2024年4月25日に開幕した北京国際モーターショーでは、中国自動車メーカー各社はスマート技術を備える電気自動車(EV)を投入し、人工知能(AI)を備える載技術で外資系ブランドとの差別化を見せつけた。世界の先端を走っている中国勢のスマートカーと対抗し難しいなか、日系自動車メーカーは、中国の大手テック企業と協業に踏み出した。トヨタは中国ネット大手の騰訊控股(テンセント)と AIのビッグモデルなど、車載サービス分野で協力する一方、自動運転企業の小馬智行(Pony.ai)とロボタクシーサービスを展開する。ホンダは2025年にEV新ブランド「燁シリーズ」に、ファーウェイの車載ディスプレーや科大訊飛(iFLYTEK)の音声認識技術を採用すると決め、日産自動車は中国検索エンジン大手、百度(バイドゥ)と協業し、AI ソリューションの強化や新たなスマートモビリティ体験の提供を図ろうとしている。
日系自動車3社が中国勢に秋波を送り始めたことは、中国勢が持つ EVのコア技術やサプライチェーンの競争力が高いことを示している。「世界のEV 試験場」といわれる中国では、「クルマの端末化」が急速に進む。エンジン車を主力とする日本車が中国の電動車に太刀打ちできない状況になっているのが実情だ。日系の EV は中国市場で勝ち抜けるかどうかを議論することに先たち、いかに競争力を持つEVサプライチェーンを構築していくか、その行方は今後中国事業の焦点になりそうだ。
中国EV市場での苦戦
日系自動車3社の中国販売台数は2024年1~4月にいずれも前年割れとなった。豊富なラインナップとハイブリッド車を強みとするトヨタは、値下げを実施したものの、9.3%減にとどまっている。中国の乗用車市場における日本車のシェアは、2020 年の 23%から2024 年 1~4 月には 12%へと急落しており、EV やプラグインハイブリッド(PHEV)など新エネルギー車(NEV)の出遅れにより、日系各社の苦戦が顕著になっている。実際、日産が 2018 年に発売したEV「シルフィゼロ・エミッション」をはじめ、ホンダの中国専用 EV「理念 VE-1」、トヨタ「CH-R」EV など、日系自動車3社は外資系メーカーのなかで、早い時期に電動化シフトを開始した。当時、中国政府の生産義務に対応するために中国で EV を生産せざるを得ないことから、EVシフトに進展しないと判断していた外資系メーカーも少なくなかった。各社は中国でエンジン車を主力に据えながら、電池性能やインフラ整備など不確実性の高い EV 市場を慎重に見極めていく方針を取っていた。NEV車両もネット配車やタクシーなど営業向けのエンジン車モデルの EV 仕様が大半であった。
一方、2020年に米テスラが上海で生産し始めたEVセダン「モデル 3」が、斬新なコンセプトを生み、中国でEVブームが起きた。車載電池の品質向上や車種ラインアップの増加などにより、エンジン車に対する NEV の競争力が向上しつつあり、NEV の販売台数は新型コロナウイルス禍前(2019年)の136.7 万台から2021年の352.1万台に急増した。こうした電動化トレンドの変化を受け、日系自動車メーカーがようやく EV 生産体制の構築に踏み出した。日産自動車は2021年に独自のハイブリッド技術「eパワー」を搭載したセダン「シルフィ」を中国で発売し、2022 年には新型 EV「アリア」を投入した。ホンダは中国で 2022年に同社初の EV ブランド「e:N」を立ち上げ、EV 専用工場の新設に加え、2030 年以降に発売する新車を全て電動車両にするとの大胆な EV 戦略を発表した。トヨタはEV専用のプラットフォーム(車台)を採用し、スバルと共同開発した SUV「bZ4X」を2022年に発売した。また、中国EV 市場の特性や研究開発のコストを勘案し、トヨタは中国 EV 大手、BYDの「e プラットフォーム」や車載電池を活用したEVセダン「bZ3」を2023年3月に投入した。
しかし、日系のEVは価格競争力が弱く、走行性能や走行フィーリングでも、テスラや中国勢に太刀打ちできない状況だ。日系EVとPHEVの中国販売台数は、2023年に8.4万台となり、日本車の中国販売に占める割合は2%に過ぎない。このような中、日系各社は従業員の削減による生産調整、ディーラーの在庫圧力の緩和など、市場環境に適した運営や構造改革に取り組んでいる一方、既存工場の稼働率を維持するため、中国製電動車を海外に輸出する動きも出てきている。
新興EVと組む欧州勢、FSDで勝負するテスラ
大手自動車メーカーの EVシフトといえば、中国乗用車市場で15%のシェアを占めているドイツ・フォルクスワーゲン(VW)も忘れてはいけない。VW は、2020年に量産型EV の「ID.」シリーズを投入し、中国EV市場に風穴をあけようとした。しかし、2023年の販売台数は15万台にとどまり、テスラの中国販売の4分の1に過ぎない。消費者が求める車両機能や乗車体験を勘案すれば、従来の大手自動車メーカーの EV 事業は難しいのだ。このような状況下で、VWは2023年7月に7億米ドルで小鵬汽車(Xpeng)株式の4.99%を取得すると発表し、Xpengのプラットフォームを活用するEVを2026年に投入する。VW 傘下の高級車ブランド、アウディが中国一汽と合弁工場で2024年末に生産する「Q6L e-tron」はファーウェイの自動運転機能を採用する予定だ。一方、前述した米テスラも安泰ではない。2024年1~4月の中国国内販売台数は前年比7.6%減の16.3万台となり、中国 NEVメーカー第4位に転落した。中国市場では熾烈な価格競争が繰り広げられているなか、XIAOMI カーに加え、BYD系「騰勢」、吉利汽車系「ZEEKR」、ファーウェイ系「HIMAシリーズ」など中高級 NEVはテスラ「モデル 3」「モデル Y」の競合相手となっている。このような状況を鑑みて、マスクCEOは今年4月に中国の李強総理との会談で、自社の運転支援システム「フルセルフドライビング(FSD)」を中国で導入することを求めた。中国国内での運転履歴などビッグデータをテスラが扱うことになる同システムがスムーズに導入できれば、テスラEVは車両機能で地場ブランドと勝負できそうだ。
中国企業との協業と課題
マツダは2023年7月、一汽乗用車(第一汽車傘下)への生産委託を終了し、生産を長安マツダ(長安汽車との合弁)に集中させている。三菱自動車の中国合弁、広汽三菱汽車は新車投入や電動化対応の遅れにより、2023年10月には中国撤退を余儀なくされた。市場競争が想像以上のスピードで変化している今、独自でエンジン車とEVの二刀流作戦を展開する日本勢の巻き返しは、現実のものにならず、自動運転・コネクテッドなどの分野で先行する中国企業の技術を活用する必要がある。そこには期待とともに2つの課題が浮かび上がる。1つ目は競争力を持つ EV サプライチェーンの構築だ。トヨタ、ホンダは2019年以降、PHEVや EVの兄弟車などを相次いで投入したものの、エンジン車市場で構築した日本車のブランド力も通用せず、販売は停滞している。エンジン車プラットフォームで作られた日系 NEVは、車載機能など「制御以外」の差別化がしづらく、かつ電池も高価なため、車両全体が高価格となる。また、BYD製電池・駆動システムを採用する一汽トヨタの「bZ3」は、日系電動車販売のトップとなっているものの、地場 EV のコスパに対抗できずにタクシー向け販売が多くなっている。開発期間の短縮および競争力を持つ EV 生産体制の構築は、日系の電動化シフトに欠かせないものとなるだろう。2つ目はSDV(Software-Defined Vehicleの略:ソフトウェア定義型車両)開発の加速だ。SDV 化は、EV化と相まって加速しており、新たな乗車体験を実現するものだ。テスラや中国新興 EVメーカーの車両は、車載コンピュータを中核に据えた中央集中型の車載電子基盤を搭載し、OTA(Over the Airの略:無線によるソフトウェア更新)によりアップデートできる。中国テック企業との協業に取り組む日本勢の戦略転換には、実施スピードや成果の創出が求められるだろう。自動車の知能化が進む中、通信技術やモノのインターネットなどの技術との親和性が高いハテック企業は、現在の流れを商機と捉えている。車両の電動化を前提とするコネクテッドカーはエンジン車生産と異なるコンセプトでルールチェンジされた新たな口火が切られた。日系自動車メーカーは競合企業を上回るブランド力の維持を意識しながら、エンジン車の残存者利益を獲得する一方、中国企業のスマートカー技術を客観的に評価し、組織変革、サプライチェーンの見直し、地域を細分化する動力源戦略を明確化する必要がありそうだ。
(文:湯進)
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みずほ銀行 ビジネスソリューション部主任研究員
上海工程技術大学客員教授、中央大学兼任教員 湯進
みずほ銀行で自動車・エレクトロニクス産業を中心とした中国産業経済についての調査業務を経て、日中の自動車業界の知見を生かした両国での事業を支援する。著書「中国の CASE 革命~2035 年のモビリティ未来図」(日本経済新聞出版)など多数。