京都は第二の深圳になり得るか

2022/04/26 16:02

 歴史や文化で世界的な知名度を持つ古都・京都。かねてから観光業に依存してきたこの地が今、「イノベーション」という新たな道を歩んでいる。

 コロナ禍で革新の道を歩んでいる姿を取材すべく、中国経済新聞記者は京都を訪れた。

 緊急事態宣言はすでに解除され、紅葉の時期を迎えてはいたが、街中の人出はそれほど多くはなかった。

 古寺の三千院の近く、以前に食事を味わった大きなレストランは解体され、漬物店も軒並み閉店していた。清水寺近くで調味料の七味を売っている創業百年の老舗の店長によると、今の客足はコロナ前の三分の一程度だという。

 2年近く続いているコロナの影響で、国内有数の観光都市が大打撃を蒙っている。

 ところが今回訪れた中で、産学研一体化、というこれまでにないイノベーションを目にしたのである。

 京都はそう、歴史と伝統のある都市であるほか、工業都市でもある。京セラ、島津製作所、村田製作所、オムロン、任天堂、日本電産など、世界に名の知れたデジタルや素材産業が本社を構えているほか、ノーベル賞受賞者を輩出している京都大学もある。

 これら企業の開発力や人材を活用して京都を立ち直らせよう、という道をかねてから模索しているのが、京都大学の平尾一之名誉教授である。

 市内にある成長産業創造センターで平尾教授に会った。ここのセンター長を務めているほか、京都市桂イノベーションセンターのセンター長も務めている。

 NewーTechの研究室にて、間中は平尾一之教授、右端は元木寅雄社長。

 市の中心部にある成長産業創造センターには、世界の大手500社に数えられる京セラを初め、技術系企業数十社が居を構えている。平尾教授が案内してくれた数社の中に、「NewーTech」というレーザーや新エネルギーの開発に従事している会社があった。社長の元木寅雄氏は中国出身で、清華大学を卒業後に中国科学院で勤め、92年に来日、東京大学で工学博士を取得しており、学問畑の経営者である。

 この会社の研究室には、イオンビームを試料に照射して内面や深さ方向を分析する飛行時間型二次イオン質量分析計(TOF-SIMS)という機器があり、液晶や半導体、LEDなどの表面の積層膜を精密に測定することができる。

 世界でも先端を行くこの機器は、2人の工学博士に利用されている。

 これだけ先端的な機器を扱える企業が存在することを知り、大変な驚きを感じた。

 その後、京都大学桂キャンパスを訪れた。工学部のある比較的新しいキャンパスである。

 ここは講義の場であるほか、京都市の産学研一体化の拠点でもあり、触媒・電池元素研究センター、先端光加工研究センター、先端電気機械工学研究センターがあって、それぞれが村田製作所や京セラ、日本電産といった大企業にバックで支えられている。

 これら各企業の資金や技術の提供により、大学側は想像力を遺憾なく発揮し、斬新な研究アイデアを打ち出している。これらのアイデアがたちまち企業で急を要する技術に転換し、さらにはこうした提携体制により企業に大量の優秀な若手人材が送り込まれ、産学研という好循環を生み出している。

 さらに、先端技術のさらなる革新や産業の振興に向けて、京都府や京都市、京都大学、地元企業などにより、公益財団法人の京都高度技術研究所が設立されている。

 

 事務長の小野寺由美子氏、地域産業活性本部の菴田寿男氏、端裕樹氏がセミナーを開催し、現在サポートしている各社の技術開発状況について説明してくれた。

 これを聴いて、どの技術も極めて先端的なものであると感じた。それらの商品化や実用化が果たされたら、間違いなく世界的な技術革新に大きく貢献することになるだろう。

 京都にはまた、世界的な技術の測定、加工設備の製造会社35社で結成された、「京都を試作する」という技術団体がある。代表理事を務める佐々木智一氏によると、「企業にとって一番の出費は設備投資であるが、この団体のおかげでサンプルを作り測定をするのに設備の購入が不要になり、加盟各社の設備を使うことで費用を極力抑えた形で試作ができる」とのことである。

 パートナー各社に自社の設備を使ってもらうというやり方は、まさに京都人の協力精神の表れである。

 最後に、「京都らしさ」十分のおしゃれで優雅な大型の研究団地「京都リサーチパーク」を訪れた。

 京都リサーチパーク

 イノベーションデザイン部の井上良一部長によると、大阪ガスの工場を利用してこの地を作り、現在の入居企業数は500社余り、従業員数は6000人余りとのことである。

 これら500社余りの中には、島津製作所、堀場製作所、任天堂という名の知れたハイテク企業もあれば、発足間もない零細企業や実務スペースもあり、共通の会議ホールや交流センターもあって、大小様々な会社が共存共栄して、様々な形で技術交流や協力を展開できる。

 井上部長は、このリサーチパークに関して二つの特徴を述べた。

 一つは、ベンチャー企業の創業者は大多数が大学教授、企業の定年退職技術者であり、元から素養があってかなりの特許も有するなど、スタート位置が高かったこと。

 もう一つは、若手創業者はわずか5%程度ということである。

 この二つ目については、解せないものであった。中国の産業パークでは、若者が創業した会社が90%以上を占めるのに、日本の若者はなぜ会社を興さないのだろうか。

井上部長によると、企業を興すにはまず技術開発力が必要、次にある程度の資金が必要であり、いずれも社会人なりたての若者からすればかなりのハードルだという。現在、この中で創業した若者たちのほとんどは、十数年間働き、ある程度の経験や技術を積んだ上でやってきたのだという。

 日本社会は保守的であり、中でも京都は古都である故、自尊心の強い人が育つ。よって、持ち込み主義を嫌い、人の技術を真似するのを特に嫌がる。こうした性格からイノベーションへと走り、自分の好きな道を歩んでオリジナルの技術を開発する。だからこそ、あちこちの産業パークで一味違った技術や設備を目にしたのである。

 平尾教授に対して、「京都は、技術開発力や工業基盤から見て、『日本の深セン』になれる条件を完全に備えている。世界大手500社に数えられる企業の立地数が深センを上回っているうえ、技術開発スキル全体を見ても深センに肩を並べている」と言ってみた。

しかし平尾教授は、京都には深センにない問題点が二つあると言った。

 一つは資金が足りないことで、日本ではベンチャー投資が盛んでないのでスタートアップ企業が投資ファンドを獲得しにくく、ユニコーン企業であっても資金がネックで成長が鈍いのだという。

 もう一つは市場がないことである。企業の開発技術は先進的であるが、国内市場が小さいことに加え、大企業は社内に技術開発スタッフがいるので、たとえ教授や技術者が興した企業であっても、研究の成果がすぐに製品となり市場化するのは難しい。

 仮に、中国の企業がこれら京都のベンチャー企業に資金を提供して技術や製品を共同開発すれば、地元の企業が成長するだけでなく、中国企業も世界的な技術を吸収できる、といった相乗効果が生まれたりしないだろうか。

 京都市は、世界各国の企業が大量に進出すれば、間違いなく「日本の深セン」にもなり、「日本の蘇州」にもなり得るだろう。(中経 徐静波、鄭巍巍)