誠心なき視界狭窄に国の未来はあるか

2026/02/28 16:30

時代の歯車は大きく回った。

 そして、日本は歴史的岐路に立つことになった。

今回の衆議院選挙における「高市自民」圧勝を前に、日本社会の深層における変容はもはやとどまるところを知らず、ある則を越えたと言わざるを得ない。選挙戦は、政策をめぐる論議などという次元ではなかった。まるで人気芸能人をめぐる「人気投票」のごとく、ネット空間には「高市推し」「サナ活」などの言葉が氾濫した。この浮薄のなかで、本来論議されるべき問題がまったくといっていいほど俎上に上ることなく、ましてや深まることなど望むべくもない世情となった。

 今回の選挙における隠された重要な論点は、外交・安全保障政策、とりわけ対中国政策、中国との向き合い方だったと言うべきである。そのことが、各党がこぞって消費税をめぐる空虚な論立てに終始することで覆い隠された。言うまでもないが「税と暮らし」が重要ではないと言うのではない。各党が競った論立ての空虚が問題なのである。そして、与野党ともに、対中国政策をめぐる本質的な議論に踏み込むことなく通り過ぎることになった。しかも、中国の「脅威」「威圧」といった文脈と、中国には「毅然たる態度を」という言説では、与野党共に、齟齬なく一致という寒貧たる中国認識であった。中国と世界への視界狭窄が、そして、そのことに由来する世界と時代への認識の浅薄が、まさに日本全体を覆う実に深刻な状況となっている。

 こうして、高市氏が言うところの「日本をもう一度世界のてっぺんに押し上げたい」という言葉だけが一人歩きするなかで、政治家たる者の世界観とそこでの誠心とは何かという問題と向き合わざるを得ない境界に立ち至っている。

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