上海の配送員

2024/10/11 16:00

「ピンポーン!」。中秋節の休日の朝、玄関の呼び鈴がなった。ドアを開けると黄色いヘルメットの配送員が荷物を渡してくれた。ここ数日、我が家では玄関で月餅を受け取る機会が増えた。日本でいえばお中元にあたる中秋節の月餅を見ると、秋の到来を実感する。

今夏の上海は猛暑続きで連日三十五度越えの日が続き、外出する度にめまいがするほどで、特に高齢者には厳しい夏となった。そんな中、我が家では日に何度も玄関のベルが鳴った。ドアを開けると手提げ袋を手にした配送員が立っているか、段ボール箱やビニール袋がそのまま置かれている。八十六歳になる義母が毎日スマホの画面とにらめっこしながら安くていい品を物色してネット購入していたのだ。

上海の街を歩いていると昼夜を問わず必ず目に付く色がある。黄色と青色である。それはバイクにまたがって街中を縦横無尽に走り回る配送員のヘルメットの色だ。灼熱の炎天下でも、真冬の身を切るような寒さでも、雨にも風にも負けず、彼らは毎日店と住宅の間を行き来する。「小哥」と呼ばれる彼らはまさしく餌を運ぶアリや蜜を運ぶミツバチのようである。

また早朝のジョギングの最中には、スーパー前の広場や川べりの公園で青や黄のヘルメットをかぶった若者の団体を目にすることがある。整列した若者たちの前に立って声をあげる人物はエリアの主任なのだろう。朝礼で日々の安全業務、安全運転を確認し、グループを鼓舞しているようだ。

さらに昼食と夕食の時間帯は彼らの繁忙期にあたる。昼に外食をすることがあるが、席に座って注文した品が来るのを待つ間、彼らはひっきりなしに出入りして、「外卖」(テイクアウト)の棚に置かれた注文お品を次から次へまるで奪いとるように持ち去ってしまう。店の前に置かれたバイクを見ると三つも五つも抱えた者もいる。一番の稼ぎ時に出来るだけ効率よく配送したいのだろう。

思えば、この七、八年ほどの配送員の急増は目覚ましい。それは中国、特に大都市上海でスマホによるネット購入アプリが普及し、利用者急増に伴って配送業務が爆発的に増えたからだ。特に二〇一九年以降、地方から流入する若者の雇用の受け皿ともなったのが配送業であった。3K(きつい・きたない・危険)の建設労働現場と比して、時間とスマホさえあれば始められるという手軽さから多くの若者が参入し、二〇二一年時点ではすでに中国国内で二億人、上海では二〇二二年で二万人を超えたとされる。一回五元程度での配送だが、二〇一六年時点で四〇〇〇元弱だった上海の配送員の平均月収は二〇二一年には一時期、一一八〇〇元ほどにまで上昇したという。

周知のように中国のプラットフォームによる配送システムの完成度は高く、専用アプリによる発注の際、万が一遅れたり届かなかったりするようなケースがあれば、即アプリを経由して、配送経路や現地点、そして大方の所要時間などまでも確認できる。さらに配送員と直接コミュニケーションによるチェックさえできる。着荷後は顧客満足度が五段階で表され、その結果、いかに時間通りに配送できるかどうかが評価に連動するのである。

また、上海では高齢の独居老人問題が社会課題のひとつだが、居民委員会による手厚いサポートはもちろんのこと、彼ら配送員との日常の何気ない交流も高齢者にとってはありがたいものである。その意味でも彼らの業務は単なるモノ運びに留まらず、ある意味では地域住民の暮らしの安心・安全にも寄与する一面もある。人助けをして住民に感謝される配送員の姿をニュースでしばしば見かけるといよいよその思いは強くなる。

彼らの姿はすでに日本でも中国でも映画化され、その一端を垣間見た人も多かろう。我が家でも日に最低五回ほどは彼らのお世話になる日が続く。彼らの姿を目にしていると、実店舗からネットショッピングへという中国の消費社会の変容を垣間見ることができる。。

台風間近の中、今日もエレベーターで一人の「小哥」と乗り合わせて言葉を交わした。一年中、悪天候でも終日忙しく働く配送員だが、彼らは今後も中国ネット社会と我々の実生活とをつなぐ不可欠な存在であり続けるだろう。運んでくれたばかりのハチミツのように甘い月餅を味わいながらふとそんなことを思う中秋節であった。

(文・ 松村浩二)

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【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。