IROS 2025が映し出したロボットの“次なる壁”

2025/10/27 11:30

10月24日、世界トップクラスのロボット学会「IROS(アイロス)2025」で開催された「アジボット・ワールド・チャレンジ(AgiBot World Challenge)」国際チャレンジが閉幕した。主催は中国のスタートアップ企業・智元ロボットとオープンドライブラボ(OpenDriveLab)。清華大学、香港大学、アリクラウド(阿里雲)など、世界の名門大学・研究機関から11チームが参加し、各自が開発した人工知能(AI)モデルをロボット「G1」に搭載して、多様な実環境タスクに挑んだ。

今回の競技では、家庭・工業・スーパーという三つの環境に設定された「衣類をたたむ」「水を注ぐ」「物流仕分け」「荷造り」「お菓子を掛ける」「電子レンジで加熱する」という6つの課題を、1つのモデルで順次こなすことが求められた。

お菓子を掛ける――全チームが失敗した“簡単そうで難しい”課題

中でも注目を集めたのが、スーパー環境の「お菓子を掛ける」という一見単純な作業だ。しかし結果は驚くべきものだった。すべてのチームが失敗し、最高得点のチームでも「お菓子の袋を掴む」までしか達成できなかったのだ。

清華大学智能産業研究院(AIR)の博士課程・鄭金亮氏は、原因をこう語る。

「課題自体の動作は単純ですが、棚のフックは非常に細く、カメラ映像の中でわずか数ピクセルしか占めません。視覚認識と空間位置決めの精度が極めて重要になります」。

さらに、同色のスナック菓子が重なり合っていると奥行きの判別が難しく、誤認識や取り損ねが頻発する。鄭氏のチームは操作部門で1位を獲得したものの、この課題では部分得点にとどまった。

ロボットがスナック菓子の袋を掛けている

衣類たたみは意外に容易 AIの「動作学習」は成熟段階に

一方、智元ロボットのプロダクトマネージャー・趙澄玥氏は、最初に「衣類をたたむ」を最難関タスクと想定していたという。「柔らかい布は形が変わりやすく、掴み位置や力加減、摩擦係数など、あらゆる要素が結果を左右します」。

しかし実際には、多くのチームが衣類を正確に折りたたみ、さらには水を注ぐ、食品を加熱するなどの長時間動作でも高い成功率を示した。趙氏はこれを「AIがすでに中程度の複雑な動作タスクを安定してこなせる段階に入った証」と分析する。

つまり、「どう動作を学ばせるか」という課題は一定のブレークスルーを迎えつつあり、今後の焦点は「ロボットが現実世界をどう理解するか」へと移りつつある。視覚ノイズや空間定位、物理的干渉といった要素にどう適応するかが、次の壁だ。

“可能”から“実用”へ――求められるのはエンジニアリングの力

智元ロボットの具身知能ソリューション・エコシステム総監の沈咏剣氏は、今回の競技の意義を「単なる性能比較ではなく、異なる研究アプローチを一つの実行環境で検証することにある」と語る。

「学術チームが示すのは『理論的に可能か』という天井の探索です。しかし実際の産業応用では、『本当に使えるか』までの長いエンジニアリングの距離があります」。

彼によれば、アルゴリズムやモデルの進歩が「できるかどうか」を決める一方で、実用化を左右するのはハードウェア調整や制御最適化、システム統合などの工学的要素だという。

ロボットの注水競技

智元ロボットは昨年12月に100万件を超える実機データを含む「アジボット・ワールド(AgiBot World)」データセットを公開しており、今回の競技もその延長線上にある。今後はデータ、モデル、シミュレーション、実機検証の一連の“具身知能インフラ”を整備し、開発者が容易にAIロボットを実験・再現できる環境を構築することを目指している。

“掛けられなかったお菓子”が示す未来

大会終了後、智元ロボットは新たな二次開発プラットフォーム「リンチュアン(灵创)」を正式に発表した。AI視覚による動作抽出、クラウド模倣学習などを備え、プログラミングなしでロボット動作を開発できるという。

「お菓子を掛けられなかった」という一見小さな失敗は、実はロボット技術が“次の段階”へ進もうとしている証拠でもある。AIが単なる動作模倣から「世界の理解」へと歩を進める中で、工学的実装力と開発基盤の整備こそが、汎用型ロボット時代を切り拓く鍵となりそうだ。

(中国経済新聞)