世界を見る新たな発想への糧として

2024/06/3 07:30

「はて?…」という「つぶやき」が口をついて出た。今話題のテレビの「朝ドラ」の話ではない。岸田首相のブラジル・サンパウロからの記者会見の中継を見ながらである。

冒頭発言で岸田首相は、「国際社会が緊迫の度を高め、歴史的な転換点を迎えている現在、昨年のG7広島サミットの成果を土台としつつ、各国と具体的な協力関係を築き上げるため、常に二つの点を意識し、首脳外交に当たってきた」として、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り抜く姿勢を毅然と示すとともに、その連携の輪を広げていくこと」を第一に挙げた。これは岸田首相があらゆる場で繰り返し語ることでもある。「力による一方的な現状変更は許されない」「自由や民主主義、法の支配などの価値と原則を共有する」というのだ。そして、これらは常に「中国を念頭に」と説かれるのである。

今年の大型連休中、岸田首相はフランス、ブラジル、パラグアイの歴訪の旅に出た。時を同じくしてアフリカ、欧州、南西アジアの6カ国を訪れた上川外相の歴訪と合わせ「グローバルサウス」を重視した日本外交と力説された。しかし、その背後にある「グローバルサウス」への問題意識はといえば、すべからく、中国への対抗・抑止に行き着く。パラグアイにいたっては南米諸国の中で唯一台湾と外交関係を持つという視界からであることは言うまでもないだろう。すなわち、「グローバルサウス」が重視される世の「流れ」に沿う発想はあれども、すべては中国への対抗・抑止に矮小化されてしまい、そこを超える新たな発想、広く、深い世界認識には至らないと言わざるをえない。

ここでは、岸田首相が訪れた中南米において対抗・抑止を意識する中国はどういう存在となっているのか、その一端を垣間見て、考えを深める「手掛かり」とする。

中南米は、永く「アメリカの裏庭」と語られ「アメリカの勢力圏」と見なされてきたが、キューバ革命はじめ旧帝国主義宗主国、植民地支配への抵抗意識の高揚と相まって、現在では、自律的な生き方を選択する「非米世界」を先導する地域となっている。そうした地域の変容と軌を一にして中国の存在が大きくなり、「戦略的アクター」として中国が重きをなすようになった。この大局的な「流れ」は、日本のわれわれにとっては、ほとんど目に入ってこない、いわば認識の外という状況にある。日本からの移民の歴史において親近感のある国々があること、それらの国々で、日系の人々およびそれが形づくる社会が重要な役割を果たしてきたことは間違いない。しかし、「非米世界」と中国という視角から考察が深められることは稀と言わざるをえない。こここそが「グローバルサウスとの連携で成果」とメディアによって高く評価される岸田首相の「南米訪問」の陥穽というべき問題なのである。

われわれが知っておくべきことは数多くあるが、絞らざるをえない。

まず、中南米やアフリカの新興国、発展途上国による国連の枠組み「77か国グループ(G77)プラス中国」が、昨年9月、キューバの首都ハバナで首脳会議を開いたことは、日本では、ほとんど記憶されていない。そもそも、「G77」という言葉になじみが薄い。ましてや「G77プラス中国」とは、なんのことやらという感覚だろう。

「G77」は、1964年の国連貿易開発会議(UNCTAD)総会時に、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの77か国によって発足したグループで、発展途上国の首脳や閣僚が集まって共通の課題を議論したり、先進諸国への要求をまとめたりする活動を重ねてきた。現在の参加国は130か国を越えていて、昨年9月の首脳会議には議長国キューバのディアスカネル大統領やブラジルのルラ大統領のほか114か国の首相や閣僚らが出席した。

そこで中国だが、「主導的な支援国」という位置づけで「プラス中国」となっている。首脳会議には、習近平国家主席の特別代表として李希政治局常務委員が出席した。李希氏のあいさつに中国の立場が端的に語られているので引いておく。「現在、世界の発展途上国は絶えず力強く成長しているが、同時に、一部の国が一国主義やデカップリングを実行しているため、発展途上国の正当な発展の権益と空間が深刻に損なわれている。G77プラス中国は独立自主を守り、自らを高めるという初心を重ね合わせ、全人類の共同の価値を守り、国家間の食い違いや紛争の平和的解決を堅持し、世界の平和と安定を共に守るべきだ。公平・正義、平等・包容の精神を発揚し、国連の各議題が発展途上国の発展の利益に合致するよう推進し、共に話し合い、共に建設し、共に分かち合うグローバルガバナンス観を堅持し、発展途上国の発言権と代表性を拡大せねばならない」と述べ、さらに、「中国はどんなに発展しても、永遠に発展途上国の大家族の一員である」と力説している。

ここに至る中国の中南米政策の展開をかいつまんで振り返っておく。

2008年、中国政府はラテンアメリカに関する最初の包括的な政策文書「中国对拉丁美洲和加勒比政策文件」(中国のラテンアメリカとカリブに関する政策文書)を発表。中国とラテンアメリカ、カリブ諸国との間に包括的なパートナーシップを確立し平和的繁栄を目指すという目標を設定した。文書の中で「中国とラテンアメリカは遠く離れているが、中国とラテンアメリカの人々の間の友情には長い歴史がある。 現在、双方は同じ開発課題に直面しており、理解を深め、協力を強化したいという共通の願望を持っている」と述べて、経済、貿易、エネルギー、環境、平和・安全保障、科学技術、文化、教育など広い分野を網羅して協力を推し進めることを提起した。

さらに、2014年、「中国・ラテンアメリカ・カリブ共同体フォーラム」(中国・CELACフォーラム)を設立して、中国とラテンアメリカ、カリブ諸国の協力のための新しいプラットフォームを構築。2016年には、2008年の「政策文書」をバージョンアップして、中国とラテンアメリカ、カリブ諸国の包括的なパートナーシップを新たなレベルに押し上げ「共同発展の未来を共有する共同体」をめざすことを掲げることになった。

こうした展開の中で中国とラテンアメリカ、カリブ諸国との貿易、経済関係が急速な拡大を見せることになり、ラテンアメリカ諸国が次々と「一帯一路」への参加を表明することになったのである。

昨年1月、「CELAC」の第7回首脳会合がアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開催された。習近平国家主席はビデオメッセージを通じて、「CELACはすでに南南協力に不可欠な推進力となっており、地域の平和維持や共同発展の促進、地域の一体化の推進に重要な役割を果たしている」と述べて、中国・CELACフォーラムを強化していくことを明示した。

このように中国とラテンアメリカ、カリブ諸国の関係の深化は、まさしく、きのう、きょうの問題ではなく、ダイナミックに着々と積み重ねられてきたのである。中国への対抗、抑止という発想はもはや「時代遅れ」の思考というべきなのである。古い思考では動く世界は見えてこない。このことを戒めとしなければならない岸田首相の南米訪問であった。

時代は新たな世界に向けて胎動が始まっているのである。(5月9日記)

(文・木村知義)

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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。