なんと姑息なことをと、言葉にしがたい「哀れさ」さえ感じ、政治家の経綸とはいかなるものかを考えさせられた。「終戦の日」に高市首相が靖国神社への直接の参拝を諦めるかわりに「遥拝」したというニュースに接してである。何が「哀れさ」を催したかは後述するとして、まず、経緯の整理である。
高市首相は15日、千鳥ケ淵戦没者墓苑で献花した後、全国戦没者追悼式が開かれる日本武道館の駐車場に午前11時9分に公用車で到着。しばらく車内で待機した後、同18分に車から降り、靖国神社の方角に向かって神道形式の「二拝二拍手一拝」で拝礼。同19分に車に再び乗り込み、数分後に武道館に入った。「首相が就任後初の終戦の日に靖国神社を遥拝したのは、参拝見送りによる保守層の離反を警戒したためだ。内閣支持率が下落基調に転じる中、全国戦没者追悼式の式辞でも先の大戦に対する『反省』の文言を使わず、故安倍晋三元首相が敷いた保守路線の踏襲をアピールした」と伝えられた(時事16日)。高市氏は周囲に「参拝できない時は、正式な作法で『遥拝』を行う」と説明したという(読売16日)。また高市氏は、自民党の有村総務会長、西村選挙対策委員長と共に靖国に参拝した鈴木幹事長に託して玉串料を納めた。高市政権の閣僚では、小泉防衛相、小野田経済安全保障担当相、城内経済財政担当相、黄川田沖縄・北方担当相の4閣僚がそれぞれ靖国神社に参拝した。
「首相周辺からは『遠隔地から拝む行為まで批判されることはないだろう』と楽観論も漏れる。ただ、周辺国が実際にどう反応するかは読み切れない。首相の『台湾有事』発言で日中関係が冷え込む中、首相と距離を置く自民閣僚経験者は『中国は参拝と同じだと見るだろう』と突き放した」と書いたメディアもあった(時事16日)。
メディアによって「周辺国」とされた中国、韓国からは当然のことながら厳しい批判が上がった。日本では詳らかに伝えられていないが重要なので少し細かく情報を拾ってみる。
中国外交部は報道官談話で「中国は靖国神社に関する日本の行動を強く非難し、日本に対し厳粛かつ強い抗議を行った」としたうえで「こうした誤った行為は、歴史的正義への冒涜であり、文明の根幹への挑戦であり、戦後国際秩序への挑発であり、国際社会は断固としてこれに反対する」と述べるとともに「今年は東京裁判80周年にあたる。歴史を正しく理解し、正しく向き合うことは、戦後の日本が国際社会に復帰するための重要な前提条件であり、近隣諸国との関係を発展させるための政治的基盤であり、日本が平和的発展へのコミットメントを堅持できるかどうかを測る重要な基準でもある。日本が侵略の歴史を深く反省し、軍国主義との関係を完全に断ち切り、アジアの近隣諸国および国際社会の信頼を得るための具体的な行動を取ることを強く求める」とした(中国外交部HPから抄訳)。
また、中国国防部の報道官は「靖国神社は、アジア太平洋諸国の人々の血で手を汚した戦争犯罪者を祀る、日本の軍国主義による侵略戦争の精神的道具であり象徴である。日本の政治家の行為は、歴史の正義を露骨に冒涜し、アジア太平洋地域の被害国の人々の感情を深く傷つけ、本質的には侵略を隠蔽し否定しようとする試みであり、世界反ファシズム戦争の成果と戦後の国際秩序に挑戦するものである。彼らは口では平和を唱えながら、同時に戦争の罪人を崇拝している。この偽善的な行為は、日本の右翼勢力の著しく歪んだ歴史観と、軍国主義を復活させようとする危険な企みを如実に示している」と厳しく批判した(中国国防部HPから抄訳)
一方、韓国外交部は報道官論評で「日本の過去の侵略戦争を美化し、戦争犯罪者を合祀する靖国神社に日本の責任ある指導者らが供物の奉納をしたり参拝を繰り返したりするなど、歴史を忘却した時代錯誤的な行為を行ったことに慨嘆を禁じ得ない」としたうえで、「日本の責任ある指導者たちが歴史を直視し、過去の歴史に対する謙虚な省察と真の反省を行動で示すことを促す」とし、「これは両国間の信頼に基づく未来志向の韓日関係を構築していくための重要な土台であるという点を改めて強調する」と表明した。さらに、小泉防衛相ら4閣僚が参拝したことに対して、「日本の防衛責任者である防衛相が戦争犯罪者を合祀する靖国神社を参拝することを、ほかの閣僚の参拝より重くみている」として、韓国外交部は在韓日本大使館の総括公使を、国防部は同大使館の防衛駐在官を呼び、それぞれ強く抗議するとともに遺憾を表明した(聯合ニュース15日)。
日本の各メディアの報道ではそれほど重視、注目されていないが、これらの批判の中で、「戦後国際秩序」への「挑発」あるいは「挑戦」という言及があることには注意を払う必要がある。
そこで冒頭に述べた高市氏の「哀れさ」である。逆説的なもの言いになるが、それほど靖国参拝への思いが強いのであれば、行けばいいではないか、何を躊躇っているのだ、ということだ。言うまでもないが、筆者は靖国参拝を容認する立場にはない。しかし、高市氏が自身の政治生命を賭してでも貫くべき信念であるなら、日本武道館の駐車場における「遥拝」などという姑息に堕して、なお総理、総裁に恋々とする姿は「哀れ」と言うべきではないか。ましてや、全国戦没者追悼式で述べた「日本は、各国が直面している様々な課題の解決に向け、重要な役割を果たせます。インド太平洋の輝く灯台として、頼りにされる国になれます」という口舌がいかにも浅薄に響く。
全国戦没者追悼式における高市氏の式辞には「反省」の言葉がないと各メディアが伝えた。しかし、かつて高市氏は「(私は)当時の戦争の当事者とは言えない世代ですから、戦争の反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」と言い放っている(95年3月16日衆院外務委員会での発言)。またテレビの討論番組で、先の戦争は「自存自衛の戦争だった」とも語っている。このような認識にある人物を日本国の執政の頂点に押し上げた日本のわれわれであることへの省察抜きに、メディアが「反省」という文言のありなしを云々する姿も笑止と言わざるを得ない。
戦後生まれが人口のほとんどを占める時代にあって、戦争当時生まれてもいない人間が罪を問われることはない、がしかし、責任はある!のである。加害の側は時間と共に忘却の彼方へと身を寄せることはできる。しかし、侵略、支配によって深い傷を負った被害の側は、いかに時間を経ても、あるいは世代が変わったとしても、記憶は消えないということを、われわれは知らねばならない。過去は消えないのである。ゆえに、歴史に真摯に向き合い、自らの歴史に対する深く厳しい省察を忘れてはならないのである。このきわめて簡明な道理を忘れて日本に未来はない。中国はじめアジア、そして世界の人々と信頼関係を築き、時代に立ち向かうことはできない。それが「戦後国際秩序」の要諦と言うべきなのである。経綸なき宰相にアジア、世界の信が集まることはない。
歴史と真摯に向き合う。これこそ、政治家であれ経済人であれ、日本のわれわれすべてが忘れてはならない「生き方」でなければならない。
(文・木村知義)
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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。
