6月5日早朝、中国・重慶理工大学で衝撃的な殺人事件が発生した。同大学の副学長である廖林清氏(60)が大学教職員住宅団地内で刺殺され、同じ大学に勤務する電気電子工学学院の副教授、汪治華氏(58)が殺人容疑で拘束された。警察は「同僚間のトラブルが原因」とだけ発表しているが、この事件は単なる個人的な怨恨事件として片付けることのできない重い問題を社会に突き付けている。
事件が起きた「理工雅苑」は、大学正門に隣接する教職員向け住宅団地で、現役教職員や退職者が多く暮らしている。毎朝の散歩や運動は高齢教職員の日課となっており、事件当日の朝も廖氏は一人で散歩をしていたという。そこで待ち伏せしていた汪氏が刃物で襲撃し、廖氏は命を落とした。目撃者によると、犯行後も汪氏は逃走せず、その場に立ち尽くしていたという。現場では妻が泣き崩れ、「ここまで追い詰められなければこんなことはしなかった」と叫んだとも伝えられている。
二人の経歴を見ると、いずれも長年にわたり高等教育に人生を捧げてきた人物である。廖氏は重慶大学大学院を修了後、重慶理工大学で昇進を重ね、党委員会常務委員、副学長として財務や施設建設、生涯教育など大学運営の中枢を担っていた。定年退職まで残りわずか1カ月だった。一方の汪氏は四川大学卒業後、杭州大学で修士号を取得し、国営企業や大学勤務を経て2002年に重慶理工大学へ着任した。しかし20年以上勤務しながらも副教授のまま昇進できず、教授職に就くことなく定年を迎えようとしていた。

電気電子工学学院の副教授、汪治華氏
現在、事件の詳しい動機は捜査中であり、公式発表も極めて限定的だ。しかし中国のSNS上では様々な情報が飛び交っている。その中心にあるのが「職称(職位)昇進問題」である。汪氏はこれまで何度も教授昇格を申請したものの認められず、自らの昇進が阻まれた原因を廖氏に求めていたという見方がある。また授業運営をめぐる学生からの苦情や大学側による指導、異動や退職申請が認められなかったこと、長年提出してきた申立書への対応が十分でなかったことなども、汪氏の不満を増幅させたとの情報も流れている。ただし、これらはいずれも現時点で公式に確認された事実ではない。
それでも、この事件が大きな反響を呼んでいる理由は明確だ。人々が注目しているのは殺人そのものではなく、その背後にある中国の大学制度の問題だからである。中国の大学では近年、教授職の競争が激化している。博士号取得者は急増している一方で、教授ポストは限られており、多くの教員が副教授のまま定年を迎える。職称は給与だけでなく社会的地位や研究資源の配分とも深く結びついているため、昇進できないことは単なる肩書の問題ではなく、人生そのものの評価と受け止められやすい。特に50代後半ともなれば、「もう残された時間は少ない」という焦りが強くなり、それが精神的な重圧となる。
さらに深刻なのは、大学内部における矛盾や不満を吸収する仕組みの弱さである。教員が長年抱える不満や申立てが適切に処理されず、本人が「自分は無視されている」「組織から排除されている」と感じ始めた時、その感情は次第に被害意識へと変わっていく。もちろん、どのような理由があろうとも暴力は絶対に許されない。しかし今回の事件は、大学という知的で理性的であるべき組織の中にも、長年放置された不満や対立が存在し得ることを示した。
中国では近年、学生のメンタルヘルス問題が注目されているが、教職員の精神的ストレスについては十分な関心が払われてこなかった。研究評価、論文発表、プロジェクト獲得、職位昇進などの競争は年々激しさを増し、中高年教員の中には強い孤立感や無力感を抱える人も少なくない。今回の事件は、そうした問題が極端な形で噴出したケースと見ることもできる。
(中国経済新聞)
