2024年が暮れようとしている。
「これでは今年の10大ニュースは組み換えだ!」。年の瀬、メディア関係者から悲鳴が聞こえてきた。まさに激動の年であった。というより、片時も目を離せぬ激動の時が続いている。時代の歯車がぎしぎしと軋みながら、しかし、大きく動く「音」が聞こえてくる。世界は変わる、という感慨を強くする年の瀬である。その感慨を、米国「トランプ2.0」時代への視角にふれる問題意識の一端として、あくまでも限られた紙幅で許される断片に過ぎないが、記しておきたい。
「2024年はアメリカやロシア、台湾など各地でリーダーや議会の構成を決める選挙が予定されていて、世界情勢に大きな影響を与える国や地域で選挙が相次ぐ、世界的な『選挙イヤー』となります」。今年元日のテレビニュースのコメントである。英国、米国では「政権交代」が起きた。下院総選挙後難航の末組閣にこぎつけたフランスのバルニエ内閣は不信任決議案の可決で総辞職した。2カ月29日での首相辞任は、1958年に現在の「第五共和制」が始まって以来最短となる。また、議会による不信任は、1962年のポンピドゥー内閣以来62年ぶりのことだ。「マクロン大統領は今年夏に行われたパリオリンピックとパラリンピックを例にあげ、国のために団結して行動するよう呼びかけましたが、辞任を求める声も高まっていて、求心力のさらなる低下は避けられない見通しです」と伝えるテレビニュースに、ここでオリンピックを挙げるかと思わず苦笑したものだ。ドイツでも25年度予算案を巡る対立が深まり、FDP・自由民主党が連立を離脱したためショルツ連立政権が瓦解した。来年2月におよそ20年ぶりとなる解散総選挙が実施される見通しとなった。また、地域大国インドと南アフリカでも与党は議席を減らした。言うまでもないが日本でも衆議院総選挙で自民・公明の与党が過半数割れとなった。
すなわち、先進諸国、地域大国の政権与党は軒並み敗北や後退、混迷を余儀なくされた。いずれの国においても政治の「動揺」が社会の混迷を呼び、経済はじめ社会体制総体の行き詰まりを暗示する状況となっている。そして、ウクライナにおける戦火を終息させることに難渋し、イスラエルによる「ジェノサイド」というべきパレスチナの人々への虐殺が止まない。さらに、韓国の尹錫悦大統領による「非常戒厳」宣布、それに対する弾劾訴追可決による大統領職務停止、シリアの父子2代にわたるアサド政権の崩壊と、世界の変動はとめどなく、挙げればきりがない。まさに中国の言う「百年に一度の世界の大変局」を、今、われわれは目の当たりにしながら生きていることを痛感する。
そうした「大変局」のなかでも世界が身構える問題は、いわゆる「トランプ2.0」の時代の米国のありようであろう。メディア、識者の間ではおおむね「アンプレディクタブル(予測不可能性)」と、トランプ氏自身が自称する「タリフマン(関税男)」という2つの「貌」について懸念が語られる。その際のキィワードは「アメリカファースト」と「ディール」となるであろうか。しかし、ここで忘れてならないのは米国の「連続性」と「断絶」の見極めである。
古い話だが、1992年アーカンソー州知事であったビル・クリントンは大統領選挙に出馬する際の演説で「I belive that together we can make America great again」と呼びかけている。12年ぶりに民主党政権復活を果たすことになる選挙に際してのことである。さらに遡れば嚆矢は1980年の大統領選挙における共和党のロナルド・レーガンのスローガンにあった。すなわち、「MAGA(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)」はトランプ氏の「専売特許」でもなければ共和党だけの「立ち位置」ではないのだ。共和党であれ民主党であれ、米国の覇権「後退」への焦燥を潜在させた複雑な「アメリカファースト」の心情の吐露と言うべきなのである。米国に根深く息づくこの屈折した連続性を見落としていては時局を見誤る。バイデンとトランプの差異は、同盟諸国の「動員」の仕方に過ぎない。かつて本紙面でも引いたが、2020年初頭、大統領選挙を戦っていたバイデン氏が米外交問題評議会の「フォーリン・アフェアーズ」に寄せた論稿にある「もう一度、アメリカが主導する世界を再現する必要がある」「地に落ちたアメリカの名声やリーダーシップへの信頼を再建し、新しい課題に迅速に対処していくためにアメリカと同盟諸国を動員しなければならない」という主張に凝縮されるように、「地に落ちた」米国一国覇権にもとづく旧来の世界秩序をもう一度呼び戻したい、そのためには同盟諸国をいかに動員、活用するかという国益観念、安全保障観、価値観において米国の本質は何ら変わるところがない。さらに言えば、各国に軍備を増強させ軍需産業はじめ金融に至るまで米国の「実入り」を最大化するために同盟国のみならず「服ふ(まつろう)国々」を指嗾することにおいてもバイデンとトランプに大差はない。要は「吹っ掛け方」(ブラフのかけ方)の違いに過ぎない。それがトランプの言う「ディール」なのだ。「西洋の敗北」を辛辣、かつ精緻に解き明かしたエマニュエル・ドットのひそみに倣って言うなら、われわれが対峙すべきは「アメリカ」であって「アメリカの大統領」ではないということである。そして、米国覇権と軌を一にして「旧秩序」にもとづく「世界」を墨守したいNATO諸国、EU・欧州諸国、そして日本など「先進諸国」の政治、経済、社会の「混迷」「動揺」はすでに触れた通りである。
こうした情勢をふまえ、日本では、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国と連携して中国を包囲、対峙という言説が頻繁に聞かれる。しかし、シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所が政治、経済、社会各分野の識者、NGO関係者などを対象に実施している年次世論調査において、ASEAN諸国が「米中のどちらかを選ばざるを得ないとすれば、どちらとの連携を選ぶべきか」という質問に、2024年の調査では、回答者の過半数が中国を選んだ。この質問を最初に問いかけた2020年以来、「より多くの回答者が中国を選んだ」のは今回が初めてだったという。
今しばらく米中対立が世界の基本構造をなす基調は変わらないとしても、もはや趨勢は見えたと言うべきである。トランプ大統領再来の時代、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの「非米世界」の国力、存在感の一層の高まりによって、米国一国覇権に依った世界秩序の終焉は加速度的に早まることは確かであろう。すでに米国一極世界は旧に類する秩序となっている。よって、旧に復することに注力することは空しいと言わざるを得ない。新たな時代にふさわしい世界のありように向けての叡智が求められているのである。この世界大の大変局の本質的構造を冷徹に見極めることを忘れては、世界を見誤ることになる。 時代は動く、世界は変わるという感を一層深くしながらこの年を送ることになる。来る年が少しでも希望と光に満ちた世界になるよう念じながら筆を置くことにする。
(文・木村知義、12月22日記)
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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。