はじめに近年、不動産市場調整、人口減少、コロナ後の企業業績悪化や雇用問題を背景とした消費不振や節約志向、株式市場低迷に、米国との貿易・技術対立、経済安保の観点も加わり、中国経済の先行きに対する見方が悪化している。外資系企業の対中投資姿勢も変化した。しかし、こうしたマイナス要因や厳しい見方があるとはいえ、中国経済の大きさや市場の存在感には無視できないものがある。どの程度のものか再確認してみたい。
米中両国が1、2位を競う「米中二大市場の時代」が続く21年GDP増分はインドネシアGDPの二か国分中国の名目 GDP 総額は 2010 年に 41.2 兆元(6.1 兆米ドル、以下同)と日本(5.8 兆ドル)を抜き(日中逆転)、22 年に 120.5 兆元(17.9 兆ドル)と第三位(※1)の日本(4.2 兆ドル)の約 4 倍となった(図表 1)。
(注)22(中国 23)-28 年 IMF 予想。29 年以降は 28 年予想成長率で延伸。(資料)IMF、世銀
日本の GDP が中国の 9 倍近くあった 1994 年(中国 0.56 兆ドル、日本 5 兆ドル)当時から比べると、日中の力関係変化も含め内外環境は激変した。貿易相手としての存在感も強まり※2、この間、地政学的な変数も新たに出てきているとはいえ、その世界経済に与える影響力は格段に大きくなっている。23 年中国の名目 GDP は 126 兆元=17.889 兆ドルと、前年比 0.1 兆ドル減少した。これを以て、「29 年ぶり 0.4%減」と報道された※3が、23 年値は 21 年の 115 兆元=17.813兆ドルより多い。そして、21 年は人民元高の年であったことからドル建て換算値が嵩上げされ、20 年より 2 兆ドル、21.2%も増えた計算になる。なお、2 兆ドルは同年のインドネシア GDP の二か国分に相当する。このように、為替変動はドル建の値を大きく変える要因となる。これはかつて円高が進んだ日本でも起きたことでもある。中国でも今後、実質 GDP 成長率が減速しても、国際収支動向次第で人民元レートが上昇していけば、ドル建GDP が相応に拡大していくことは想定される。
米中二か国の経済規模が三位以下を大きく引き離す構図
中国 GDP の世界 GDP に占める比率は 21 年に 18.4%と、同年米国の 24.2%に迫った。ここで日米の歴史を振り返ると、日本の GDP が世界 GDP に占める比率が 17.8%とピークを迎えた 94 年、同年米国の世界 GDP 比である 26.0%に最も接近したが、その差は 8.2%PT あった。翌 95 年は日本の世界 GDP シェアは 17.7%へとわずかに低下したが、日中の差は 21 年に 6.7%PT まで縮小した。これに対し、21 年の米中 GDP の世界 GDP 比率の差は 5.8%PT と、日米の差が最も狭まった95 年当時よりさらに接近していた(図表 2)。
(注)グラフ内数値は (注)グラフ内数値は1994,1995,2021年(2022年以降、IMF予測)。(資料)IMF 94 年,95 年,21 年(2022 年以降、IMF 予測)。(資料)IMF、世銀
しかし、その後の中国経済減速と、それ以上に米国経済の好調とインフレやドル高により、米国経済の拡大傾向が顕著となり、一時は「30 年前後に米中逆転」とも言われた見通しが変化していった。今や「米中逆転は起きない」、「ピーク・チャイナ」といった見方もなされているが米中逆転の可否やその時期(30~40 年代前半説※4)の議論以前に、米中両国が今後十数年間、約 20~40 兆ドルという規模で 1、2 位を競う「米中二大市場の時代」が続くことに注目したい。第 3 位の経済大国にならんとするインド※5は 23 年に人口規模こそ中国を抜き世界一となったが、米中を上回る成長を続けたとしても、名目 GDP は 10 年後も約 10 兆ドルと、米中の 4 分の 1 から半分程度の規模にとどまる。
.所得格差がありこれから豊かになる階層が多い社会1人当りGDPは1.3万ドル弱、先進国の半分以下。「9.64億人が月収2,000元以下」経済規模(名目 GDP 総額)で米国に次ぐ存在となった中国だが、その 1 人当り GDPは 23 年に 1 万 2,645 ドルと、この 10 年で 1.8 倍(13 年 7,023 ドル)に増えたものの、米国の 7 万ドル、日本の 4 万ドル(21 年)※6に比べればまだ小さい。そして、中国には所得格差という特徴がある。北京師範大学中国収入分配研究院が 21年に公表したデータによれば、「9.64 億人が月収 2,000 元(=約 42,000 円)以下」である。(19 年。図表 3)。
(図表3,単位:元)
かつて李克強前総理が「中国の平均年収は 3 万元だが、月収 1,000元の人も 6 億人いる」と発言したことも話題になった※7。もっとも、こうした低所得者は大部分が物価の安い農村部に暮らし、農作物を自作したり家畜を飼ったりしており、現金収入が少なくても、皆が食べるのに困って苦しい生活を強いられているわけではない。
所得階層により異なる諸相。中間層は少数派近年、豊かになった中間層が日本に旅行に来て「爆買い」したり、タワーマンションを購入し移住したりする例を見て、中国人全員が豊かになったかのように思われるかもしれないが、そうした階層は 14 億人超の中国人の中ではまだ少数派である。また、「若者の倹約、節約志向の高まり」についての報道も、主として中間層の間で起きていることであり、さらに所得の低い階層の暮らす社会では、貧困対策※8の成果もあり所得が増え「下沈かしん市場※9」として注目され、コーヒーや茶飲料のチェーン店出店が増えるなどサービス消費が盛り上がっている。中国では飲食店の出前、スーパーやネット通販で買ったものの宅配サービスが全国で発達しているが、これは低賃金で配達する人が多く存在するという、所得格差がある中で成り立っている側面がある。そして、格差があるからこそ、将来のより良い生活水準を求めて奮闘努力する人がいることも事実である。こうした所得格差の存在や、これから豊かになる階層がいる状況は、70 年代までに所得格差が概ね縮小し「一億総中流」とも言われた日本で 90 年代に起きたバブル崩壊時の状況とは異なっている。都市部において不動産の投資や購入後の損失に苦しむ階層は確実に存在するとはいえ、「月収 2,000 元以下(19 年)」といった所得の低い階層までが不動産投資で大きな損失を被ったとは考えにくい。以上のように中国市場は多様性に満ち、変化も激しい。「35 年に 20 年比倍増」※10を目指す政策の下で所得水準、四億人といわれる中間層の人口ともにまだ拡大余地がある。もちろん、不動産市場調整の足元の経済に与える影響は無視できず、「これから豊かになる階層」が将来必ず豊かになれるかどうかは、今後の政策対応の成否次第でもある。外資系企業及び企業家には、改めて中国市場の大きさや、多様性、そしてその将来的な重要性を正しく認識した上で、政策動向や構造変化にも関心を高めビジネス機会に繋げていくことを期待したい。
※1 23 年にはドイツが日本を上回り、日本は世界第四位に低下。
※2 日本経済新聞 4 月 13 日付一面「転換期の日米」によれば、中国との貿易額が米国との額より多い国は約150 か国・地域あるのに対し、米国との貿易額の方が多い国は 60 か国・地域弱。
※3 日本経済新聞 1 月 18 日「ドル建て GDP 中国 29 年ぶり減 昨年、不動産など内需弱く コロナ後 鈍い回復」 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO77748480Y4A110C2MM8000/
※4 英シンクタンク CEBR(Centre for Economics and Business Research)は、中国が 37 年に米国を追抜き世界一の経済大国になると予想。23 年 12 月 26 日ブルームバーグ “Germany, Italy and the US areSet to Slip Down the GDP Rankings Top 10 economies by GDP”https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-12-26/S67SZGT0AFB400他方、IMF の予測を基にした筆者試算では、42 年に米中逆転となる。
※5 ドイツは 23 年に日本を抜き世界三位となったが、その後の成長率見通しがインドより低く、第三位の地位の持続性に疑問がある。
※6IMF より下4桁切り捨て。同年ドイツ 50,000 ドル、インド 2,000 ドル。
※720 年 5 月 28 日、全国人民代表大会(全人代)終了後記者会見における李克強前総理発言「我们人均年收入是 3 万元人民币,但是有 6 亿人每个月的收入也就 1000 元」。新華社 20 年 5 月 28 日http://www.xinhuanet.com/politics/2020lh/zb/gov/zljzh/wzsl.htm
※821 年 7 月 1 日、中国共産党建党 100 周年記念式典において、15 年時点で 5,500 万人いた「年」収
(文:細川 美穂子)
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みずほ銀行 中国営業推進部上席主任研究員
細川 美穂子 : mihoko.hosokawa@mizuho-bk.co.jp
みずほ銀行中国営業推進部上席主任研究員 細川美穂子1988 年慶応義塾大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、調査部にてアジア及び中国経済担当。02 年みずほ総合研究所出向。05~08 年北京支店、11 年 4 月~23 年 1 月まで上海駐在、瑞穂銀行(中国)有限公司中国アドバイザリー部 中国業務部主任研究員。同年 1 月より現職。これまで週刊エコノミスト、東亜 他多数メディアにて、現地発中国マクロ経済に関する記事を連載。
資料提供:みずほ銀行中国営業推進部
(中国経済新聞)