福建人の魂:海に鍛えられ、山に支えられた粘り強さ

2026/01/26 16:30

福建。中国東南の海に面し、背後には幾重もの山が連なるこの土地は、地理的にも心理的にも「内」と「外」がせめぎ合う場所だ。外から見ると、福建はどこか控えめで、自己主張が強い地域ではない。しかし、ひとたび時間をかけて人と向き合うと、その内側に、驚くほど強い潮流が流れていることに気づく。

 福建人は、寡黙で、慎重で、そして粘り強い。同時に、必要とあらば大胆に賭ける勇気も持つ。海を渡り、商いを起こし、家族を守るーーその生き方は、偶然ではなく、山と海の間で何世代にもわたって磨かれてきた現実主義の結晶でもある。では、「福建人」とはどのような人々なのか。港町と山里を行き来しながら、その輪郭を、少しずつ描いてみたい。

内に秘めた強さ:福建人の気質

 福建人の第一印象は、たいてい「静か」だ。初対面では多くを語らず、相手の言葉を遮らない。笑顔も控えめで、感情を前に出すことは少ない。しかし、それは遠慮や弱さではない。相手を見極めるための「間」なのだ。

 福州の市場で出会ったある店主は、値段交渉にほとんど応じなかった。無愛想にも見えたが、常連客には何も言わずにおまけを忍ばせる。「話すより、やる方が大事」。その姿勢に、福建人の気質が凝縮されていた。

 この慎重さは、疑り深さとは異なる。山が多く、外界との行き来が容易でなかった歴史の中で、「身内」と「外」の境界をはっきりさせる知恵が培われてきたのだ。信頼は簡単には与えない。しかし、一度与えた信頼は、簡単には引き剥がさない。付き合いは遅く始まり、長く続く。

海への本能:外に開く視線

福建人を語るうえで、海の存在は欠かせない。港から港へ、島から島へ。福建は古くから海上交易の要衝であり、人の往来と情報の流通が自然に行われてきた土地だ。

 泉州の古城を歩くと、仏教寺院のすぐ近くにイスラム教の遺構が残り、異文化が静かに共存している光景に出会う。外を恐れず、拒まず、学び、取り入れるーーその姿勢は、現代の福建人にも色濃く受け継がれている。

 多くの福建人が海外へ渡り、東南アジアや欧米で商いを広げてきたのも、偶然ではない。私の知人はこう言った。「福建人は、根を切らずに枝を伸ばす」。祖先や家族との結びつきを大切にしながら、外の世界で勝負する。その二重構造こそが、福建人の行動原理なのだ。

起業家。福耀玻璃工業グループの創業者、会長。第12期全国政協委員。

商いの勘:数字と信義

 福建人は商いに長けている。大胆な投資をする一方で、見切りも早い。感情より計算、見栄より継続。勝負に出る前に、必ず「最悪の場合」を想定する。

厦門(アモイ)のオフィスで交わしたある商談は、雑談がほとんどなく、要点だけが淡々と確認された。「条件が整えば、すぐ動く。整わなければ、動かない」。その判断の速さと、待つことを厭わない忍耐。この相反する二つを同時に持つことが、福建商人の真骨頂だ。

 また、福建人は「信義」を何より重んじる。契約書よりも信用。一度約束したことは、利益が薄くなっても守る。裏切りは、最大の禁忌だ。表で大声を出さない分、裏切られた時の失望は深い。静かだが、筋は太い。

山の生活:根を育てる日常

 海のイメージが強い福建だが、内陸部に入ると、山深い風景が広がる。

 武夷山周辺の村では、生活は質素で、時間の流れはゆっくりしている。福建人は総じて倹約家だ。派手な消費よりも、家、土地、子どもの教育にお金を使う。

 武夷山

「使わない力が、いざという時の力になる」。そう語る年配者の言葉には、危機に備える生活哲学がにじむ。自然災害も多く、先の読めない歴史を生き抜くために、余力を残すことが美徳とされてきた。

 教育熱心なのも、この延長線上にある。厳しい環境を越えるには、学ぶしかない。書店や塾が多いのは、理想主義ではなく、現実を直視した結果なのだ。

祈りと家族:見えない絆

 福建人の生活には、常に祈りがある。祖先、海、土地。目に見えないものへの敬意が、家族の結束を強めてきた。

正月や祭礼には、遠く離れた家族が戻り、食卓を囲む。言葉は多くなくても、役割分担は自然だ。誰が何をすべきか、説明はいらない。

 この家族中心主義は、外から見ると閉鎖的に映ることもある。しかし、それは排他ではなく、責任の集中だ。家族を守るために外で戦うーー福建人の多くが、その役割を黙って引き受ける。

感情の表し方:静かな温度

 福建人は感情を大きく表現しない。喜びも怒りも、声を荒げることは少ない。だが、それは冷淡さではない。

困っている人がいれば、理由を問わず手を差し伸べる。ただし、後で恩を語らない。距離は保ち、温度は下げない。この控えめな優しさが、長い人間関係を可能にしている。

 福建人は、海に鍛えられ、山に支えられ、祈りに守られてきた。静かで、用心深く、しかし決断は速い。外へ伸びる勇気と、内を守る責任感を同時に抱き続ける。その生き方は、派手ではないが、極めて強靭だ。

 福建を知ることは、声を張り上げずに世界と渡り合う知恵を知ることでもある。山と海の間で、人は今日も多くを語らず、黙々と前へ進んでいる。

方言と沈黙:言葉を使いすぎない文化

 福建を歩いていると、言葉の多様さに驚かされる。福州語、閩南語、客家語ーー同じ県内でも、山を一つ越えると通じなくなることが珍しくない。言語が分断されてきた土地では、言葉そのものが絶対的な信頼装置になりにくい。

 だからこそ福建人は、言葉を慎重に使う。多く語らず、断定を避け、含みを残す。沈黙は逃げではなく、判断の時間だ。相手の出方を見るためでもあり、自分の立ち位置を崩さないためでもある。

 この「言葉を使いすぎない文化」は、現代のビジネスや人間関係でも生きている。会議では発言が少なく見えても、結論の段階では要点を外さない。空気を読むというより、流れを測る。福建人の沈黙は、無ではなく、圧縮された情報なのだ。

 福建人は、声高に自らを語らない。成功も苦労も、誇張しない。その代わり、結果だけが静かに積み上がっていく。

 福建人は、海に鍛えられ、山に支えられ、祈りに守られてきた。静かで、用心深く、しかし決断は速い。外へ伸びる勇気と、内を守る責任感を同時に抱き続ける。その生き方は、派手ではないが、極めて強靭だ。  福建を知ることは、声を張り上げずに世界と渡り合う知恵を知ることでもある。山と海の間で、人は今日も多くを語らず、黙々と前へ進んでいる。

(中国経済新聞)