日本人理容師が初めて中国を経験

2026/01/23 14:30

この年末は非常に忙しく、散髪に行く暇もなかった。年が明け、ずいぶん髪が伸びたことに気づいて床屋に行った。理容師の山口剛さんはもう10年以上もお世話になっており、今や良き友人である。

 山口さんは私より年下で、中国人の女性と交際している。この間、将来の義理の母に会うため、交際相手の女性とともに初めて中国へ行ったという彼は、私を見るなり、ハサミも開けずにわくわくした様子でその当時の経験を話し始めた。

 初めて中国に行ったという普通の日本人が、今の中国をどのようにとらえたのだろうか。私は興味津々だった。

 今回、北京と上海と西安の3か所に足を運んだという山口さんは、それぞれの印象について語り始めた。北京は不思議なところであって、有名な大都市なのに中心部を少し離れると農村に来たような感じがしたという。また西安は日本人からすれば唐の時代の都・長安であり、1000年以上前に日本人が夢見ていた地である。ただ今回は西安で、城壁を除けば千年という古都のすばらしさを感じることはなく、少し残念だったという。最もきれいだったのは上海で、建物が近代的だった上に東西の文化が融合し、東京よりも国際的だったという。

また山口さんは、万里の長城でスキーをするアニメを見たことから、今回の中国行きで真っ先に思いついた名所は八達嶺だった。

 ただ山口さんは万里の長城に登った時、大昔にこれだけ雄大な防御施設を作るのは並大抵のことではないと知り、「お城」のような印象を持った。しかし西安に行き、2000年以上も前に作られた実に見事な人の像である兵馬俑を見て、大変な驚きを感じたという。山口さんは、「この驚きは中国の長い文化から受けたものだし、それにある種の歴史的なロマンも見えた。背後にまつわる話とか、勇ましさや悲しさが見えた」と言った。

 こうした観察はとても文化的なものだった。

 山口さんによると、万里の長城では日本人は見なかったけれど、兵馬俑では時おり小声で話す日本語が聞こえたという。

 高市首相の台湾問題をめぐる発言で中日関係が冷え込んでしまった今、中国で日本人として差別などは受けなかったのだろうか。

 山口さんは、「行く前はとても心配だった。メディアでごちゃごちゃと報道されていたからだ。でも中国に行ったら出会う人みんな、とても親切だった」と言い、次の二つのことを話してくれた。

 北京で、喫煙所でたばこを吸っていたところ、隅にいた人が不意に「日本人ですか」と話しかけた。山口さんは中国語はわからないが「日本人」という3文字を聞き取って、にわかに緊張感を覚え、うんとうなずいた。ところがその中国人はにっこりと笑みを浮かべ、セブンスター一箱を取り出してこう言った。「これ、今までで一番うまかったんだ。知り合いに頼んで持ってきもらったんだ」。そして親指を上に突き出して「日本が好きなんだ」と言った。

 交際相手の女性の通訳でこの言葉を聞いた山口さんは、中国人は日本をこんな風に思っているんだ、としばらく感動してしまった。

 その後上海に行った際に、交際相手の女性が一般の車を配車した。「乗った途端に白タクだと思った。運転手もラフな服装だったし」と山口さんは言う。そこで私は「白タクじゃなくて配車ですよ」と言ったが、彼はそれでもいぶかし気に「それならなんで表示とかがないんですか」と聞いてきた。

 そしてホテルに着き部屋に入り、ずいぶん経ってから携帯電話がなくなっていることに気づいた。部屋中探しても見当たらず、どう考えても「白タク」に忘れたのだと思い絶望感に襲われた。交際相手の女性がすぐに運転手に電話したところ、「車の中にある。後で乗った人が見つけた。ただもう何十キロも離れた所に来たから返すまでだいぶ時間がかかる」と言った。

 2時間あまりが経過し、運転手はホテルまでその携帯を届けにやって来た。謝礼は求めなかったという。

 これに山口さんはしばし感動してしまった。「中国人は日本人よりずっといい人なんだ。日本ならルール通りに謝礼金を払わなくちゃいけないのに」と言った。

 「中国料理」については、一番まずかったのは西安の兵馬俑博物館の入り口にあったレストランだったという。「来る人がみんな1回きりの観光客だからだろうか。いい加減な料理だった」とのことだった。

 ならば今回、中国で一番美味しかった料理は何だったか。

 山口さんは、「ヒツジの串焼き。実に美味しかった」と言った。上海で食べたものだという。

食事については、中国人の人情について語ってくれた。

 交際相手の女性の知り合いが上海で、上海ガニを味わえる有名な店に招待してくれた。山口さんは「上海ガニは聞いたことがあって、高いけどあまり好きじゃないので、ホストの人にほんの少ししか食べられないと言った。けれどテーブルいっぱいに料理が並んで、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった」と言った。

この席で山口さんは、中国では「友達の友達」は友達であり、手厚くもてなすべきもということを知った。またメンツが何より大切なのだという。「日本では、友達の友達は自分の友達ではないのでもてなす必要はない。中国の社会は人情味がある」と語った。

 街を歩くと、道路の両側に未完成で放置された建物が多かった。中国の経済について一番印象深かったことだという。

 随分と街歩きをした山口さんは、「一番面白かった光景は、世界最先端のスマホを手にして、自転車売り歩きの水あめ菓子をQRコードのスキャンで買っていたこと」という。「これは昭和時代の風景と、すごく近代的な暮らしが見事にミックスしたもので、とても不思議だった」としみじみ語った。

 中国ではどこでもキャッシュレスで、現金を使えるのは空港だけという。上海で夜店をたずねた際も、現金払いは拒否された。山口さんは率直に「なんだか中国とは思えなかった」と言った。

山口さんは仕事柄、わざわざ床屋まで足を運んでみたという。「どうも変に思ったことに、見た感じ社会人でない若者たち何人かが髪を切るのに200元もかけていた。それに身なりもおしゃれだった」と言い、「お金はどこから出て来るんですかねえ」などと私に尋ねた。

 1週間にわたる中国滞在について山口さんは、次のような言葉で締めくくった。「中国は思っていたより発達していて、人々も思ったより優しかった。でも日本の社会と比べると何だか階級や仲間意識が強いことが分かった。財産の多さで仲間を決めるみたいな感じで、一般庶民は小さな料理屋で身を寄せ合い、お金持ちの人は高級車に乗って高級レストランや個人のクラブに集まって食事。それとエステや散髪も、お金持ちは個人持ちの高級な場所に行き、料金も高い。日本ならお金持ちも政治家もみんな普通の床屋に行くし、身の回りにはごく普通の知り合いがいるのに」

 最後に山口さんは、次の二つのコメントを残した。

 一、中国の若者たちは大変人も良くて、親の世代よりもずっといい。まるで世代が違う。

 二、中国国際航空はサービス抜群だった。北京から西安行きの機内に日本語の話せる女性アテンダントがいた。

 私は山口さんに、「中国の女性はきれいですか」と聞いてみた。

 山口さんはしばらく「うーん……」と言ったのち、「日本とあまり変わらないですね」と言った。

 話を終えた時、私の髪はもう五分刈りになってしまっていた。

(文:徐静波)

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【筆者】徐静波、中国浙江省生まれ。1992年来日、東海大学大学院に留学。2000年、アジア通信社を設立、代表取締役社長に就任。翌年、「中国経済新聞」を創刊。2009年、中国語ニュースサイト「日本新聞網」を創刊。1997年から連続23年間、中国共産党全国大会、全人代を取材。2020年、日本政府から感謝状を贈られた。

 講演暦:経団連、日本商工会議所など。著書『株式会社中華人民共和国』、『2023年の中国』、『静観日本』、『日本人の活法』など。訳書『一勝九敗』(柳井正氏著)など多数。

 日本記者クラブ会員。