中国の「県城」に暮らす人々の生活実態

2026/02/28 11:00

ある人は言う。

「北京や上海、広州、深圳は幻想にすぎない。中国の本質は“県城”にある」と。

中国の都市階層(直轄市>地級市>県級市>県)でいう「県城」とは、県の行政中心地を指す。全国に2000以上存在し、およそ9億人がこうした地域で暮らしているとされる。そこでは、どのような日常が営まれているのだろうか。

ゆるやかに流れる時間

夜明け前、朝食店の店主がシャッターを上げる音とともに、町は静かに目を覚ます。昼はゆっくりと過ぎ、夜は長い。

県城に暮らす人々は、大都市のように激しい競争に追われているわけではない。生活のリズムにはどこか余裕があり、自由に使える時間も一定程度ある。それでも人々は常に何かと忙しく、自ら娯楽を生み出し、それをあたかも本業のように楽しんでいる。

統計によれば、大学卒以上の学歴を持つ人は約1割にとどまり、7割以上の月収は5000元(約7万5000円)以下。年間の読書冊数がゼロという人も少なくない。

「県城には性生活と麻雀しかない」と揶揄する声もある。だが、それは表層的な見方にすぎない。

就職――「ぶらつき者」と「安定職」の対比

社会資源や就業機会の面では、大都市が地方都市を圧倒し、地方都市がさらに県城や農村を上回る構図がある。より良い条件を求め、優秀な若者は毎年のように流出していく。

その中で、県城において人材を引き留める存在が、公務員や政府機関の安定した職である。いわゆる「鉄飯碗(安定した公的職)」だ。

一方で、個人商店主や民間事業者、周辺農民が地域経済を支えている。飲食店、診療所、理髪店、リフォーム業者、スーパーなどが数本の主要道路沿いに集中し、住民は目を閉じても場所を思い出せるほどだ。需要と供給はすでに飽和状態にあり、新たな雇用の余地は大きくない。

そのため、定職に就かず、日中はぶらぶらしている若者もいる。深夜まで外で飲み歩く彼らは「二流子(ならず者)」と呼ばれることもある。

ショッピングモールが閉まり、信号が点滅に変わる頃、遠くからオートバイの爆音が響く。男女が笑いながら夜道を疾走する姿は、かつての香港映画に登場する不良青年のようだ。

県城では職場の形式張った服装もあまり重視されない。税務窓口で詰問する農民や、些細なことで衝突する若者もいる。穏やかな人でさえ、時に苛立ちを隠さない。

娯楽――上の階でネット、下の階で麻雀

大型コンサートや美術展は少ない。娯楽の中心はオンラインだ。動画視聴、ゲーム、ライブ配信が可処分時間の多くを占める。

若者はネットカフェや映画館、カフェで時間を過ごし、中年層は茶館や麻雀店に集まる。運が良ければ麻雀が副収入になることもある。

朝食店の女将と隣の小売店主が麻雀卓を囲む。安い茶の香りと牌のぶつかる音、「ツモだ!」という歓声が混じり合い、独特のにぎわいを生み出す。

夕暮れになると、屋台の焼き肉の煙が立ち上り、町外れのカラオケ店のネオンが輝く。外食とカラオケが夜の実体経済を支え、インターネットでは代替できない交流の場となっている。

消費――拼多多世代の台頭

「一緒に買ってよ、あと一人で成立なんだ!」

焼き肉店で交わされるこの声は喧嘩ではない。共同購入を呼びかけているのだ。

中国の大手ECプラットフォームである拼多多(英語名:Pinduoduo、略称PDD)は、三・四線都市に急速に浸透した。低価格、高いコストパフォーマンス、共同購入のゲーム性が消費者心理をつかんだ。

最盛期には購入リンクがSNSで飛び交い、人間関係の親密度を測る尺度にさえなった。頼まれれば割引のために協力する。疎遠なら無視する。

県城住民の収入は決して高くないが、住宅を所有している世帯も多く、生活費も比較的低い。そのため可処分所得の比率は意外に高い。「月平均5.8回のネットショッピング」というデータもある。

資本にとって、県城は新たな「ブルーオーシャン」となっている。

精神世界――英雄幻想とテレビドラマ

映画戦狼2は三・四線都市の観客に支えられ、興行収入56.8億元(約1276億円)を記録した。英雄物語に涙し、惜しみなくチケット代を払う層がここにいる。

男性、とりわけ若者は、ネットゲームや武侠・修仙小説に影響を受け、誇張された英雄幻想を抱く。一方、非現実的な恋愛や職場を描くアイドルドラマは、家庭中心の生活を送る女性たちの支持を集める。

中高年層は連続ドラマを欠かさず視聴し、登場人物の勢力関係を真剣に論じる。

静かな夜の終わりに

夜が更け、焼き肉店のにぎわいが収まり、カラオケ店の喧騒も次第に消える。酔客が散り、通りは静まり返る。

県城の生活はシンプルだが、どこか満ち足りている。個人の挫折が深い絶望に変わることは少ない。笑い声も愚痴も、噂話も、やがて夜に溶け、再び小さな町の日常へと戻っていく。

北京や上海では見えにくい、中国のもう一つの現実が、そこにある。

(中国経済新聞)