はじめに
コロナ後の反動増終了、不動産市場調整の長期化もあり、中国の消費需要は弱さが続く。とはいえ、世界最大の中間層を抱え、且つ格差がある故に「これから豊かになる階層」が多数派を占める市場でもある。
1.規模的な存在感の高まりと、減速に伴う不況感の持続
(1)世界最大の自動車市場で中間層も多い、無視できない市場
中国経済は名目GDP総額で見ると米国に次ぎ世界第二位の規模であるが、例えば自動車販売台数を見ると、09年に米国を抜き世界最大の自動車市場となり、23年の販売台数は3,009 万台と初めて3,000万台を突破、15年連続で世界一の座を維持している(図表1)※1 。中国は人口で23年にインドに抜かれたものの、自動車販売台数はインドの6倍ある。これは両国の一人当たりGDP規模(中国1万2,600ドル、インド2,500ドル※2 。23年)の差を見れば相応の水準と言えよう。
中国の中間層(中等収入群体)は4億人超で世界最大と言われる。筆者の調べたところ、「中国における中間層の統一的、公式定義はないものの、世界銀行の基準をあてはめると年収2.5~25万元が中所得層」(国家統計局18年1月)、「世帯収入 10~50 万元で自動車、住宅を保有、余暇に旅行できる中間層は17年に1.4 億世帯=4 億人余」(寧国家統計局長 19年1月※3 )との説明を国家統計局の関係者発言等から見つけることができる。世帯収入の範囲が10倍もあるのは、それだけ所得や物価水準に格差が存在することを意味する。2.5万元(17年時点)の収入しかなくても、物価の安い農村部に暮らし、農作物を自作したり家畜を飼ったりすることにより、現金収入が少なくとも中間層としての生活をすることができている。
この「中間層4億人」は人口の3割弱を占める計算となるが、「35年に20年比倍増」※4 を目指す政策の下、中間層の所得水準、人口ともに今後も拡大余地がある。
(2)減速しても所得は増加
この間、経済の高度成長期終焉に伴い、中国消費市場の勢いは鈍化してきた。そのきっかけには金融危機、米中摩擦、そしてコロナ渦といった要因があり、そのたびに消費不振のニュースが繰り返し伝えられるようになった。最近は、若者たちの間で古着など中古品が人気となる節約志向「消費降級(格下げ)」がある。実は、「消費降級」という言葉はすでに18年半ば時点で存在、当時は搾菜(ザーサイ)、二鍋頭(大衆向け白酒)、即席麺の売れ行き増が話題だった。また、デフレ下の日本で稼いだサイゼリヤやニトリ、回転寿司店の快進撃なども注目されている。実際、不動産市場調整、企業収益、雇用面からの消費市場に与える影響は大きく、これまでのように所得が絶えず拡大していく世界から、失業や賃下げを目の当たりにして将来が見通ししにくくなり、人々の消費マインド悪化に繋がっている。
可処分所得と消費支出との差額で算出した貯蓄額は、統計公表以来、23年に初めて0.3%減と僅かながら減少に転じた(図表 2)。ほぼ一貫して上昇傾向にあった家計貯蓄率(貯蓄額/可処分所得)は23年に36.3%であったが、コロナ期以降、20年の38.4%をピークに横ばい傾向にある。
とはいえ、この間中国人の所得は増加、一人当たりGDPはドル建てで十年前の約二倍に増えている。「海外旅行者数が年間に一億人を突破」したのは14 年で、日用品から高級ブランド品まで何でも「爆買いする中国人」が話題となったのは15 年の春節(旧正月)である。その後は中国国内製品の競争力向上(国貨・潮品、国潮ブーム)や、越境ECの発達もあり、いわゆる「爆買い」はやや下火となっていった。
「中国経済は減速、不況で消費不振」、との報道がなされている間に、実際には中国人の所得向上は続き、足元でこそ節約志向の高まりが散見されるものの、全体として中国消費市場の存在感が大きく損なわれる事態には至っていない。
可処分所得と消費支出との差額で算出した貯蓄額は、統計公表以来、23年に初めて0.3%減と僅かながら減少に転じた(図表 2)。ほぼ一貫して上昇傾向にあった家計貯蓄率(貯蓄額/可処分所得)は23年に36.3%であったが、コロナ期以降、20年の38.4%をピークに横ばい傾向にある。
とはいえ、この間中国人の所得は増加、一人当たり GDP はドル建てで十年前の約二倍に増えている。「海外旅行者数が年間に一億人を突破」したのは14年で、日用品から高級ブランド品まで何でも「爆買いする中国人」が話題となったのは15年の春節(旧正月)である。その後は中国国内製品の競争力向上(国貨・潮品、国潮ブーム)や、越境ECの発達もあり、いわゆる「爆買い」はやや下火となっていった。
「中国経済は減速、不況で消費不振」、との報道がなされている間に、実際には中国人の所得向上は続き、足元でこそ節約志向の高まりが散見されるものの、全体として中国消費市場の存在感が大きく損なわれる事態には至っていない。
2.消費市場の注目点:今後の所得拡大が期待される農村消費は比較的好調
(1)「これから豊かになる階層」が多数を占める市場
ここで、可処分所得や消費支出の統計をあらためて見ると、23年に所得5万元、支出3万元台(それぞれ約 100万円、60万円)と、一年間に数万元という水準である。読者の周囲にいると思われる中国人の多くの消費行動から想像される所得水準とかけ離れている可能性がある。この背景には、拙稿連載第一回でも紹介した、所得格差の存在がある。
北京師範大学中国収入分配研究院が 21年に公表したデータによれば、「9.64億人が月収 2,000 元(=約 42,000 円)以下」である。(19年。図表3)。かつて李克強前総理が「中国の平均年収は3万元だが、月収1,000元の人も6億人いる」と発言したことも話題になった※5 。
この表が示すように、中国の人口構成上、所得の低い階層が多数を占めることから、平均値で求められる統計データは低めに出てしまうことに注意が必要である。
(2) 県域(県城)消費、下沈(かしん)市場
そして、これら低所得の階層は20年に「脱貧困を達成」した貧困対策※6の成果や、前述の「35年に20年比倍増」を目指す政策もあり、所得増の重点となっていること、また20 年夏以来調整が続く不動産市場調整の直接の影響は受けにくい階層であることを強調したい。
これら階層の暮す地域の中で、県域という区分がなされる地域がある。中国の県は市の下にある行政単位で、その中心都市を県城という。22年10月に開かれた第20回党大会報告の中でも、「4.地域の調和のとれた発展」の項目の中で、「県城を重要な受け皿とする都市化推進」として言及されている※7。
所得の低い階層の暮らす社会は、「下沈(かしん)市場※8 」として注目され、コーヒーや茶飲料のチェーン店出店が増えるなどサービス消費が盛り上がっているが、この下沈市場の多くも県城或いは県城と呼ばれる地域と重なる。
この間、農村部でも道路網、ネット普及などのインフラ整備の奏功により(図表 4)、輸送、交通、流通、販売・購入面での利便性が大きく高まり、消費拡大の助けとなっている。(3) 消費の重点は物からコトヘと変化最後に、当局による消費市場特徴の分析と政策方針について確認しておくと、14年12月の中央経済工作会議の時点で、「経済発展の新状態」を提起する中で、「追随型・集中型の消費段階が終了、個性化、多様化された消費が主流に」なっていると説明していた※9。
また、23年12月の中央経済工作会議で定めた24年の経済政策方針9項目のうち「2.内需拡大に注力」の中で「新型消費を育て強大にする」との項目において、今後の消費の重点分野として、デジタル・グリーン・健康消費、インテリジェント住居・家庭用品、文化娯楽観光、スポーツイベント、国産トレンド商品(国貨潮品)などの新たな消費成長点を挙げている※10。
※1
JETRO 24 年 7 月 31 日「主要国の自動車生産・販売動向」
https://www.jetro.go.jp/world/reports/2024/01/b8108a3ebf32792b.html
※2 外務省 インド共和国(Republic of India)基礎データ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/india/data.html
※3 人民網日本語版「中国の中所得者層は 4 億人以上、世界で最大規模にhttp://j.people.com.cn/n3/2019/0123/c94476-9540730.html
※4 20 年 10 月、五中全会において習近平総書記が「2035 年に経済総量(GDP)或いは一人当たり収入を倍増させることは完全に可能(到 2035 年实现经济总量或人均收入翻一番,是完全有可能的)」と説明。20年比倍増=年平均+4.7%成長を意味する。新華社 20 年 11 月 3 日「关于《中共中央关于制定国民经济和社会发展第十四个五年规划和二〇三五年远景目标的建议》的说明」http://www.xinhuanet.com/politics/leaders/2020-11/03/c_1126693341.htm
※5 20 年 5 月 28 日、全国人民代表大会(全人代)終了後記者会見における李克強前総理発言「我们人均年收入是 3 万元人民币,但是有 6 亿人每个月的收入也就 1000 元」。新華社 20 年 5 月 28 日http://www.xinhuanet.com/politics/2020lh/zb/gov/zljzh/wzsl.htm
※6
21 年 7 月 1 日、中国共産党建党 100 周年記念式典において、15 年時点で 5,500 万人いた「年」収 4,000元以下の貧困層をゼロとする「脱貧困」達成を習近平総書記が宣言。人民日報 2021 年 7 月 1 日「在庆祝中国共产党成立 100 周年大会上的讲话」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2021-07/02/nw.D110000renmrb_20210702_1-02.htm
※7 人民日報 22 年 10 月 26 日 中国共産党第 20 回全国代表大会習近平報告「高举中国特色社会主义伟大旗帜为全面建设社会主义现代化国家而团结奋斗——习近平在中国共产党第二十次全国代表大会上的报告(中国の特色ある社会主義の偉大な旗印を高く掲げ社会主義現代化国家を全面的に建設するために団結奮闘しよう)」(2022 年 10 月 16 日)
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2022-10/26/nw.D110000renmrb_20221026_1-02.htm
原文:“推进以县城为重要载体的城镇化建设“
※8 下沈市場とは三級都市(地級市や県級市の市政府所在地)以下の地方都市・農村地域を指し、人口9億人以上。一級都市=北京・上海・広州・深圳。二級都市=一級都市以外の省都、直轄市。
(文;みずほ銀行 中国営業推進部
上席主任研究員 細川 美穂子 : mihoko.hosokawa@mizuho-bk.co.jp)
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みずほ銀行 中国営業推進部上席主任研究員 細川美穂子
1988 年慶応義塾大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、調査部にて
アジア及び中国経済担当。02 年みずほ総合研究所出向。 05~08 年北京支店、11
年 4 月~23 年 1 月まで上海駐在、瑞穂銀行(中国)有限公司中国アドバイザリ
ー部 中国業務部主任研究員。同年 1 月より現職。これまで週刊エコノミスト、
東亜 他多数メディアにて、現地発中国マクロ経済に関する記事を連載。
(出典:MIZUHO BUSINESS CHINA MONTHLY 2024年10月P1-5)