「水に落ちた犬を打たず」畏怖すべき中国

2025/05/30 17:30

「水に落ちた犬を打たない」

 「トランプ関税」をめぐる米中協議「合意」の報に接して、中国古来の諺を目の当たりにする思いだった。言うまでもなく、魯迅の書でわれわれが知るのは「水に落ちた犬は打て」である。しかし、魯迅曰、「犬はどんな犬なのか、どうして水に落ちたか、それを見てからでないと決められない」と。さらに言う「勇敢な拳闘士は、すでに地に倒れた敵には決して手を加えぬそうである。これはまことに、吾人の模範とすべきことである。ただし、それにはもうひとつ条件がいる」として、敵もまた勇敢な闘士であること、一敗した後は、みずから恥じ悔いて、再び手向いしないことを挙げている。「要するに、水に落ちた犬を打つべきかどうかは、第一には、かれが岸へ上ってからの態度によって決まる」というのである。詰まるところ、相手の品格、矜持如何で「打つ」場合もあれば「打たない」場合もあることになる。ここには中国四千年の歴史に息づく知恵が詰まっていると言うべきである(ちなみに、三星堆遺跡はじめ考古学の新発見によると、今や中国五千年の歴史となる)。言葉を変えれば、中国悠久の歴史に根差す戦略的視界とそれに基づく決断が事態をこのように導いたということである。

 ふり返れば、ブルームバーグが「米中に雪解けの兆し、通商協議始動へ期待高まる―進展にはなお障害」という記事を配信したのが5月3日。しかし、トランプ氏は、中国との貿易と関税を巡る「交渉の一環」で「香港国家安全維持法違反で収監中の民主活動家、黎智英(ジミー・ライ)氏の件を取り上げることになると述べた」(ロイター5月8日)、さらに「中国に対する関税は80%が正しいように思える」など夜郎自大な言動を重ねた。これでは原則の国、中国とは話し合いにはならないとさえ思わせられた。にもかかわらず、5月10・11日の2日間にわたってスイス・ジュネーブで米中経済貿易協議がおこなわれ、関税率を大幅に引き下げるとともに追加関税の一部を90日間停止することで合意。さらに、経済貿易関係に関する交渉を継続するためのメカニズムを構築することが両国の間で確認された。この速報が流れたのは日本時間の12日の夕刻。まさに電撃的といえる「合意」だった。

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