映画『長安的荔枝』、興行収入4.39億元突破――馬伯庸(マーボーヨン)作品、映像化ブーム続く

2025/07/28 14:00

中国映画『長安的荔枝』(The Litchi Road)が、7月26日22時時点で興行収入4.39億元(約95億円)を記録し、春節映画シーズン以降で初の5億元突破が視野に入る国産映画となっている。監督・主演を務めたのは大鵬(ダーポン)で、今夏の話題作のひとつとして注目を集めている。

本作は、人気作家馬伯庸(マーボーヨン)の同名小説を原作とし、唐代の詩人杜牧(ト・ボク)の詩「一騎紅塵妃子笑、無人知是荔枝来(騎馬の使いが塵を巻き上げるなか、楊貴妃が微笑む。誰もそれがライチだとは知らない)」をモチーフにして、ライチの輸送劇に創造的な解釈を加えた歴史ファンタジーである。

人気作家馬伯庸(マーボーヨン)

■ 唐代の小役人に現代人が共鳴

『長安的荔枝』(The Litchi Road)の物語は、唐代の下級役人李善德(リー・シャンダー)が、命をかけて南方から都・長安へ新鮮なライチを届けるという“不可能な任務”に挑む姿を描いている。

李善德(リー・シャンダー)は、仕事に対して常に真面目で誠実に取り組む人物だった。業務能力に優れていたため、本来の職務範囲を超えた雑務も多く引き受けていたが、人付き合いが不器用で融通も利かず、同僚からは煙たがられ、上司にとっても扱いづらい存在となっていた。
そんな彼に、誰もが嫌がって逃げ回る「荔枝使(ライチ輸送使)」の任が回ってくる。

皇帝は、楊貴妃の誕生日に合わせて、遠く南方・嶺南から新鮮なライチを長安へ届けるよう命じる。しかし、ライチは「一日で色が変わり、二日で香りが飛び、三日で味が落ちる」と言われるほど足が早く、産地の嶺南から都・長安までは実に五千里以上。その輸送は、どう考えても常識では不可能な任務だった。
現代の会社員であれば、失敗しても最悪“退職”で済むだろう。しかし李善德にとっては、任務に失敗すれば命を失う――文字通りの死罪が待っているのだった。

映画の公開イベントで、大鵬(ダーポン)監督が語った「我々は皆李善德だ」という言葉に対し、観客から「私たちは李善德ではない」という反応があったという。主人公は地方から都へ出て科挙に合格し、中央官庁に勤めるという希少なチャンスを得ているが、多くの人々はその過程すら踏めない――その視点が、より深い共感と諦念を生む。

■ 職場風刺コメディの系譜として

本作の主演陣は、2023年の年末に公開され、職場を舞台にした風刺コメディ『年会不能停!(Johnny Keep Walking!)』とほぼ同じメンバーで構成されている。大鵬(ダーポン)、白客(バイ・クー)、庄達菲(チャン・ダーフェイ)の三人組が、今回は時代劇という形で再集結した。

両作に共通するのは、職場の不条理や理不尽な上下関係への鋭い風刺であり、時代背景こそ異なれど、核心は現代社会に対する批判とユーモアにある。特に『長安的荔枝』(The Litchi Road)の冒頭では、真面目に働き続ける主人公の姿に、多くの観客が自分自身を重ね、「1000年以上前の話なのに、今と変わらない」と苦笑まじりに共感する声も多い。

物語は、無名の官吏・李善德(リー・シャンダー)という一介の“働き人”が、極限の状況に置かれるところから始まる。彼は、常識では達成不可能とされるライチ輸送任務を任され、その難関をどう乗り越えるのか、任務を無事に果たせるのかが、物語前半の大きな見どころとなっている。
李善德は優れた業務能力を活かし、綿密な輸送計画を立てて、誰もが不可能と思った任務の実現に近づいていく。しかし、手柄を目前にしたところで、彼の才能を妬む奸臣たちの目に留まり、再び危機に追い込まれてしまう。

後半に入ると、物語は一層の緊張感とスピード感を増し、単なる一人の下級官吏の逆境からの逆転劇を超えて、さらなる深みへと進んでいく。物語は、奢侈と腐敗にまみれ、民を顧みない支配層への鋭い批判へと昇華される。
李善德は、荒唐無稽な命令の実行者となることで、自らもまた不条理な体制に加担する一員になってしまったことに気づく。道中、命を落とす駅伝夫や、住まいを失い流浪する民の姿を目の当たりにした彼は、もはや見て見ぬふりはできなかった。李善德(リー・シャンダー)は、自らが担っている命令が多くの民を苦しめている現実に気づき、腐敗した体制と理不尽さに立ち向かう決意を固める。

多くの観客が涙を流したのは、物語終盤のある印象的なシーンだった。数日間に及ぶ過酷な旅路を生き抜いた李善德(リー・シャンダー)は、もはや白髪まじりとなり、やつれきった姿で馬の背に揺られていた。彼の腕には、最後のひと樽の生ライチがしっかりと抱えられている。背負っていた荷物の袋には裂け目ができ、そこから木綿の花があふれ出す。

それは、かつて彼が妻との約束として持ち帰ると誓った花だった。木綿の赤い花びらは馬上から舞い散り、地に広がっていく。それはまさに、五千里に及ぶ道のりの中で命を落とした民や、犠牲となった庶民たちの血と涙を象徴するものだった。

「長安回望繍成堆,山頂千門次第開。一騎紅塵妃子笑,無人知是荔枝來。」——この詩の一節が、ついに映像として具現化される瞬間である。

長安を振り返れば、錦のような宮殿が幾重にも連なり、
山の頂にはいくつもの門が、次々と開かれていく。
一騎の馬が塵を巻き上げて駆け入ると、楊貴妃は微笑む。
けれど誰も知らない――その笑顔の陰に、ライチが運ばれてきたことを。

■ 馬伯庸(マーボーヨン)作品の映像化が相次ぐ理由

『長安的荔枝』(The Litchi Road)がこれほどまでに観客の心を打つのは、原作者馬伯庸(マーボーヨン)の筆力に大きく依るところがある。彼の作品は、歴史の可能性を掘り下げ、小人物の視点から壮大な物語を描き出す手法が特徴的である。現代のユーモアや言い回しを巧みに取り入れ、読者との心理的距離を縮めることにも長けている。

馬伯庸(マーボーヨン)の文体は映像化との相性が良く、過去にも『長安十二時辰』(The Longest Day in Chang’an)、『風起洛陽』(LuoYang)『三国機密』(Secret of Three Kingdoms)などが映像化され、大きな話題を呼んだ。なかでも『長安十二時辰』(The Longest Day in Chang’an)は、ドラマ版に加え、舞台劇やVR体験コンテンツとしても展開され、彼の影響力は文学の枠を超えて文化産業全体に波及している。

ただし、馬伯庸(マーボーヨン)作品がすべて成功しているわけではない。たとえば、今年6月に先行配信されたドラマ版『長安的荔枝』は、実力派の制作陣や主演俳優をそろえていながらも、視聴者からの評価は今ひとつだった。全35話という長編にもかかわらず、原作はおよそ9万字の比較的コンパクトな小説であり、物語を引き延ばすために追加された要素がかえってテンポを損ね、「原作の良さが損なわれた」との批判を招く結果となった。

一方、映画版は原作のストーリーの軸を大切にしながら、登場人物に現代的な視点を取り入れることで好評を得た。たとえば、李善德(リー・シャンダー)の妻・鄭玉婷(チョン・ユーティン)には、しっかりとした個性と存在感が与えられ、物語に深みを加えている。また、味方や敵役の描写にも説得力があり、リアリティのある人物像として観客に受け入れられた。

今後も『両京十五日(Fifteen Days in the Two Capitals)』や『孔雀東南飛(The Peacock Flies Southeast)』『敦煌英雄(Heroes of Dunhuang)』など、馬伯庸(マーボーヨン)原作または脚本による作品が数多く控えており、公開予定は2030年までぎっしりと続いている。

ただし、小説の人気があるからといって、映像作品として成功するとは限らない。原作をどう映像化するか――脚本や演出の力量こそが、今後の成否を左右する鍵となる。

『長安的荔枝(The Litchi Road)』は、2021年に公開された『古董局中局(Antique Bureau Midgame)』の興行収入4.29億元という記録を塗り替える可能性がある。果たしてこの記録が破られ、馬伯庸(マーボーヨン)原作映画史上最高のヒット作となるのか。中国映画界における“馬伯庸現象”は、まだまだ続きそうだ。

(中国経済新聞)