まん丸い黄橙色の枇杷の実を一皮むくとジューシーで艶のある果肉が姿を現した。口に頬張ると優しく爽やかな甘みが口いっぱいに広がった。5月下旬になって親類や知人から箱詰めされて送られてきた枇杷は程よく熟していた。今年も枇杷の季節がやってきた。
枇杷は初夏を代表する果物のひとつである。この時期、淮海路の我が老房子の枇杷の実も熟し、ベランダから手を伸ばせば届くほどにたわわに実る。枇杷の実をついばむ鳥の囀りが終日聞こえると本格的な夏の到来も近い。
以前から上海市内を散策中、街中に枇杷の木がやたらに多いことが気になっていた。子供の頃、近所にも当たり前のように枇杷の木があって、この時期に実がなると勝手にもぎ取って食べ散らかした記憶があったからだ。それに加え、妻が暮らした淮海路の老房子にも立派な枇杷の木があり、この時期に窓から見えるこぼれんばかりの黄色い実がお馴染みの風景になっていた。そんなこともあって上海の枇杷は私にとって実に身近な果物なのである。
この時期、SNSでは枇杷関連の動画が目立ち始める。道端でかご一杯の枇杷が売られる風景はこの時期の風物詩でもある。観光とセットにした枇杷采摘(枇杷狩り)もリーズナブルかつバラエティーに富むプランが充実していて高い人気を誇っている。
さて、数ある枇杷の産地の中、江蘇省の東山白玉枇杷、安徽省の三澤枇杷、浙江省の塘栖、福建省の莆田、四川省の米易、雲南省の云霄枇杷などが有名で、それぞれ形も風味も異なる。ある報告では2025年の全世界の枇杷生産量70億トンのうち中国ではその80%にあたる56億トンが生産されたという。中国は枇杷大国でもあるのだ。
中国ではすでに6世紀には栽培されていたという枇杷。明代の博物学者、李時珍の『本草綱目』によると、枇杷は葉の形が琵琶に似たゆえの呼称であり、その効用として「渇きを止め、気を降ろし、肺気を利し、五臓を潤す」という。。ただ、食べ過ぎると「脾を傷める」ともあり、「焼肉や熱い麺と一緒に食べると黄病(黄疸)を患うことがある」恐れがあるともされる。このように枇杷には様々な医学的効用があるため、早くから中国各地で栽培され消費されてきた。
日本では「初夏の宝石」とも言われる枇杷。奈良時代から宮廷の庭園で栽培され当初は高貴な果物だったが、本格的は栽培が始まったのは今から270年ほど前の江戸時代中期。中国から長崎にもたらされた枇杷が長崎や南房総の冨浦地区で本格的に栽培され始めたという。庶民の口に広がり始めた江戸時代の博物学者、貝原益軒先生の『大和本草』には解熱作用があるため「胃脾が虚弱な人」は食べてはいけないとある。自身も虚弱で『養生訓』を著した彼も夏の熱を冷ますために枇杷を食していたのかもしれない。
今回頂いた東山白玉枇杷は中国の「トップ10」ブランドの一つとされる。主に蘇州の東山、太湖周辺で生産されている。東山における枇杷の歴史は宋代に遡り、明代では「東山の枇杷は大きい」と賞賛され、その後、度重なる品種改良を経て今のような高品質の枇杷が出来上がった。東山産の白玉枇杷はその品質の高さと希少性ゆえに「枇杷のエルメス」とも評されている。大粒のものはキロ40元(約900円以上)以上の値が付くらしい。2021年からは海外への輸出も始まり、今ではシンガポール、ドバイ、日本、韓国などへも輸出されているそうだ。
残念ながら今回、東山現地に足を運ぶことは出来なかったが、代わりに上海最大の枇杷園に足を運んでみた。その名も上海聯怡枇杷楽園。青浦にある敷地面積約58万㎡で東京ドーム約12個分に相当する広さを誇る。5月末の平日に訪れてみると、広大な敷地内ではすでに黄色く熟した枇杷がこぼれんばかりに実り、園内には枇杷のほのかに甘ったるい香りが充満していた。平日にも関わらず、60元(約1400円)の枇杷狩り目当てに数台の大型バスで来園したのだろう、袋詰めにされた枇杷を持つ多数の観光客らの姿が目立った。一通りバラエティーに富んだ園内の見学をして開放感抜群のリバーサイドのデッキに立つと枇杷のほのかな香りを含んだ爽やかな初夏の風が心地よかった。
枇杷の実は「繁栄と長寿」を意味するとされる。また晩秋にひっそりと咲く枇杷の花言葉は「情愛と優美さ」なのだという。子供や鳥たちにその実を惜しげもなく振舞う枇杷の木。ほのかに甘く優しい香りのする枇杷の実を頬張っていると、老房子の窓からいつも見えるあのごつごつとした無骨な枇杷の木が無性に愛おしく思えてきた。
(文・ 松村浩二)
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【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。
