中国AI産業の最新動向と展望

2025/01/3 14:30

はじめに

人工知能(AI)の研究、開発、実装において、中国は世界的に大きな存在感を示している。高まる技術力、革新性、そして国家主導の推進政策などにより、人工知能分野における中国の実力は米国に次ぐ位置を占めている。本稿は中国ICT分野の有力シンクタンク中国信息通信研究院との国際共同研究の成果や現地視察を得た最新情報をもとに、中国AI産業の最新動向、課題及び今後の展望を分析する。

1. 現地視察からみるAI産業の現在地

2022年末ChatGPTが生成AIブームを引き起こしてから、AI技術が急速な進化を遂げている。その大きな発展のポテンシャルと幅広い応用可能性は、新たな技術革新と産業変革の波を引き起こしている。今年筆者は、北京、上海、深セン、蘇州等を訪問し、数々の人工知能をテーマとする大規模なカンファレンスへの参加や多くのAI技術の先端企業との交流を通じ、中国AI産業の最前線を現地で実感してきた。

(1)AI開発ブームに沸く中国

2024年7月4日~6日、筆者は中国上海で人工知能をテーマとする大規模なカンファレンス「世界人工知能大会&AIグローバル・ガバナンス・ハイレベル会議」(以下「WAIC」という)を視察し、AIの開発ブームを体感することができた。7回目となる同大会は、今年より、国家レベルに格上げされた。李強首相も自ら出席され、外交、経済、科学技術、教育等ほぼすべての省庁が参画しており、中国政府のAI重視の戦略が鮮明になっている。 WAICの5万2千平方メートルを超える巨大な展示スペースでは、国内外の500以上の企業や機関から1,500以上の出展があった。テーマは、AI基盤モデル、計算インフラから、ロボット、自動運転、低空経済など多岐にわたる。50近くのAI基盤モデル、百種類以上の専門的な強化学習を施した業界特化型モデル、人型ロボット(ヒューマノイド)25体も含む45体の知能ロボットが出展され、多くの実装事例が発表された。

中国を代表するメガテック企業の百度、アリババ、テンセント、ファーウェイ、AI有力企業のセンスタイム、アイフライテック、新興ロボット企業のUnitree等に加え、チャイナ・モバイルなどの通信キャリアもサービス・プロバイダーとしての存在感を増している。中国信息通信研究院の統計によると、2023年末までに、中国のAIコア産業※1は高い成長を維持し、その規模は5,784億元に達した。AI企業数も米国につぎ、世界2位となっている。

A.業界特化型モデルに注力

ChatGPT がブームを引き起こす直後の2023年の上半期、中国のテック企業が発表したAI基盤モデルの多くはChatGPT同様、多ラウンド対話、コンテンツ作成、論理的推論、マルチモーダル(テキスト、音声、画像など)への対応、多言語サポートなどの機能が中心となる「汎用型」AI基盤モデルだった。

しかし、WAIC 等での展示をみると、中国のテック企業は、業界の課題解決に寄与する「業界特化型」モデルの開発及び実装により注力する傾向が鮮明になっている。金融・医療・教育・製造・エネルギーなどの領域への業界特化型モデルの応用事例が多く紹介された。

その背景には、中国は世界他国に先駆けて AI 規制を導入したことの影響が大きい。2023 年8月15日に施行した中国の生成AIに関する法規制「生成AIサービス管理暫定弁法」は、中国国内の公衆に対して提供し、世論影響力のある等の性質を持つ生成AIサービスは規制対象となり、政府の審査を通過したもののみ、サービスを提供できることとなっている。一方で、生成AI技術を研究・開発・応用する業界組織、企業、教育・科学研究機関、公共文化機関などは、公衆に生成AIサービスを提供しない場合、規制の適用対象外としている。つまり、業界特化型のAIモデルは、規制の影響が低い。

中国通信協会の報道※2 によると、2024年7月30日までに、政府の審査を通ったAI基盤モデルは197個に達している。その内、汎用型AI基盤モデルが61個、業界特化型AI 基盤モデルが136個で、業界特化型は7割近く占めている。さらに、組織内での利用を前提とする業界特化型モデルの開発は活況となり、その数は一千個以上に上ると言われている。

B.「AI for Industries」で産業発展を支える

業界特化型AIモデルの着眼点は、「AI for Industries」(産業発展のためのAI)という戦略だ。ファーウェイ・クラウドCEOの張平安は、自社が開発したAI基盤モデルは、絵をかいたり、詩を作ったりするのではなく、企業の生産性向上や業務プロセス改善の支援に特化することをめざすと意気込んだ。百度の会長兼最高経営責任者である李彦宏も、「AI 基盤モデルの性能そのものの競争だけにフォーカスするのは意味がない。いかに産業界に価値をもたらせるかが、AI発展のカギを握る」と語った。

ファーウェイが開発した「盤古基盤モデル」は、産業用に完全特化したモデルで、業界の先陣を切っている。企業が導入しやすいようL0層(基盤モデル)、L1層(業界別モデル)、L2層(シナリオ別モデル)の3層構造を持つ(図表参照)。自然言語、マルチモダリティ、コンピューター・ビジョン、予測、サイエンティフィック・コンピューティングといった5つの基盤モデルをベースに、特定の業界向けに予め訓練したモデルを提供する。顧客企業は自社のビジネスニーズに合わせて適切なモデルを選択し、開発、アップグレード、またはチューニングすることができ、多様で変化に富む様々な業界ニーズに適応できるという。

盤古基盤モデルの自動車産業の事例を見てみよう。自動運転の開発においては、様々な複雑な場面を想定してAIに学習させる必要がある。盤古基盤モデルは、デジタルツイン空間の構築を通じて、複雑な場面のシミュレーションデータを生成し、自動運転の学習サイクルを従来の2週間以上から2日に短縮できたという。AI技術による産業の高度化の良い事例と言えよう。

(2)ロボットへの熱い視線

7 月のWAICに続き、筆者は、12月に蘇州で開催されるAIExpo(グローバルAIプロダクト&アプリケーション博覧会)等にも参加した。AIの産業への実装が加速するなか、人型ロボットを始めとした「身体性AI」への注目が高まっていることを実感できた。

生成AIは人の「頭脳」と例えるなら、ロボットは、その「手」や「足」となって、実際の仕事をこなしてくれる。「頭脳」だけでは、代替できる仕事は限られるため、製造業、サービス業でのロボットの導入が加速している。今年は、「人形ロボット元年」と言われるほど、多くの企業が参入している。

WAICのメイン展示スペースでは、ずらりと圧巻のロボット

ただし、人形ロボット技術の発展は早い一方、未だ実用レベルに達しておらず、汎化能力、駆動精度などに関する技術突破が待たれる。

2. AI 産業の発展の課題

中国のAI 開発ブームに水を差すように、米国から次から次へと中国に対する技術、人材、資金の規制が打ち出された。特に、2023年2月頃以降、米国では上下院が中間選挙後の新体制となり、超党派で対中強硬姿勢を一層強め、ハイテク分野における対中規制が強まっている。米国の規制動向は、中国のAI発展に大きな影響を与えている。

生成AIに限らず、AIの技術力を左右するのは、大きく三つの要素がある。それは①アルゴリズム、②コンピューティング能力、③データだ。言い換えれば、高度人材、インテリジェントな演算能力、高品質なデータの競争でもある。

このうち、コンピューティング能力(計算能力)を例に、課題を詳細に分析する。AI基盤モデルのトレーニング・運用には、大量な演算を瞬時に行う必要がある。そのため、GPU(画像処理半導体)のようなAI チップで構成される計算リソースが必要不可欠となる。米国により先端半導体の対中輸出や中国での製造が規制されることになったのは周知の事実だ。

一時期、米国による対中GPU輸出規制によって、中国のAI開発が遅れるとの見方が広がった。中国は、自主開発に力を入れ、ファーウェイが開発した「Ascend AI」チップを始め、エヌビディアの最先端のAIチップに性能を及ばないものの、GPU不足の懸念はある程度払拭できたといえる。

それに加えて、中国は「東数西算」というデジタルインフラを戦略的に推進しており、計算リソースのネックはある程度解消できると思われる。「東数西算」は、中国全土でデータとコンピューターの演算と処理能力を向上させ、個別クラウド企業に限らず、コンピューティング能力を全社会のデジタルインフラとして提供することを可能にする狙いがある。

この計算能力競争では、エヌビディアをはじめ先端半導体企業の技術開発力という強みがある米国に対し、中国は挙国体制によるインフラ整備で対抗していくという構図となっている。

3. 今後の展望

中国にはAI 開発に必要なバリューチェーンが揃っているため、アジャイルかつ低コストのサービス開発と改良が可能である。加えて、百度、アリババ、テンセントなどのメガテック企業は、MaaS(Model as a Service)型ワンストップ・サービスを提供し、一般企業の革新的なAIサービスを創出しやすいようにサポートし、その成果が出初めている。

また、「千モデル大戦」の様子を呈している中国の国産AIモデルは、競争環境にあるため、低価格化の傾向がある。米中AI基盤モデルの価格設定を比較すると、中国勢の提供価格は、総じて米系AI基盤モデルより低い価格設定となっている。例えば、GPT-4とGPT4o の提供価格は、それぞれアリババの類似モデルQwen-longの約870倍と72倍、字節跳動(バイトダンス)の豆包pro-32kの約540倍と45倍となっている(2024年7月時点)。

モバイルインターネット時代、安価なモバイルアプリはデジタル化を促進することと同様、AI モデルの低価格化は、その普及をさらに促進し変革を起こす起爆剤となるだろう。 日本は、主にデジタル産業において外国の製品やサービスが前提となっている。中国はAI 技術の社会実装に関しては日本より進んでいる分野が多い。少子高齢化による労働力不足、防災等日中共通の社会課題への対応が急務となっている昨今、地政学上のリスクを留意しつつ、日本と中国の企業が連携してAI サービスを迅速に立ち上げることも選択肢の一つだ。

※1 AIコア産業の定義(中国信息通信研究院による): ①基盤コンピューティングとソフトウェア・プラットフォーム(AIチップ、AIスマートセンサー、AI計算能力やアルゴリズムの開発プラットフォーム、データカバナンスのプラットフォームなど)、 ②コアソフトウェア及び設備(コンピューター・ビジョン、機械学習、自然言語処理など)、 ③スマート製品(製造、金融、教育、交通、医療、物流や家庭などの分野で応用されるAI製品)で構成される。

※2 中国通信企業協会サイトhttps://www.cace.org.cn/NEWS/COUNT?a=5703

(文:株式会社野村総合研究所 エキスパート 李智慧)

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中国出身。中国華東師範大学卒業、神戸大学大学院経済学研究科国際経済専攻博士前期課程修了。2002年に野村総合研究所に入社。著書に『チャイナ・イノベーションは死なない』、『チャイナ・イノベーション2~中国のデジタル強国戦略』、『チャイナ・イノベーション~データを制する者は世界を制する』などがある。

NHKラジオ「マイ!Bizトレンド」出演など、対外発表多数。

出典:MIZUHO CHINA BUSINESS MONTHLY 2025年1月号 P13~17