中国・北京。若者たちが列をなして、小さな箱を手にして帰っていく。その中に何が入っているのか、彼ら自身にもわからない。ただ一つだけ確かなのは、それが彼らの「心をときめかせる何か」であるということだ。
この不思議な現象の中心にいるのが、「泡泡瑪特(Pop Mart )」という会社であり、その創業者である王寧という男である。
彼はわずか37歳にして、潮流玩具(潮玩)という新たな市場を切り開き、Pop Mart の2024年売上高を130億元(約2600億円)に押し上げ、海外市場での急成長を実現した人物だ。なぜ彼は成功したのか?Pop Mart の快進撃の裏には、どんな秘密が隠されているのか?

大学から始まった「北漂」の夢追い人
1987年、河南省新郷市に生まれた王寧は、典型的な80後(1980年代生まれ)の中国人だ。実家は小さな商売を営む家庭で、幼い頃から両親の店で客と接する中で、商業への鋭い感覚を養った。高校卒業後の夏休みには、早くもサッカー教室を立ち上げ、初の起業を経験。大学では鄭州大学西亜斯学院に進み、広告学を専攻しながら、ストリートダンスサークルのリーダーとしてキャンパスで名を馳せた。この頃、1000元の安いカメラで新入生の生活を記録したドキュメンタリーを制作し、DVDとVCDにして2300枚以上売り上げるバイタリティを見せている。
大学卒業後の2009年、22歳の王寧は北京へ飛び込み、「北漂」(地方から北京に出て夢を追う若者)として新たな一歩を踏み出した。最初のビジネスは、大学の仲間と始めた「格子街」という雑貨店。DVDや小物を売りながら、若者のトレンドを肌で感じる日々を送った。しかし、彼の視線はもっと大きな舞台に向いていた。2010年、香港のトレンド雑貨店「Log On」にインスピレーションを受け、流行(Pop)とスーパーマーケット(Mart)を融合させた「Pop Mart」を北京の中関村で創業。23歳の若者が、高級ショッピングモールに小さな店舗を構えた瞬間、誰も予想しなかった「潮遊び」帝国の第一歩が始まった。
王寧の特徴は、派手な自己アピールや大言壮語を避ける「静かな情熱」にある。2024年にフォーブス中国の「最優秀CEO」に選ばれた際も、彼はこう語った。「我々は一夜にして成功したわけではない。10年前、三輪車で荷物を運び、壁を塗った日々から始まった」。この地に足の着いた姿勢が、彼を他の起業家と一線を画す理由だ。北京大学でMBAを取得し、2024年には清華大学のEMBAも修了するなど、学びへの意欲も強い。だが、彼の真の強みは、消費者心理を捉える直感と、細部にこだわる実行力にある。
Pop Mart成功の5つの鍵
Pop Martは、単なる玩具メーカーではない。Z世代の心を掴み、視覚的シンボルと感情的共鳴で世界を席巻する「文化プラットフォーム」だ。2020年に香港証券取引所に上場し、「盲盒第一股(ブラインドボックス第一の銘柄)」と呼ばれた同社は、なぜこれほどの成功を収めたのか。以下、王寧の戦略と時代の波を捉えた5つの要因を分析する。
一、盲盒の魔法:サプライズと収集欲の融合
Pop Martの代名詞は「盲盒(ブラインドボックス)」。中身が見えない箱を開けるまで、何のキャラクターが出るかわからないこの仕組みは、日本のガチャポン文化に着想を得たものだ。しかし、王寧はこれを単なる玩具から「ソーシャル・カレンシー」に昇華させた。隠款(レアアイテム)の出現確率は1/144や1/720と低く、開封のドキドキ感が若者の収集欲を刺激する。2023年、盲盒の売上は全体の80%以上を占め、平均単価51元の商品が毛利率71%という驚異的な利益を生み出した。

例えば、Mollyの「胡桃夾子王子」隠款は定価59元が二手市場で1350元に跳ね上がる。タイではLABUBUの限定品を求めてファンが徹夜で並び、TikTokで「開封動画」がバズる光景は、消費そのものがエンターテインメント化した証だ。王寧は盲盒を「驚きと喜びの体験」と定義し、Z世代の「共有したい」心理を巧みに掴んだ。SNSでの拡散力は、ブランドの認知度を爆発的に高め、2024年には会員数が3400万人、復購率(リピート率)が50%近くに達した。
二、IPの力:アーティストとの共創で魂を吹き込む
Pop Martの核心は、強力なIP(知的財産)の構築にある。Mollyなどといったキャラクターは、単なる玩具ではなく、感情とストーリーを宿した「アート作品」だ。2016年、王寧は香港のデザイナー王信明とMollyの独占IP契約を結び、これを機に会社を雑貨店からIP運営企業へと転換。以来、龍家昇(LABNUBU)や畢奇(Pucky)ら世界中のアーティストと協業し、2023年には売上1億元超のIPが10個に達した。
王寧はPop Martを「レコード会社」に例える。優れたアーティストを見つけ、彼らのクリエイティビティを商品化し、市場に届けるのだ。Mollyの少し不機嫌な表情やLABUBUのいたずらっぽい笑顔は、明確な物語がなくても消費者の心に響く。「Mollyは100人いれば100通りの解釈がある。消費者が自分の感情を投影する空っぽの魂だ」と王寧は語る。この視覚主導のアプローチは、ディズニーの物語依存型IPとは異なり、多様な文化背景を持つ若者に受け入れられやすい。

三、 Z世代の心:精神的な「贅沢品」の提供 Pop Martの主な顧客は95後(1995年以降生まれ)や00後(2000年以降生まれ)のZ世代だ。物質的な欠乏を知らない彼らは、消費を通じて「自己表現」や「精神的な満足」を求める。Pop Martの玩具は、単なる遊び道具ではなく、「感情の寄りどころ」として機能する。ファンからは「Mおllyは私の分身」「疲れたときに癒してくれる」といった声が聞こえる。この「精神的な贅沢品」としての位置づけが、75%を女性が占める消費者層の高いロイヤルティを生んだ。
王寧は、店舗を単なる販売スペースではなく、インスタ映えする「体験空間」として設計。韓国ソウルの3階建て旗艦店や北京の潮玩テーマパーク「POP LAND」は、消費者が写真を撮り、SNSで共有する場だ。2024年、海外店舗は100店を超え、英国の50平米の店舗が年収2000万元(約4億円)を記録するなど、Z世代の「共有文化」を最大限に活用した。
四、グローバル戦略:中国発の文化輸出
Pop Martの海外進出は、2024年に飛躍的な成果を上げた。海外売上は前年比440~445%増、全体の38・9%を占める。特にタイでは、LABUBUが「国民的アイドル」並みの人気を博し、タイ観光局が公式に「タイランド体験大使」に任命。欧米ではTikTokの「開封動画」で若者を惹きつけ、韓国ではK-POPとコラボした店舗が話題に。王寧は現地文化に合わせた戦略を展開し、例えばタイではBLACKPINKのLisaを起用した限定商品を投入した。
興味深いのは、Pop Martが「中国発の文化輸出」を実現している点だ。これまで中国企業は価格競争力で海外市場を攻めてきたが、王寧は「文化」を武器に戦う。日本のサンリオがHello Kittyで世界を魅了したように、Pop MartはデジタルネイティブなZ世代の感性に訴え、中国のクリエイティブ力を世界に示した。「To The World、 From The World」をスローガンに、王寧は「世界のPop Mart」を目指す。
細部へのこだわりと長期主義
王寧の経営哲学は、「尊重時間、尊重経営」に集約される。彼は毎週店舗を巡り、照明の角度や音響の雑音までチェック。2023年夏には、4日間で3000キロを自走し、11都市の店舗を視察した。店舗の「気場(雰囲気)」を感じ取り、暖色系の照明に変えるよう指示するなど、細部へのこだわりは徹底的だ。この姿勢は、Pop Martが急成長の中でも品質とブランド力を維持する基盤となった。

また、王寧は短期的な利益追求を避け、長期的なブランド構築を優先。 2020年の上場時、マーケティング費用は売上の3%未満に抑え、過剰な店舗拡大も控えた。「急いで成長させると、苗を引っこ抜くようなものだ」と彼は語る。この克制が、2022年の株価低迷を乗り越え、2024年に再び1000億香港ドルの時価総額を回復させた要因だ。
(中国経済新聞)