よみがえった上海の労働節

2023/06/6 08:30

行動制限のない三年ぶりのゴールデンウィークを迎えた日本は、インバウンドの回復に伴う外国人観光客の殺到もあり、全国各地で大賑わいとなった。その影響もあって、交通と宿泊予約が難しく、「安・近・短」(安く・近く・短い)の旅行が大人気となったらしい。

少し長めの休みとなった今春の日本滞在中は私自身も、我が故郷九州の片田舎をはじめ、行く先々で多くの外国人観光客の姿を目にして、しばしば驚かされた。その後、恐らく最後となる搭乗前PCR検査を受けて、労働節休暇直前に上海に戻ってきてからは、今度は上海、いや中国全土の旅行狂騒曲ともいうべき混雑ぶりに圧倒されることになった。推計では、連休中の国内旅行者数は延べ二億七四〇〇万人に達したのだという。

労働節休暇での中国国内旅行は、鼻から諦めていた。長い休暇から戻ったばかりということもあるが、労働節期間中の「鉄道」や「飛行機」に予約が殺到し、チケット自体入手できなかったからだ。無論「宿」の予約などいわずもがな、である。上海から郊外への高鉄(新幹線)チケットは数日間は百%の予約済みで、四月二十九日の中国国内の鉄道利用回数は過去最高の一九七〇万回に達したのだとか。したがって、私を含め多くの上海市民も「安・近・短」の労働節休暇を楽しむことにしたようだ。

ただし、そこは中国最大の都市上海。国内の人気観光スポットに引けを取らず、市内の観光スポットには毎日凄まじい人流が見られたようで、SNSで流される画像や映像を見ると、まさに「人・人・人」。これぞ「人海人山」という文言にふさわしい大混雑ぶりである。記録によると、四月二十九日と三十日の二日間のみで上海の観光客数が七百四十五万人ほどに上ったという。中でもいくつかの人気スポットは異常なほどの混み具合だったようだ。例えば、上海ディズ二―で四月三十日午後六時には瞬間来園者数が四万人超、豫園では四月二十九日に瞬間最大来客者数一万七千人、新天地でも二万人、あの狭い田子坊でさえ五千人に達したのだという。

「安・近・短」の行楽先は人気スポット以外でも。市内の公園では多くの家族がグランピングでひと時の非日常気分を味わっていたし、新しく開発されたエリアでも「新し物好きの上海人の気質」からだろうか、大勢の来客で賑わっていた。私たちも労働節二日目、虹橋空港近くに完成したばかりの「上海蟠龍天地」なる新スポットへ足を運んでみた。以前からあった小さなお寺の周囲には青々とした芝生公園、美術館、ホテルをはじめ、バラエティーに富んだカフェやレストラン、そして多彩な専門店が軒を連ねていた。古鎮とはいえないまでも水路沿いの古い街並みとその遺構がお洒落なお店やカフェとして改装されている。極端な古さも、最先端の新しさもない街並みは、いい意味で「来るものを拒まず」的な間口の広さを物語るスポットとして印象に残った。ただ、石畳の通りも店内もそして石橋の上も「人、人、人」で、すれ違うのに苦労するほどであったが、その一方で、ああ、これだ!これが上海だ!これこそ中国だ!という素朴な喜びが沸々とわいてきた。このカオスにも似た人流のエネルギーこそ、中国であり、そして上海なのだ。以前の中国と上海がようやく帰ってきたのだ、と人ごみの只中でひそかな感慨にふけっている自分がいた。

ふり返れば、上海にやってきた一九九九年の労働節休暇は十一日連続で、当時の国内旅行者数は二八〇〇万人だったという。ところが翌年の二〇〇〇年には、旅行者数は五九八〇万人へ倍増する。その後、経済発展に伴う生活の向上に伴い、国内国外旅行ニーズはさらに加速度的に増えていった。だが二〇〇八年から労働節休暇は三日間ないしは五日間に短縮されることになる。ちょうど自家用車の急激な普及ともあいまって、その頃から労働節休暇では自家用車による家族旅行も流行りとなっていく。そしてコロナ禍の三年をはさんだ今年の労働節、中国の国内国外旅行者は実に二億七千万を超えるまでに回復した。

 私が何度も経験した労働節は、中国の人口の巨大さとその膨大なエネルギーを肌で実感する機会であった。「人・人・人」の混雑する観光地に当時の私は辟易するしかなかった。しかし、コロナ禍の三年間を経て、それこそが中国の当たり前の労働節休暇の風景なのだ、と改めて思い知った。コロナ禍を経た今、この「よみがえった上海の労働節」の本格的な回帰をある種の懐かしさをもって歓迎できた今年の労働節であった。

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(文・ 松村浩二)

【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。