上海の高齢者とスマホ

2024/02/17 08:30

 この年末年始は八十六歳の義母を連れて、久しぶりに家族そろって日本で過ごした。年明け早々の地震や航空事故には胸を痛めたが、家族には平穏な正月となった。ただ、日本語も脚も不自由な義母にとってはいささか苦痛だったかもしれない。

 上海では水を得た魚のような義母の支えは、スマホである。常に左手にスマホを持ち、健康、医療関係、芸能、世相、社会に関する様々な情報を終日チェックしている。新聞やテレビの代用品としてスマホだが、日々のこうした情報収集は義母の痴呆症予防に間違いなく寄与していると言ってよい。

 それだけではない。脚の不自由な義母は同じく出不精となった友人たちと毎日のように大声で楽しそうにスマホ越しの会話を楽しんでいる。周囲にはやや迷惑行為になるのだが、外出しづらい高齢者にとっては、スマホが人との交流の必須アイテムであることに疑う余地はない。特にスマホ画面を介して遠く離れた外国在住の子や孫たちとの交流は、独居老人たちにとっては何よりの慰めであろう。

 そして、忘れてならないのがコロナ禍で一気に普及したネット購入だ。大手プラットフォームでは基本的になんでも購入できる。高齢者にとってうれしいのは、どんなに安くても、重たくても、そして、どんな天候でも配送員が必ず自宅玄関まで商品を運んでくれることだ。日本では「買い物難民」呼ばわりされる高齢者にとって、これほど心強いシステムはなかろう。特に、エレベーター未設置の五階以下の古いマンション在住の高齢者にとって、彼らは正真正銘のお助けマンなのだ。ちなみに義母は毎日最低でも三件以上の注文を続けていて、既に多くの配送員とも顔なじみである。

さらに、日本でも話題のライドシェア。義母も頻繁に利用するが、九十九歳になる彼女の義理の兄が巧みにスマホでアプリを慣れた手つきで操作する場面に出くわすといつも驚かされる。日本でもタクシー事業者専用の配車アプリが実用化されつつあるが、ライドシェアが普及した上海では市民の移動手段として、とりわけ高齢者の外出手段として今や欠かせない存在となっている。このように、多くの場面でスマホは上海の高齢者のQOL向上に寄与する社会インフラとなっている。

日本滞在中、義母は八十代の友人らと旧交を温めた。その際、日本のお婆さんが手にしていたのはいわゆる「ガラケー」であり、写真撮影の仕方も分からず、付属する機能もまるで使いこなせていなかった。私たち自身も、日本滞在中だけ使用できるスマホを新規契約したが、その複雑すぎる仕組みのプランに辟易した。その複雑さも日本の高齢者たちがスマホ契約に二の足を踏む原因ではないか、とさえ思ったほどだ。上海での契約も似た面もあるが、こちらは「毎月○○ギガまで使用可」が基本で毎月せいぜい数十元(千円以下)なので、年金暮らしの高齢者の財布にも優しい。日本の高齢者と比べて、上海の高齢者たちのスマホ使用頻度が高いのはそうした背景もあるように思う。ある統計では、中国国内の七十歳から七十九歳のスマホ使用率は三十%超を占めるという。

現に中国でも高齢化の波は押し寄せている。一三年をピークに中国の生産年齢人口は減少に転化し、国家統計局によれば、二二年末の六十歳以上人口は二・八億人とされ、高齢化社会への対応は中国の国家戦略に位置付けられているという。ここ上海でも二〇二一年公表の七回目の国勢調査では、六十歳以上は全体の二十三%の五八〇万人、同じく六十五歳以上が一六%で約四〇〇万人、さらには八十歳以上も八十三万人以上とされる。 

ところで、今回の能登半島地震では、「現金が入手できない」、「銀行や役所での手続きができない」といった高齢被災者の声もあったという。とりわけ、「情報収集できない」という心配の声が圧倒的に多かったらしい。スマホが社会インフラとして実装化していればそのうちのいくつかの問題は解決できるようにも思える。社会インフラとしてのスマホの普及は、既に日常生活でしばしば見られる多くの問題の解決を促し、翻って、災害時の緊急事態においては、高齢者の安全安心な生活にも十分に寄与しうるのではなかろうか。

日本から上海に戻って、再びスマホを自由自在に操り、嬉々として暮らす上海の義母の背後には今やスマホが欠かせない上海の高齢者のライフスタイルがうっすらと垣間見えてくるのである。

最後に、令和六年能登半島地震で被害に遭われた皆様へ心よりお見舞いを申し上げます。皆様が再び平穏な暮らしを取り戻される日を心よりお祈りしております。

(文:松村浩二)

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【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。