とうとうここまで来たか、しかし、どこまで行くのか?!
日本の首相としては故安倍元首相以来9年ぶりの国賓待遇で米国に迎えられた岸田首相の高揚感あふれる表情を見ながら抱いた感慨である。
バイデン大統領との首脳会談は、日本時間の10日午後11時50分過ぎに始まった。「ホワイトハウスへようこそ」と切り出したバイデン大統領、「去年、私たちはここで日米が果たす役割はさらに大きくなると話した。ウクライナに対して私たちは共同で支援を行っているがロシアの悪質な攻撃に直面していることはまさに言語道断だ。日米同盟はかつてないほど強固になっている。防衛や技術協力を含めどうすればもっと深化できるのか、どうすればインド太平洋が自由で開かれた、そして繁栄した地域であり続けられるのかを話し合いたい」と続けた。岸田首相は「これまでジョーと私は数限りない対話を積み重ねて友情と信頼を培ってきた。それによって、いまや日米は法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を先頭に立ってリードする立場にある。ぜひ今回の訪米において日本とアメリカの固いきずなを確認するとともに、日本とアメリカが、どんな未来を築こうとしているのかを、世界に、そして内外に向けて示す貴重な機会にしたい」と述べた。
今回の岸田首相訪米を括るキーワード「グローバル・パートナー」としての日米関係、言葉を変えれば、日米2国間にとどまらず広く世界大におよぶ視界で、世界の課題に共に責任を持つとする、日米同盟の「深化」および「進化」をめざす戦略思考を象徴的に物語る冒頭発言である。
本稿の執筆は、11日未明、およそ1時間半の首脳会談が終わり、午前2時半少し前から30分ほどの共同記者会見を横目で見ながらである。よって、会談の詳細を十全に吟味して書くことはできない。しかし、おおよその輪郭は会談前に各メディアで語られていたことと齟齬はない。
主要な論点を挙げると、何よりもまず、中国はじめ北朝鮮など東アジアの動向、ロシア、ウクライナ、中東情勢など国際情勢に対する認識の共有に基づいて日米の一層の連携強化をはかり、日米同盟をより「グローバル化」することにある。とりわけ、日本が陸・海・空の各自衛隊を一元的に指揮する「統合司令部」を創設するのにあわせて、在日アメリカ軍側も指揮統制を「円滑化」して自衛隊とアメリカ軍の相互運用性を高め、指揮統制を「現代化」することを謳った。まさしく、日米同盟の新たな展開である。会談を前にして、ホワイトハウス高官は「1960年以来の日米同盟における最大の変化だ」と述べて「日米同盟の歴史的変化」であることを強調した。(NHK4月10日)実に重大な「歴史的変化」が、言ってみれば、「知らぬ間」に進んでいることを告げ知らされるものであった。
また、AIなどの最先端技術の開発といった経済安全保障分野における日米の連携強化、さらに、アメリカが主導する月探査計画「アルテミス計画」を含めた宇宙分野など、幅広い分野での協力、連携の強化を謳いあげるものとなった。特に、「経済安全保障」にかかわる今後の日米の動向を考える時、政府専用機には同乗していなかった齋藤健経産大臣が首相一行を追ってワシントンに向かい岸田首相に同行することになった含意を深く解析、吟味しておく必要がある。
また、「裏金問題」に追われる多忙の中、米大統領のスピーチライター経験者の助力を求めて極秘裏に練習を重ねたと漏れ伝わってきた、連邦議会における、岸田首相の英語による演説も、「グローバル・パートナー」という観点から、日本の立ち位置とめざす役割の「拡張」について重要な論点となるだろう。
さらに、フィリピンのマルコス大統領を加えた、米日比による初の3か国首脳会談がもたらす、安全保障体制における重大な「変化」、すなわち、日米比の3か国の「準同盟化」とも言える連携強化は歴史を画する動きと言える。今回の会談の前、あるメディアは「日比関係は新たなフェーズに入った」として、「東シナ海の安全保障は日米韓で対応するが、南シナ海は日米比が基軸になっていく」と伝えた。昨年夏のキャンプデービッドにおける米日韓3か国首脳会談で「米日韓の安保連携は新たな高みに上った」として、事実上の「準3国同盟化」が進むこととつなぎ合わせると、中国の太平洋側をぐるりと弧を描くように「包囲」する「対中国抑止網」が着々と強化される局面を迎えたことになる。
もうひとつ、「経済安全保障」という視角から、米英とオーストラリアの3か国による安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」との連携で、日本がより大きな役割を担うことになることが明らかになった。こうした安全保障の連携の枠組みの拡大も、日本の今後の「行く道」においてきわめて重要な分岐点となることは間違いない。首脳会談に先立つマイクロソフトのブラッド・スミス氏ら米経済界との会見やノースカロライナのトヨタ自動車搭載バッテリー工場建設予定地などの視察もすべて重要な相関があることは言を俟たない。
これらの問題、相関の核心は何かである、重要なのは。すべてを貫く「問題」は、共同記者会見で岸田首相が用いた言葉に依るならば、「中国をめぐる諸課題」、すなわち、「中国の脅威」に対する対抗・抑止に行き着くことである。こここそが日本のこれからにとって看過、座視できない重く、深い問題として浮かび上がるのである。
岸田首相は訪米を前に、米CNNのインタビューにおいて「我々は歴史的転換点に直面している」と強調して「防衛力を抜本的に強化する決定を下したのはそれが理由だ」と述べた。「我が国の周辺においては、弾道ミサイルや核の開発を進めている国、また不透明な軍事力の増強を進めている国(がある)。そして実際に南シナ海、東シナ海においては、力による現状変更が現実に行われている」と語り、今回の首脳会談は「日米同盟の現代化に向けた歴史的機会」だと述べてもいる。これと照応、呼応するかのように米国のエマニュエル駐日大使は、米ブルームバーグのインタビューで、「台本をひっくり返し、孤立の当事国を中国にすることがわれわれの戦略だ」と述べた。あまりの「あけすけ」なもの言いに言葉を失うが、今回の岸田首相の訪米を米国がどう位置づけ、岸田首相および日本に何を求めているのかが集約的かつ明快に語られている。また、バイデン政権で安全保障政策を担当するサリバン大統領補佐官は、会談に先立つNHKのインタビューにおいて、「(バイデン政権が発足してから)この3年間で成し遂げたのは、この(日米)同盟をインド太平洋地域の平和と安全の礎としただけでなく、真の地球規模の協力関係へと発展させたことだ。今回の岸田総理大臣とその一行の国賓待遇での訪問は地球規模の協力関係をあらゆる分野にわたって広く示す機会になる」と語った。
「ポイント・オブ・ノーリターン」という言葉があるが、まさしく、来るところまで来てしまったという慄然たる感慨に襲われる。大統領専用車「ビースト」車内で満面の笑みの二人の自撮り写真をSNSに投稿して悦に入っている場合か、というのは杞憂であろうか…。
(文・木村知義)
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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。