変わる世界の「鼓動」を聴く

2023/09/7 11:30

「BRICS拡大―世界の人口の47%、経済規模では世界の37%を占める…」

 ドイツのテレビ局ZDF8月24日のニュース、BRICS首脳会議における加盟国拡大の決定を、画面に二つの数字を示しながら伝えた。

 ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカで構成するBRICSは8月22日から24日まで南アフリカ・ヨハネスブルクで開いた第15回首脳会議で、アルゼンチン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、イラン、エジプト、エチオピアの6カ国を新規加盟国として招くことを決めた。

 議長国南アフリカのラマポーザ大統領は「BRICSは公平な世界、公正な世界、包摂的で繁栄する世界の構築に向けた取り組みで新たな門出を迎えた」と述べるとともに「われわれは拡大プロセスの第一段階で合意した。今後さらなる段階が続く」と、今後も構成国の拡大を模索していく姿勢を表明した。「南ア政府筋によると、40カ国以上がBRICS加盟に関心を示しており、22カ国が正式に加盟を希望した」(ロイター8月24日)という。

 しかし、このBRICS拡大について、日本では、大方のメディアが「懸念」を主旋律とする論調となった。

 「こうした動きが世界の対立や分断を深める展開が懸念される」と社説で論陣を張った新聞もある。「米国の指導力がおとろえた地域で影響力を広げたい中国の意図がにじむ。イランの加盟はBRICSの反欧米的な性格を強める懸念がある。 BRICSには共通する理念も政策もない」というのである。さらに「BRICSが加盟国に人権状況の改善や民主化を求めることはない。それが多くの途上国を動かす要因になっているのは確かだ。だが日米欧はBRICSと途上国指導者の歓心を買うような態度を競うべきではない。法の支配や自由な競争こそが持続的な発展をもたらすとして、価値を共有する努力を続ける必要がある」と教え諭すのであった。

 また、「BRICS拡大に高揚する中国 何もかも違う11カ国、まとまりは?」と見出しを打って現地からの記事を出稿した新聞もあった。構成国の「まとまり」まで心配してくれるのだから、なんとも行き届いた「心配り」というほかない。

 ただし、いずれも、それで世界が見えているのか?という根源的な「懸念」と「心配」を引き起こす。

 では、どんな世界が見えるというのか。

 カギは「非米世界」である。じわじわと衰退の途をたどる米国一国覇権、あるいは、G7が主導する「パックス・コンソルティス」(主要国協調による「平和」秩序)によるグローバル・ガバナンスに「まつろわない」非米世界が存在感を高め、次代の新たな世界秩序形成に向けて胎動する「世界の姿」である。

 ロシアによるウクライナ侵攻にかかわって、国連総会は昨年3月の緊急特別会合で、ロシアを非難し、ウクライナからの即時撤退を求める決議を、米国や日本、欧州連合(EU)加盟国を含む141カ国の賛成多数で採択したが、一方、中国やインドなど35カ国が棄権、「意思を示さない」が12か国、反対5か国に及んだことが世界の耳目を惹いた。要は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国においては必ずしも米国主導の世界秩序を是としない諸国が数多く存在していることが明らかになったのである。当時、メディアは「動向を左右するのは国連加盟193カ国の約7割を占めるグローバルサウスだ」と指摘した。

 その後、米国と同盟関係にあるNATO諸国にあっても、米国に「まつろわない」動きが頻発する。その代表例が、すでに本欄でも触れたフランスである。G7の一員でありながらフランスのマクロン大統領は、今年4月の中国訪問において、「台湾問題」では米国とは一線を画すことを明確にした。その後ドイツ訪問時に「同盟国であることは下僕になることではない。自分たち自身で考える権利がないということにはならない」と語り世界に衝撃が走った。さらに、「8月に南アフリカで開催されるBRICS首脳会議にオブザーバーとしての出席を希望している」とAFP通信が伝えた(6月20日)。もちろんマクロン氏がBRICS首脳会議に参席することは起きなかったが、事態はここまできたかと驚くばかりである。

 6月には、中国の李強総理がショルツ首相の招きでドイツを訪問。ドイツと中国の貿易が年を追って拡大しているなかで、李強総理は、産業界、経済人との関係を深めることに注力し、「デリスキング」と呼称を変えた「デカップリング」への同調を強力に働きかける米国に対し、ドイツは微妙に異なる立ち位置にあることを問わず語りに示した。

 国連のグテレス事務総長が8月24日のBRICS拡大首脳会合に出席したことも注目すべきことであった。グテレス氏は、既存の国際秩序は「アフリカ諸国の多くが植民地支配を受けていた第2次世界大戦後につくられた」と指摘。特に安全保障理事会や国際通貨基金(IMF)、世界銀行などのブレトンウッズ体制による「機構」について「改革しなければ(世界の)分裂は避けられない」と語った。また、拡大首脳会合にはビデオ演説や大臣級を含め50カ国以上が参加した。実に多様な「非米世界」が世界の大勢をなす時代に入っているのである。

 世界の国々は、それぞれが世界の大局を見据え、自らの判断に基づいて、絶妙なバランスを取りながら、それぞれの利益を追求していく。ゆえに、各国の「行き方」、「立ち居振る舞い」は、それぞれの自主的な判断と選択に委ね、他者に対して「押し付ける」ことは通用しない時代になっているのだ。よって、他国に号令をかけない、同盟関係で縛らない、そんなパートナーシップによって、共に手を携え、共に前に進む関係を多様に生み出し、世界に活力を吹き込んでいくことが必要となる。すなわち、来るべき新たな世界秩序への水面下での「水かき」が始まっているのである。「非米世界」が大勢を占めるとはそういう意味である。

 それにしても深刻なのは、8月18日(現地時間)ワシントン郊外、米国大統領の山荘キャンプデービッドでおこなわれた米日韓首脳会談である。「日米同盟と米韓同盟の戦略的連携を強化し、日米韓の安全保障協力を新たな高みへ引き上げる」と謳い上げた。米日韓三か国による安保体制の強化によって新たな軍事的枠組みを作り、米国をハブとした「準三国同盟」というべき「戦略的連携」をもって中国に対峙するというのである。

東アジアはもちろんアジア・太平洋のみならず世界に分断と対立、緊張を持ち込み先鋭化させるものであり、歴史を逆回しにするものだと言わざるをえない。これが米日韓の「新たな高み」というのである。世界の趨勢が読めるなら、日米同盟がすべてで、米日韓の軍事的連携によって中国を抑止するなどということは、すでに世界の「少数派」となっていることに気づかねばならない。

 BRICS拡大に、変わる世界の「鼓動」を聴くことができるか、試されているのは、日本のわれわれである。

(文・木村知義)

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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。