平遥古城、時を超えて息づく「亀城」の物語

2026/08/22 17:30

山西省太原から高速鉄道で約1時間。平遥古城駅に降り立つと、空気が少し乾いていて、黄土色の大地が広がっていた。駅前には現代的な建物が並ぶが、タクシーで10分ほど走ると、突然、巨大な灰色の城壁が眼前に現れる。高さ約12メートル、周囲約6・4キロ。これが、1997年にユネスコ世界遺産に登録された平遥古城だ。私は南門である迎薫門から中へ入った。門をくぐった瞬間、現代の騒音がふっと遠ざかり、まるで明清の時代にタイムスリップしたような感覚に包まれた。石畳を踏む音だけが、静かに響く。

 平遥古城の歴史は、実に長い。始まりは西周の宣王の時代、紀元前827年から前782年頃にまで遡る。当時、北方の異民族を防ぐために尹吉甫という将軍がこの地に駐屯し、城を築いたのが起源だと伝えられている。その後、春秋時代は晋に属し、戦国時代は趙の地となった。秦が中国を統一すると「平陶県」が置かれ、北魏の始光元年(424年)に太武帝の名を避けて「平遥」と改められた。以来、二千年以上にわたって県治の所在地であり続けている。

 現在の姿の基礎が固められたのは、明の洪武3年(1370年)だ。外敵の南下を防ぐため、旧来の土の城壁を大規模に改修し、全面にレンガを積んだ。その後も景泰、正徳、嘉靖、隆慶、万暦の各代に補修が重ねられ、敵台が加えられた。清の康熙43年(1703年)、康熙帝が西巡してこの地を通った際には、四面に大きな城楼が築かれ、さらに威容を増したという。城の形は、南を頭、北を尾、東西の四つの門を足に見立てた「亀」に似ていることから、「亀城」と呼ばれる。亀は長寿と吉祥の象徴であり、古人の深い願いが込められている。

 城内の街並みは「土」の字形をしており、市楼を中心に、南大街を南北の主軸として左右対称に配置されている。左に祖廟、右に社稷、文を左に、武を右に――儒家の礼制思想が、都市計画そのものに反映されているのだ。四大街、八小街、七十二条の路地が複雑に交差し、迷宮のような空間を作り出している。私は南大街をゆっくりと歩いた。両側には明清の商家が軒を連ね、木造の二階建てが続き、赤い提灯が風に揺れている。観光客も多いが、地元の人々が日常を営む姿も自然に溶け込んでいる。

 城壁を登ってみた。72もの敵楼と3000を超える垛口が、かつての防御の厳しさを物語る。ここから見下ろすと、灰色の瓦屋根がびっしりと連なり、煙突から立ち上る煙が、静かに空へ溶けていく。かつてはここが「中国のウォール街」と呼ばれた金融の中心地だった。19世紀初頭、中国初の近代的な金融機関である「日昇昌票号」がこの地で生まれた。銀を運び歩く危険を避け、手形で全国の送金を可能にした画期的な仕組みだ。「匯通天下(天下を匯通す)」という言葉通り、その支店は日本や東南アジア、ロシアにまで広がったという。西大街に残る日昇昌の建物に足を踏み入れると、帳場や金庫、帳簿が当時のまま保存されており、晋商たちの才覚と信用の重みを感じずにはいられない。暗い金庫室に立つと、銀の重みと、信用という目に見えない資産の大きさが、胸に迫ってきた。

 県衙(県の役所)も印象深かった。北魏の時代に始まり、明清で完成したこの官衙は、中国に現存する県衙の中でも最も規模が大きく、保存状態が良い。中庭で再現される「県太爺の裁判」の演技を見ていると、かつての統治の厳しさと秩序が蘇ってくるようだった。文廟の大成殿は金代の建築が残り、中国の文廟の中でも最も古い現存例の一つだ。双林寺の彩塑は「東方彩塑芸術の宝庫」と称され、2000体を超える塑像が、静かに時を刻んでいる。鎮国寺の万仏殿も、五代の木造建築として貴重だ。

 夜になると、古城はまた違った表情を見せる。赤く灯された提灯が通りを照らし、影絵のような人々の姿が行き交う。近年は「又見平遥」という大型実景演芸が人気で、晋商の物語を没入型で体験できる。城壁の3Dライトショーも始まり、歴史と現代の光が交錯する。観光客は年間1000万人を超えるまでに増え、2025年には1108万人を記録したという。平遥国際写真展や映画祭も開催され、かつての金融の街は、今や文化と映像の交差点となりつつある。旅拍(古装写真)の店も多く、漢服を着た若者たちが路地を行き交う姿が、新しい風景を作り出している。

 しかし、古城はただの観光地ではない。今も約4万人の住民が暮らし、朝は近所の人が挨拶を交わし、夕方には子供たちが路地を駆け回る。地下のインフラが整備され、雨水や電気の問題も改善されたが、外観は厳格に守られている。住民たちが自ら修繕に参加し、古民家を民宿や工房に変えながら、生活を続けている。推光漆器や平遥牛肉といった特産品も、今も職人の手で作られ続けている。漆器の工房で、職人が何度も漆を塗り重ねる姿を見た。光を反射する美しい黒の表面に、何百年もの技が凝縮されている。

 平遥を歩くと、過去と現在が対立するのではなく、静かに重なり合っていることに気づく。城壁は守り、票号は流れ、人々は生き続ける。2700年の時を超えて、この「亀城」は、ゆっくりと、しかし確かに、今を歩んでいる。私は市楼の下で立ち止まり、夕陽に染まる灰色の瓦を見つめた。歴史は遠いものではなく、足元の石畳に、今も息づいているのだと、心から思った。平遥を離れる時、私は振り返って城壁を見た。亀のように、静かに、長く、この地に根を張っているその姿が、いつまでも目に残った。

(中国経済新聞)