時の経つのは速く、安倍元首相が世を去って間もなく1年になる。
最近、夫人の昭恵さんが、富士山麓の別荘と東京都渋谷区にある家族の住宅地所有権など「東京の遺産」をすべて安倍氏の兄に贈与し、「身を清めて」60年余り過ごした大都会の東京を離れ、余生を過ごすために単身で安倍氏のふるさと山口県に向かったと伝えられた。
WeChatのアカウントに昭恵さんにまつわる記事を掲載したところ、閲覧者数がたちまち30万人を突破した。「昭恵さんをとても尊敬している」とのコメントもあり、中には「機会があれば山口に行って墓前で焼香したい」などというメッセージもあった。
中国では最近、ちょっとした「安倍ブーム」が起きている。その発端は、先ごろ広島で行われたG7首脳サミットである。
中国のネットユーザーはこのG7サミットについて、西側諸国が同盟国を集めて「中国包囲作戦」を展開したもので、その首謀者がまさに議長の岸田文雄首相である、と見ている。
岸田首相は就任当初、青白きインテリで大した成果も出せないだろうと見られていたが、予想に反してアメリカのバイデン大統領を上回る強行路線を歩んでいる。
バイデン大統領は、オバマ政権時代に副大統領として中国を訪問しており、当時副主席だった習近平氏から手厚いもてなしを受け、ともに四川省の成都を訪れたことで、2人の間に熱い友情が芽生えた。よって大統領に就任した際、中国のネットでは「国民のなじみの友人」と称し、習主席との友情を頼りにトランプ政権の暴走政策を改めて米中関係を正常に戻すものと見ていた。ところが、バイデン政権の中国政策はトランプ政権よりさらに強硬で、中国封じ込めに一段と拍車がかかり、両国の関係は完全対立の泥沼に陥っていった。
そして今、岸田首相も同じように、安倍首相よりさらに強硬な中国政策を講じており、中日両国は政治面だけでなく経済面でもで「離脱」へと進んでいる様子が見える。
安倍首相は在任中、中国との関係維持に努め、トランプ政権が主要部品の中国輸出規制を始めた際もアメリカの圧力をしのいだ。半導体部品については輸出規制で国内企業の利益を損ねると見なし、アメリカの要望に完全服従はせず、各社に対しファーウェイなど中国企業への輸出を認めるという「独自の対策」を講じていた。
しかし岸田首相は、G7サミットの後、アメリカ政府の要望を丸のみにしてただちに半導体機器類23品目の中国輸出を禁止するなど、アメリカ一辺倒の策を講じた。これにより、中国の日系企業は新たな機器や設備への追加投資ができず、新製品の開発や生産拡大もできなくなって、生産ラインを部分的に中国から撤退させるという結果を招く。もちろんこれで中国も、チップの開発や生産を中心に半導体事業に重大な支障が出ることになる。
岸田首相の策が日本全体の利益につながるかについて、人によって見解や評価が異なるが、中国人からすれば、岸田首相は完全に手のひらを返して中国と決別する道を歩んでいるように見える。これは望ましくない結末である。
中国人が安倍氏を懐かしむのは、安倍氏は中・日・米の三か国間でベストな均衡点を見出せたからである。アメリカからも中国からも恨みを買わず、米中のはざまで「日本の利益」の最大化を探った。逆に岸田首相のやり方はまさに将来的な「復讐の鬼」を育てていくもので、これは明らかに危険である。
日本にとってアメリカは同盟国、中国は隣国であり、どちらも大切だ。同盟国の要望を尊重しながら隣国である中国の感情や利益に配慮する、それは一つのテクニックであって、難易度も高いが、一番の決め手は「バランス」である。
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【筆者】徐静波、中国浙江省生まれ。1992年来日、東海大学大学院に留学。2000年、アジア通信社を設立。翌年、「中国経済新聞」を創刊。2009年、中国語ニュースサイト「日本新聞網」を創刊。1997年から連続23年間、中国共産党全国大会、全人代を取材。中国第十三回全国政治協商会議特別招聘代表。2020年、日本政府から感謝状を贈られた。
講演暦:経団連、日本商工会議所など。著書『株式会社中華人民共和国』、『2023年の中国』、『静観日本』、『日本人の活法』など。訳書『一勝九敗』(柳井正氏著)など多数。
日本記者クラブ会員。