上海の土用のウナギの話

2024/08/27 17:30

異常なほどの猛暑続きの今夏。立秋を過ぎた上海でも連日の残暑が続く。夏バテしそうな体を鞭打って皆懸命にこの暑さを乗り切ろうとされていることだろう。こんな時はあのウナギのかば焼きの香ばしい匂いが食欲をそそる。土用の丑の日のウナギのかば焼きは盛夏を代表する風物詩の一つである。私たちが住む上海のマンション一階にある日系のミニスーパーも盛夏になると店頭でウナギのかば焼きの販売をしてくれる。ちなみに土用の日のウナギの起源は真偽のほどは定かではないが、今をさかのぼること二五〇年余り、田沼意次の時代、「丑の日にうのつくものを食べればいい」という江戸時代の博物学者、平賀源内がうなぎ屋へアドバイスしたことであったという。

二十四節気の雑節にあたる土用は季節の移行期間とされ、そのうち夏の土用は立秋前の約十八日間となる。その期間の二日目と十四日目にめぐる日を特に丑の日といい、今年の土用の丑の日は七月二十四日と八月五日の二日であった。この間は土の神様である土公神が支配するため、土いじり、旅行、そして転居などは慎むほうがいいともされる。

上海でも日本のウナギ料理の人気は高く、最近は多くの専門店を見かけるようになった。特に上海高島屋にできたウナギ専門店は福井県の老舗で、なかなか本格的なうな重を堪能できるからありがたい。ちなみに上海では、ナツメウナギといって、小さい川ウナギが名物料理だ。細い胴体を輪切りのぶつ切りにして醤油味ベースのあんかけにからめた料理で妻の大好物である。上海に来てからもう数えきれないほどこの料理を口にし、目にしてきた。が、私の口にはなんとなく合わず、いつも二口三口食べるだけではあるが。また、中国でいうウナギ料理の代表は醤油ベースの味付けで、たいていの場合は「ぶつ切り」にされたものだ。なので、日本のうな重のイメージとは程遠く、初めて目にされる日本の方は少しばかり驚くことになる。

ところで、うなぎにまつわるエピソードがある。十歳くらいの時、田んぼのあぜ道の浅い用水路で五十㎝ほどの立派なウナギを捕まえたことがあった。見つけた時は一瞬蛇かなと思って身構えたが、どうも様子がおかしい。顔を除くとうなぎである。なんでこんな場所にいるのか?と不思議に思うよりも先に手でつかんでは滑り落としつかんではまた滑り落としを何度も繰り返して、ようやく捕まえることができた。折しも釣り竿を持ったおじさんが横を通りかかり、驚いた様子でうなぎを見るや、「これ五百円で譲ってくれない?」と頼まれ、すかさずはいと答えて、あとは皆で行きつけの駄菓子屋へ行き仲良くアイスを頬張った。今から思えば、なんであそこにうなぎがいるのか今でも不思議でならない。

人口に膾炙する土用の丑のうなぎとは裏腹に、うなぎの生態はいまだに謎だらけである。従来の研究では、マリアナ海溝近辺の海底火山周辺で孵化した後は海流に乗り、幼生のレセプトファレス、そしてシラスウナギと呼ばれる稚魚へと成長していく。だがこのシラスウナギは希少で人口養殖も難しいとされてきた。が、つい先日、水産庁の水産研究教育機構が人口養殖技術を成功させたというニュースがあった。異常気象による天然ウナギの減少に一筋の光明が見えてきたといえよう。

ところで「中国のウナギの都」は福建省福州市とされる。ここは中国最大の養殖拠点で、中国税関総書の二〇二二年データでは、最大の輸出先である日本へは全体の四十六%を占める三万トンのかば焼きウナギが輸出されたという。最先端デジタル技術を駆使した養殖体制と加工、物流システムにより世界七〇余りの国と地域へ販売されている。工場での焼き上げと梱包からわずか三日間で日本へ到着するというスピードである。なおコロナ禍前後からウナギの国内需要と消費も伸び、国内生産量の六、七割を国内消費が占めるようになってきたそうだ。毎月少なくとも一回はウナギを食べる中国国内の消費者はすでに一〇〇〇万人を超えているという。ちなみに上海でのウナギのかば焼きの市場価格は、中国阿産の冷凍ものだと一尾四〇〇gでおよそ二三〇〇円、お店で食べるうな重で高いものだと五〇〇〇円ほどになる。

しばらく異常気象で酷暑が続く。地球温暖化で「地球沸騰化の時代」から「地獄の門」を開けてしまったと警告されている。かば焼きを食べ始めた二五〇年前の日本人のだれもが想像だにしなかった厳しい現実もある。ただ今日だけは土用の丑の日にかば焼きを食して精をつけ、この厳しい残暑を乗り切りたいものだ。

(文・ 松村浩二)

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【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。