到達目標と主要実施事業も読み取れる。

またスマート製造の発展政策について特に最初から重要視されてきたのが工業インターネット※1の発展推進である。工業インターネットの建設推進に関する政策文書が多数挙げられるが、図表1では主にNo.9とNo.14およびNo.16の3つをピックアップした。これらはどれも中国の工業インターネットの発展に関する重要な政策文書となっている。特に 2022年4月に出された「工業インターネット特別ワーキンググループ 2022 作業計画」では5Gの導入とIoTプラットフォームの増設などに関して80以上の事業推進を指示し、多数の政府部門の業務に対する指示も明記されている。

図表4は2017年11月に明示された「中国の工業インターネットプラットフォーム機能図」を示している。中国では早い時期から工業インターネット産業連盟を結成し、事業白書や調査報告書などの形で工業インターネットの発展推進をリードしてきた。今や中国の工業インターネットは、すでに戦略的新興産業の重要分野として成長・拡大しており、コア産業と浸透産業という二本柱に分かれている(図表5)。

なお、図表6のように、中国の工業インターネットは産業化されたことで戦略的新興産業としてのエコシステムも形成されている。工業インターネットの中核産業はネットワーク、識別、プラットフォーム、データセキュリティ、工業制御・機器、システム統合の7つの主要部分で構成され、この7つの分野に多数の企業が参入しており、中国の工業インターネット産業を支えている。

では遼寧省1省だけが2022年に千億元に達している。また都市として千億元を超えたのは 7都市で、北京、上海、重慶の3直轄市に加え、深セン、広州、杭州、蘇州がある。上位30都市でも長江デルタ、珠江デルタに多く分布している状況である。

3.スマート製造工場の発展(モデル工場とライトハウス工場の増加動向)

中国のスマート製造は上記で見た工業インターネットの基盤整備が構築されてきたことでその発展も順調に進んできたといえる。その主な取り組みとしては、やはり条件の良い産業分野と有力企業におけるスマート製造のモデル工場の推進である(図表10)。「中国工業インターネット発展成果評価レポート(2024年)」によると、2023年末までに全国各地の原材料、設備製造、消費財、電子情報関連分野の国家級のモデル工場は421カ所ある。※2そして、企業の技術、設備、製法などの要望に応じてソリューションを提供し、1,235の応用シーンが形成されている。コロナの影響があった2年間を経て、2023年には多くの増設が行われ、その波及と模範効果が今後期待されるであろう。

なお、図表11には中国のスマート工場の代表例にみる主な取り組み事業と経済効果を紹介したものである。交通・産業機械、製鉄、電子デバイスなどの製造業をはじめ、新エネの風力発電と石油化学の企業もピックアップされており、そのDXとGX化推進による明確な業務効率と経済・社会効果が示されている。

ジェトロの調査レポート(図表12の「資料」)※3によると、スマート 製造の代表例として、「ライトハウス工場」 が世界のスマート製造とデジタル化の先進レベルを代表していると考えられる。これらの工場は様々な業種や規模 で、様々な地域に立地している。そして、効率向上のための変革に注力していることから、世界の製造企業のトレンドをリードする「灯台」とされている。2023年12月に選出された世界153の工場の41%に当たる62カ所が中国に立地していると発表されている。また2023年3月に発表されたデータに基づく世界ライトハウスのオーナー企業数と立地拠点数の散布図(図表13)では、米国よりも中国への立地数がとりわけ多いとされる研究も出ている(図表13 の「資料」)。

4.発展の要因と潜在性及び将来展望(結びに代えて)

通算10年未満という比較的短い期間で、中国の工業インターネットとスマート製造は比較的大きな発展を遂げてきた。この理由は、政府(地域政府含む)の明確な産業発展育成政策の実施※4と、各企業の積極的な事業参入および着実な取り組みの継続が大きいことは確かである。加えてその源泉またはダイナミズムとなるのは、デジタル分野におけるイノベーションの発展と持続にあると考えられる。これはこれまでの中国デジタル経済の発展における企業活動の状況からも窺い知れる。とりわけ次世代インターネットに関する技術特許の出願動向からも、はっきり読み取ることができる。

中国国家知識財産局による最新の調査レポートによると、世界の次世代インターネット技術特許の出願件数は図表14のように顕著に増加してきた。その中で、中国が最大比重を占める主役のプレゼンスが大きく、2023 年にはすでに全体の 70%強を占めるようになっている。各分野(人工知能、クラウド、ビッグデータ―など)でもほぼ同様な状況になっており、最もスマート製造に重要な人工知能関連の技術特許は図表15に見る通りである。また図表16に示す世界の次世代インターネット技術特許の出願件数の国別の比較においても、中国が2位の米国を大きく引き離していることも見て取れる。さらに、世界上位10社の出願件数の比較でも、中国のテンセントがトップに立っているほか、ファーウェイとバイドゥもそれぞれ4位と10位にランクインしている(図表17)。このように今後の中国の工業インターネットやスマート製造の発展を考える場合、技術開発と新製品サービスの供給拡大に明るい見通しと可能性が考えられるであろう。

今後のスマート製造の普及拡大には、多数の有力企業の存在が重要である。また、多数の企業が技術の開発と活用に参入していることが、今後の産業発展と需要拡大に重要な意味合いを持つことは言うまでもない。これに加えて、大いにGXを推し進めている中国のグリーンテック(省エネ・新エネ、排出削減などの環境保全関連技術)の特許保有数と総保有件数に占める比率も顕著に高まり(図表18)、世界との比較においても特許の授権数が大きく拡大している(図表19)。その意味で中国はすでにかつての先進技術のキャッチアップの立場から抜け出しつつあり、世界のDXとGXの発展に対して促進的またはけん引的な役割を果たすようになり始めたことが言えよう。また製造業の高度化、スマート化を主とする第4 次産業革命の流れに勢いよく順応しているとも言えよう。

これまでの発展成果や過去の経験を踏まえて中国政府(国務院)は今年8月末に、産業と社会の全体を巻き込む DX・GX の融合共進を実施させるための通達文書「デジタル化・グリーン化の協同発展実施指南」を公布した。図表20の枠組みで、DXとGXの共同発展に関する方針を明確に打ち出している。応用事例・範例を多数提示しており、60 ページ以上の文書の最後に各分野の事業発展に関する各種標準の一覧表を付記してガイドラインの役割を強化している。具体的な発展の時限的な目標(KPI)は示されていないものの、中国新型工業化の目標年でもあり、スマート製造=「智能製造」の実現とイノベーション発展を基本とする「中国製造 2025」の第2段階の終了年である2035年が、一つの目安となるであろう(図表21)。

つまり、来年には第1段階の目標完成を迎える中国は、第2段階の発展に進んでいくが、その発展がさらに広範囲に及び、DXとGXの共進による産業と社会の同時発展(日本の「ソシエティ 5.0」を想起させられる)を目指している。

これまでも順風満帆な道のりや発展過程ではなかったように、これからも多くの困難や課題に立ち向かわなければならないことは言うまでもない。特に先端半導体の自立化やAI利用拡大による失業者数増・収入減などの対応などが喫緊であろう。ただし、課題のあるところに挑戦や革新が生まれることも多く、また市場販売や投資などのビジネスチャンスも潜んでいるので、中国が門戸開放である限り今後も事業展開の期待ができるであろう。

※1 「工業インターネット」とは、中国語にちなむ便宜的な表記で、正式的にはインダストリアル・インターネット(Industrial Internet)、または産業インターネットと表記され、産業 IoT=IIoT とも同様な意味である。

※2 こうした国家級スマート製造モデル工場(国家レベルのインテリジェント製造実証工場とも表記される)では、産業用ロボット設置の設置利用も盛んであることは言うまでもない。7月5日発新華社通信によると、中国工業情報化省の辛国斌次官は7月5日、国務院新聞(報道)弁公室主催の「質の高い発展推進」シリーズ記者会見で、現在中国の産業用ロボットの設置台数が世界の 50%以上を占め、また産業インターネットが主要産業をカバーしているなどと述べた。

※3 ジェトロのレポートによると、「ライトハウス工場」の定義と評価基準とは世界経済フォーラム(World Economic Forum=WEF)とマッキンゼー・アンド・カンパニー(McKinsey& Company=MCK)が 201 8 年に提唱した新しい概念で、第 4 次産業革命をリードする先進的な工場と言える。なお、同レポートでは過去 10年において中国は多数のスマート製造プロジェクトを実施し、スマート製造において大きな進歩を遂げたと触れ、また中国工業情報化部の統計により中国で 2023 年 7 月までに 2,500 カ所 以上のデジタル化された作業場やスマート工場が建設されたと紹介している。

※4 中国の産業政策の促進効果に関する最新の研究として、丁可「第1章 中国の産業政策,企業の競争力を向上―地方政府も民間部門の育成に貢献」、遊川和郎・湯浅健司・日本経済研究センター編著『新中国産業論:その政策と企業の競争力』(2024 年 08月 07 日刊)が挙げられるが、同著の中でも特に中国の工業インターネット(IIoT)の政策形成と実施推進に関する取り組みを主要事例に詳しく分析しており、参考になる。

(文:みずほ銀行 中国営業推進部 邵 永裕)

***********************

みずほ銀行 中国営業推進部

特別研究員 邵 永裕 Ph. D. : yongyu.a.shao@mizuho-bk.co.jp

出典:MIZUHO CHINA BUSINESS MONTHLY 2024年10月 P13-21