初夏の都江堰の旅

2024/06/26 13:30

六月のある週末、初めて中国西部に位置する四川省の都江堰市へ足を伸ばしてみた。「拝水都江堰,問道青城山」と言われるここには四つの見どころがあるとされる。世界遺産の青城山と都江堰、道教、そしてパンダである。

二〇〇八年の四川大地震から今年で十六年。当時、ある上海の女性教師が自らのマンションを売却して義援金として被災小学校の再建に多大な貢献をし、さらにその後被災地の農村再興のために尽力した。それは大きな話題となり、それを機に都江堰の人々は上海に対して感謝の思いを強くしたという。今回、その小学校と農園を訪問する妻に同行させてもらったのだ。

十六年経った今、都江堰市は見事な復興を遂げたかのように見える。訪れた小学校には児童の元気な声が響き、当時、植林した「楠木」も校舎を越えるほどに成長していた。見せてもらった当時の写真と見比べればその変化は歴然である。子供たちの笑顔と充実した学校に地震直後の悲嘆はもうない。また周辺の農家も公的な援助により新たに再建されていた。その立派な外観を見れば政府による再建支援の本気度が伝わってきた。

次に訪問したキウイ農園では、小ぶりだがたわわに実ったキウイの並ぶあぜ道に黄や赤の花々が咲き乱れ、アヒルや鶏が自由に餌をついばみ、子猫たちが水路で捕れた小魚を美味しそうに食べていた。緑あふれる農園の向こうには青々と茂る青城山とその周辺の山々がどこまでも続く。潤いのある澄んだ空気がそこら中に立ち込めていた。 

さて、青城山は中国道教四大聖地、すなわち湖北武当山、四川青城山、江西竜虎山、安徽斉雲山の一つとされる。老荘思想の哲学的教義から吉凶禍福を占う民間信仰に至るまで多様で懐の深い道教だが、青城山のそれは東漢に天師の張道陵が来てから本格的に発展し、山中の洞窟で多くの道士が修養に励み、「道」の信仰を深めていったという。険しい崖沿いや崖下の洞窟に築造されたお堂はどれも幽玄の趣を醸し出し、長い歴史を物語っていた。清流の瀬音、鳥の囀り、草木の声に耳を澄ましながら、山道に充満した気を体内に吸い込みながら歩いているといつしか身も心もこの山と一体化するかのような感覚さえ覚えた。

今年の来訪者がすでに百万人を超えたという混雑の中、苦労して登った一二〇〇mほどの頂上に立つ老君閣からは言葉にならない絶景が広がっていた。西には青々とした峰々が果てしなく連なり、東には肥沃な平野がどこまでも広がっていた。火照った身体をひんやりした山風が吹き抜けて心地よい。それは、あたかもこの道教の山の気と自分の気とがひとつに溶け合ったような瞬間でもあった。

翌日、世界遺産、都江堰を訪れた。ここは雪解け水を集めた泯江の洪水を管理すべく戦国時代の水利工程師、李冰が当時の治水技術の粋を結集して、いくつもの分流を作ることで洪水をコントロールし、下流地帯へ農業・飲料用水の確保を実現した歴史的な遺産である。今から二〇〇〇年以上も前に出来たこの堤防はあの四川大地震の際さえびくともせず、滔々と流れる雪解け水は今なお四川の農業を支えているというから驚きでしかない。その李冰の思想は道教の「道法自然(道は自然にのっとりる)」と「天心合一(天地の心とわが心を一つにする)」であったとも言われている。

激しい夕立の後の夕暮れに照明でコバルトブルーに光る怒涛の流れはまさに自然の「気」の流れそのものであった。帰りのタクシーでは運転手が大地震の際の上海の人々による多大な援助への感謝の言葉をしきりに口にしていたのが印象的だ。

最終日に訪れた都江堰大熊猫苑では、のんびり竹をはみ、じゃれ合う、可愛いジャイアントパンダに旅の疲れを癒された。座ったまま竹を食すその姿はどこかユーモラスで、デッキで脱力した姿に世界中で愛されてやまないパンダの存在感を直に肌で感じ取ることができた。天敵もおらず、年中尽きることのない竹を好き放題に食べて生きていける豊かな環境の中でありのままに生きる姿は、ある意味、道教的と言っても過言ではない。

 折しも六月五日は世界環境デーであった。震災後も変わらずに青々と茂る青城山、滔々と流れゆく泯江の流れ、それら自然に育まれたパンダの愛らしい姿を目の当たりにして、かけがえのない自然の尊さを改めてかみしめた。「自然のままに生きる」という道教の教えと、自然を利用した中国の治水技術、そしてそれら豊かな中国の自然の象徴ともいうべきパンダが私の中でリンクした貴重な旅となった。

(文:松村浩二)

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【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。