2025年、中国の電気自動車(EV)市場はかつてない盛り上がりを見せている。新興ブランドの続出、市場シェアの拡大、華々しい資金調達。しかし、長城汽車の董事長(会長)である魏建軍氏は、この“栄光の舞台”に警鐘を鳴らす。
「1台売るごとに、1台赤字になる」。魏氏は経済観察報のインタビューで、率直に中国EV業界の「利益なき繁栄」を指摘した。
中国自動車工業協会の統計によれば、2024年の乗用車平均価格は前年比8.3%も下落し、EVの値下げ率はさらに高いという。市場シェアを拡大するための「価格競争」が業界全体を覆い尽くし、その結果、業界全体の平均利益率はわずか4.3%にとどまっている。
業界関係者の間では「販売台数を伸ばさなければ資金調達ができず、資金がなければ評価も上がらない」という“投資主導型スパイラル”が常態化している。こうした中、企業は生き残りのためにひたすら値下げを続けるしかなく、結果として「赤字が常識」という異常な状況に陥っている。
魏氏はこれを「資本による商業論理の歪曲」と呼び、「資本が利益を確保して去った後には、赤字を抱えた殻だけの企業が残る」と警告する。
このような環境の中、長城汽車は2024年に前年比80.73%の純利益増を記録し、中国自主ブランドの中で数少ない黒字企業の一つとなっている。
一方、トヨタ自動車は2024年に2,376億元の純利益を計上。中国国内の自動車メーカー上位10社の利益総額を一社で上回るという圧倒的な経営力を見せた。
魏氏が示すのは、トヨタのように「利益を最優先する姿勢」の重要性だ。価格競争を避け、収益性を重視する長城汽車の経営スタンスは、中国国内市場ではやや保守的に映るかもしれない。しかし、それが本来の企業経営の「正しい道」だと魏氏は語る。
魏氏の言葉には、戦略的な覚悟がにじむ。「たとえ販売ランキングで前十から落ちても、健全なビジネスモデルを守る」という姿勢は、中国自動車業界においては異例とも言える。
彼の考える“正しい道”とは、単に利益を求めるだけではなく、長期的な研究開発への投資、ブランド価値の構築、そしてグローバルな展開を可能とする持続可能な成長基盤の確立にある。
「収益がなければ、技術にも、製品の質にも、海外展開にも投資できない」と魏氏は語る。
魏氏はまた、EVこそが未来のすべてだという「EV万能論」にも疑問を呈する。
「国や地域によってエネルギー供給構造も、ユーザーのライフスタイルも違う。画一的にEVを押し付けるのではなく、多様な動力ソリューションを用意すべきだ」。ハイブリッド、プラグインハイブリッド、ガソリン、クリーンディーゼル、水素──それぞれの市場に合った技術が必要だと主張する。
この視点は、トヨタやホンダが推し進める「全方位戦略」とも通じる。魏氏は、中国車企が世界市場で生き残るためには、単一の技術に依存しない柔軟性が求められると説く。
現在の中国EV業界には、過剰な期待と過熱した資本が渦巻いている。しかし、その熱狂の裏で、魏建軍氏のように「企業とは利益を出してこそ初めて社会的価値がある」とする冷静な経営哲学が、確かに存在している。
長城汽車が示す道は、派手さはなくとも、企業としての本質に立ち返る真っ当な経営のあり方だ。
今後、中国の自動車業界がどの方向に進むのか。その分岐点で、魏氏のような経営者の言葉が、改めて注目されるべき時が来ている。
(中国経済新聞)