上海の結婚式から見えたもの

2024/01/14 08:30

去る十一月のとある日曜日、久しぶりに知人の結婚式に招待された。挙式の延期やキャンセルが多発したコロナ禍を経て、こうして再び普通の結婚式ができ、それに参列できるのは望外の喜びである。まずは何よりも全ての新郎新婦の幸せを心から願いたい。

 上海に来たばかりの頃、とある日曜日に郊外の農村を散策していた折、突然、爆竹が鳴り始め、歓声があがった。狭い路地裏の小道を少し進むと、一軒の農家の庭に赤いバラで装飾された豪華な車が止まり、今にも真紅の花嫁衣裳に身を包んだ新婦が乗り込もうとしていた。家族や近隣住民が花嫁を囲み、爆竹や花火でにぎやかに祝う光景を目の当たりにして中国の結婚式の一端を垣間見たという喜びと驚きにしばし浸ったものである。

 中国ではご存じの通り、一人っ子政策による男女数の偏りや、昨今の経済事情による生活不安などにより、結婚しずらさは日本以上かもしれない。中国民生局によると、全国の婚姻数は二〇一三年の一三〇〇万越えのピーク以降、コロナ禍を経て、二〇二二年には六百八十三万にまで半減したという。特に上海では結婚できる男性の必須条件に住宅と車という高いハードルがある。毎週末の人民広場公園の名物となった、親世代による見合い相手探しは、さながら「お見合い商談会」の様相を呈し、可愛い我が子のために必死になって奔走する親の姿は涙ぐましいほどだ。

 そんな厳しい結婚事情もある一方で、今までいろんな結婚式に参加させてもらった。経済的に恵まれていなかった義父方の親戚の男性の式は、田んぼの中にぽつんと佇む実家で行われた。近隣から大勢の参加者が普段着のままに集い、無礼講で酒を酌み交わし、素朴な農家菜に舌鼓を打った。質素で素朴な式ながらも、参加者のはちきれんばかりの笑顔と我が子の晴れ姿を前に溢れんばかりの笑みを浮かべるご両親の姿がまぶしかった。ある富裕層の知人の結婚式は上海市内の某有名ホテルで執り行われ、招待客は五〇〇名を超えるほどの豪華さだったが、正装に身を包んだのは新郎新婦を含む数人だけで、参加者の多くがジーパンやジャンパーなどの普段着姿だったことに驚いたこともある。

 また、上海では式と披露宴を同時に行う「人前式」が主流で、お堅い式次第などには束縛されず、にぎやかで自由度が高い印象が強い。もちろん進行係はいるが、それは最初だけで途中からはいつの間にか、ひたすら自由に飲食し、楽しくおしゃべりする場となり、ついには頃合いを見て参加者が三々五々帰路につけば自然に散会となる。式半ばから「カラオケ大会」となり、大音響の中、カオス化した会場を後に帰路についたことさえある。

 さらに、以前は予定時間を一時間を悠に過ぎても一向に始まらない、ということなどざらであった。最初の頃は、不満を抱いたものだが、遅れた高齢の親族や遠方からの知人を受付横で何食わぬ顔で迎え、笑顔で記念撮影に応じる新郎新婦らの来客への気配りには感心するばかりであった。何よりもおめでたい結婚式なのだから、多少のスケジュール変更など気にせず、多くの人と喜びを共有したいという思いが強いのだろう。上海の結婚式から見えたのは、ほかならぬ、この地で生きる人々のおおらかさや温かさであった。

 最後に結婚式前後のことにも触れておこう。こちらでは男性は二十二歳以上、女性は二十歳以上なら居住区の婚姻登記所で申請できる。また、式前には必ず記念撮影をする。ホテルや公園で季節の花々や記念碑を背景に撮影する場合が多いが、撮影それ自体を目的として旅行するハネムーンならぬ「婚撮旅拍」も人気だ。以前、青島を旅行中、海辺のかなり危ない岩場で純白の衣装に身を包んだ新郎新婦があれこれとポーズをとって撮影していたのには驚いた。二人が納得できるベストショットを撮影し、それらを結婚式会場で晴れてお披露目するのである。そして、式当日は花で飾られた豪華な「婚車」で式場へ移動する。新郎新婦たちは晴れ舞台にふさわしいこうした多くの準備を経て、晴れて結婚式に臨む。だからこそ、細かなスケジュールなどに束縛されず、参加者を温かく出迎え、楽しくにぎやかに喜びを共有し合う気持ちになるのであろう。

 経済事情や価値観の多様化などで結婚を取り巻く昨今の状況は楽観できない。それでも中国の親は子の良縁を願い続ける。私もまた来年三十路を迎える愚息の良縁をつい先日の双子座流星群で願おうとした。ただ、上海の夜空はあまりにも明るすぎて、ついぞ一つの流れ星さえ見つけることはかなわなかった。はて、我が家の結婚式はいつになることやら。

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(文・ 松村浩二)

【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。