中国のNEVシフトと自動車業界の変化

2024/11/11 13:30

2024年10月14日に開幕したパリ国際自動車ショーで、人工知能(AI)を搭載した小鵬汽車「P7+」、ファーウェイのソフトウエアやスマートコックピットを採用する「AITO」など中国メーカー9 社が出展した。なかでも、新エネルギー車(NEV)最大手の BYDが高級多目的スポーツ車(SUV)「仰望 U8」や新型電気自動車(EV)「シーライオン 7(海獅 07)」などを披露したことは、スマート制御システム「易三方」や高級車向けのプラットフォーム(車台)、EV 電池を持っているというメッセージでもある。

NEV シフトの波に乗り、一気に競争力を構築した中国の自動車メーカーは相次いで欧州に進出し、NEV新工場も建設している。欧州連合(EU)が追加関税を決定したものの、中国勢の電気自動車が存在感を高めている。一方、中国国内では、BYDは規模の経済と垂直統合型生産を活かし、値下げ攻勢で競合他社にプレッシャーをかけ続けている。NEV シフトの加速に伴い、2024 年は中国自動車市場の勢力図が大きく塗り替わる可能性がある。

中国の新車市場では、新型コロナ禍の影響から緩やかに回復したものの、国民所得の伸び悩みが新車販売に影響を与えている。2024 年 1~9 月の国内乗用車市場の出荷台数は1,504 万台となり、伸び率は 2023 年の 4.2%増から 1.6%減へと大きく減速している。一方、NEV の出荷台数は好調が続いており、コロナ禍前の 2019 年には 120 万台であったが、2024 年 1~9 月には 832 万台と急速に伸びており、新車市場に占める NEV の割合は 38.6%に上昇した。

上海汽車とBYDの首位交代熾烈な価格競争が繰り広げられている中、エンジン車メーカーとNEV専業メーカー、大手国有自動車グループと民族系民営自動車メーカーの明暗が分かれている。ここでは 3社の変化を例に取り上げる。

一つ目は外資系ブランドに依存する国有自動車グループの苦戦だ。かつては、政府の方針に基づき、国有企業と外資系企業の合弁を通じて、中央政府が直轄する第一汽車、東風汽車、長安汽車、地方政府傘下の上海汽車、北京汽車、広州汽車の国有大手 6 グループを中心とする業界構図が存在していた。2024 年 1~9 月の販売台数に占める外資系ブランドの割合をみると、第一汽車と広州汽車はそれぞれ 85%、75%となっており、北京汽車、上海汽車はいずれも 40%を超えている。

しかし、エンジン車市場が縮小する中、BYD がプラグインハイブリッド車(PHV)の価格破壊を契機とした乗用車市場の値下げ競争が、外資系の競争力を一気に脅かした。中国乗用車市場に占める外資系ブランド車のシェアは 2020 年の 61.6%から 2024 年 1~9 月の 36.2%へと大きく減少することになった。「向こう 3~5 年の間に、外資系ブランドのシェアは現在の 40%から 10%に低下し、市場勢力図は大きく変わる」と、BYD の王伝福董事長の発言からも、外資系ブランドの厳しさが伺える。

二つ目は民族系ブランド 3 社の躍進だ。国有企業を中心とする合弁企業では、外資系企業側が生産方式や技術の採用を主導しているため、民族系ブランドの育成および自主開発能力の形成が必ずしもスムーズに行われていない。1990 年代半ばに登場した奇瑞汽車、吉利汽車、BYD など民族系ブランドは、低価格戦略で外資系ブランドが寡占する乗用車市場に変化をもたらした。こうしたブランドは中高級車分野で外資系に太刀打ちできないものの、NEV 開発、海外展開、外資ブランドの買収を通じて事業の拡大を果たした。

まず、1997 年に設立した奇瑞汽車は、1999 年に民族系初の乗用車「風雲」を生産し、長年に渡り中国民族系ブランドの代表格として旗を振り続けてきた。一方、中国国内での廉価車ブランドのイメージをなかなか払拭できない当社は、海外市場に注力せざるをえない。2023 年の輸出台数は 93.7 万台となり、21 年連続で中国の自動車輸出の首位となっている。

次に、1998 年に自動車生産を開始した吉利汽車は、スウェーデンのボルボ・カー、マレーシアのプロトン、イギリス系ロータスを傘下に収め、グローバル展開を急いでいる。企業買収のシナジー効果により当社は「LYNK&CO」「ZEEKR」「吉利銀河」などの中高級ブランドを投入し、エンジン車、ハイブリッド車(HV)、NEV など多様な動力源を展開している。

さらに、電池事業からスタートした BYD は、2003 年に国有自動車メーカーの西安秦川汽車を買収し、電池技術を生かした電動車を生産する構想を描いた。2020 年に独自のリン酸鉄リチウムイオン電池「ブレードバッテリー」を開発し、2021年には次世代自動車「e プラットフォーム」を投入して、車両コストと電動化技術で競争優位を構築した。

このように上記3社は、NEV シフトをきっかけに、エンジン車を中心とする国有自動車グループ傘下の合弁企業に対抗できるだけの実力を付けてきた。2024 年1~9 月の販売台数では、吉利汽車と奇瑞汽車が広州汽車を抜き、それぞれ業界第 6 位、第 7 位に躍進した。

三つ目は市場主役の交代だ。独VWや米 GM と合弁事業を展開する上海汽車の販売台数は、2006 年に初めて第一汽車を抜き、中国最大の自動車グループとなった。その後、中国新車市場は大手国有グループが主導する商用車・公用車時代から、外資系ブランドが主導するマイカー時代に突入し、上海汽車は 18 年連続で中国自動車市場のトップの座に君臨した。2023 年の上海汽車の販売台数は 502 万台となり、ピークの 2018 年比で 29%減少したものの、2 位の第一汽車(344 万台)、3 位の BYD(302 万台)と、依然として大きな差をつけた。

しかし、2024 年1~9 月の販売台数で上海汽車は、前年同期比 21%減の 264 万台となり、BYD に抜かれて業界 2 位に転落した。同社会長を務めていた著名経営者・陳虹氏が今年 7 月に定年退職した。これに対し「上海汽車時代の終焉」といった評論も聞こえてくるが、中国自動車業界では民族系ブランドが主導するNEV時代を迎えることは確かであろう。

業界淘汰の加速2023 年末時点で、販売実績があった乗用車メーカーは 100 社あり、そのうち販売台数が 10 万台以下の乗用車メーカーは 63 社ある。電動化シフトに伴い、苦境に立つメーカーが増加しており、今後こうしたメーカーが淘汰・再編の対象になるだろう。また民族系 3 社の市場シェアは 2019 年の 10%から 2024 年 1~9 月の 28%へと大幅に上昇したのに対し、国有 6 大自動車グループの市場シェアは同 75%からの同 45%へと減少している。この様な状況の中、国有各社は「電動化+コネクテッド」の新ブランドを立ち上げ、高級 NEV 市場に参入し、次世代自動車市場で足場を固めようとしている。上海汽車「智己(IM)」、東風汽車「嵐図(Voyah)」「猛士(Mengshi)」、長安汽車「アバター」、北京汽車「極狐(Arcfox)」などの EV 新ブランドも相次いで登場した。

一方、国有大手にとっては、国の評価指標である利益目標に達成することは最優先の課題だ。ドル箱となっていた外資系合弁ブランドが苦戦する中、収益力の弱い NEV 事業への全面的なシフトを躊躇せざるを得ない。特にテスラや BYD など専業 NEV メーカー攻勢に対し、大手国有自動車グループは中高級 EV の差別化を容易に実現できない状況だ。中国の「自動車産業中長期発展計画」では、2025 年までに世界自動車メーカートップ10 に複数の中国企業を入れることを目標としている。足元の NEV 販売実績は長安汽車以外の国有大手 5 社が伯仲している。そのような中で、各社の特徴を比較すると、自社ブランド乗用車やNEVの競争力が、今後の浮沈を決定づけていくことになる。今年、BYD が上海汽車を抜き、中国最大の自動車グループになると、中国自動業界は大きなターニングポイントに立つことになる。今後は、BYD、吉利汽車をはじめ、世界自動車トップ10に入る中国勢が増加する可能性は十分にあるだろう。

(文:みずほ銀行ビジネスソリューション部 上席主任研究員 湯進 : jin.a.tan@mizuho-bk.co.jp

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みずほ銀行 ビジネスソリューション部上席主任研究員上海工程技術大学客員教授、中央大学兼任教員 湯進みずほ銀行で自動車・エレクトロニクス産業を中心とした中国産業経済についての調査業務を経て、日中の自動車業界の知見を生かした両国での事業を支援する。著書「中国の CASE 革命~2035 年のモビリティ未来図」(日本経済新聞出版)など多数。

(出典:MIZUHO CHINA BUSINESS MONTHLY 2024年11月 P1-4)