11月14日、中国外交部と在中国日本大使館・総領事館は共同で異例の発表を行った。
「近年、日本国内の治安が著しく悪化し、中国公民に対する犯罪事件が多発している。特に傷害・強盗事件が相次ぎ、一部は未解決のままとなっている。さらに最近、日本政府高官が台湾問題に関して極めて露骨な挑発的発言を行い、中日間の人的交流雰囲気を深刻に悪化させ、在日中国公民の生命・身体に重大なリスクをもたらしている」
その上で、以下のように強く警告した。
「中国公民は当面、日本への渡航を控えるよう強く勧告する。在日中国公民は現地の治安情勢に十分注意し、自衛意識を高めていただきたい」
この発表は瞬く間に中国全土のSNSを席巻し、微博(Weibo)では「日本はもう行けないのか」「安全第一で仕方ない」といった投稿がトレンド1位を独占。抖音(TikTok中国版)でも関連動画が数億回再生された。
発表からわずか4日後の11月18日、中国の大手旅行会社はほぼ一斉に「日本ツアー商品の販売停止」「店頭・ウェブサイトの日本関連宣伝素材の撤去」を開始した。
中国最大手の携程旅行(Ctrip)は、11月19日朝の時点で日本関連商品をすべて「販売停止」に切り替え、トップページから「日本」バナーを削除。同じく同程旅行、飛猪旅行、馬蜂窩など主要OTA(オンライン旅行代理店)も追随した。
現場の旅行会社の声は衝撃的だった
「11月15~16日の週末だけで、日本ツアーのキャンセル問い合わせが通常の30倍以上に殺到しました。元々、年末年休や春節(旧正月)の予約がピークを迎えていたタイミングだけに、影響は計り知れません」(上海大手旅行会社担当者)
「もう日本商品は店頭から完全に撤去しました。代わりに韓国、タイ、シンガポール、ベトナムの特集を急遽作り直しています」(北京某旅行会社支店長)
実際、データがその劇的な変化を物語っている。
旅行予約サイト「去哪儿旅行」(Qunar)のリアルタイムデータによると、11月15~16日の週末だけで、国際線航空券の検索・予約ランキングは以下の通り激変した。
1位 韓国(ソウル・済州・釜山)
2位 タイ(バンコク・プーケット・チェンマイ)
3位 シンガポール
4位 マレーシア(クアラルンプール・コタキナバル)
5位 ベトナム(ハノイ・ダナン・ホーチミン)
日本(東京・大阪・北海道)は、わずか1週間前まで常に1~2位を独占していたが、一気にトップ10から姿を消した。

去哪儿大数据研究院の研究員・楊涵氏はこう分析する。
「2025年年末にかけての錯峰旅行(繁忙期を避けた旅行)需要は依然として非常に旺盛です。日本に行く予定だった観光客が一斉に他国に振り替えた結果、韓国が圧倒的な第1位に躍り出ました。特にソウルは検索量が前週比で4・2倍に急増し、航空券の予約も即座に埋まり始めています」。
実際、11月19日時点で、上海→ソウル、広州→ソウル、北京→ソウルの往復航空券は、12月下旬~1月上旬の便がほぼ満席。価格も前週比で平均38%上昇した。一方、上海→大阪、東京→成田の同期間の便は、片道100元(約2100円、税抜)という「燃料費すら回収できない」水準まで急落している。
キャンセル・変更の現場は混乱を極めている
「航空券はほとんどの航空会社が『無償キャンセル・変更』を発表してくれたので助かっていますが、問題はホテルです。日本側ホテルは通常、キャンセルポリシーが厳しく、30日前を切ると100%チャージになるケースが多い。私どもは今、日本側の受入旅行会社と連日交渉し、少しでも損失を減らすよう必死に動いています」(広州大手旅行会社)
消費者側の声も切実だ。
「年休を取って12月に京都と東京に行く予定でした。ビザも取ったし、ホテルも高級旅館を予約済みだったのですが…外交部の発表を見て家族で話し合い、泣く泣くキャンセルしました。今はタイとシンガポールの行程に急遽変更しています」(上海在住・王さん)
「正直、治安の話は少し大げさかなと思っていましたが、『台湾問題での挑発発言』と名指しで書かれている以上、行くと何かあった時に『自己責任』と言われても困る。安全第一で韓国にしました」(北京在住・李さん)
日本にとっての経済的打撃は計り知れない。
日本政府観光局の最新統計によると、2024年の訪日外国人は過去最高の3690万人。そのうち中国大陸からの観光客は約698万人(前年比+188%)で、国別では断然トップだった。2025年は1~9月だけで既に約750万人、10月も好調だったため、通年では1000万人超が確実視されていた。
金額面ではさらに深刻だ。2024年の訪日外国人消費総額は8兆1395兆円。そのうち中国大陸観光客の消費は1兆7300億円(約21・3%)で、こちらも国別1位だった。中国人は「爆買い」は減ったとはいえ、1人当たりの平均消費額は依然として他国を圧倒している。
日本観光庁幹部はこう漏らす。「正直、青天の霹靂です。中国人観光客が突然ゼロに近くなると、インバウンド消費は2割以上が吹き飛びます。特に年末年始は中国人客の予約が非常に多く、ホテル・旅館は悲鳴を上げています」
実際、すでに影響は目に見えて現れている
東京・銀座の高級デパートでは、中国語を話す店員を大幅に削減していたが、再び「中国語対応スタッフ緊急募集」の張り紙が貼られた(今度は不要になる皮肉な状況)。
大阪・心斎橋の免税店では、中国人団体客が激減し、店員が暇を持て余している。
北海道・ニセコの高級リゾートホテルでは、中国人客の予約が9割キャンセルとなり、12~2月の稼働率が一気に3割以下に落ち込む見込み。
さらに、日本を代表する化粧品メーカーや百貨店各社は、中国人観光客頼みの売上計画を大幅に下方修正せざるを得ない状況に追い込まれている。
一方、最大の「漁夫の利」を得ているのは韓国だ。
韓国観光公社によると、11月15~17日の週末だけで、中国からの航空便予約は前週比312%増。ソウル市内の明洞(ミョンドン)では、すでに中国語の「歓迎中国游客」の横断幕が復活し、店員たちが慌てて中国語メニューを印刷し直している。
仁川国際空港では、中国からの到着便が続々と満席で到着。税関職員は「2023年のコロナ明け以来の中国人ラッシュ」と驚きを隠せない様子だ。
韓国観光業界は「まさかの大チャンス」と沸いている
「日本がダメなら韓国に来てください、という状況になりました。ホテルも航空会社も急遽、中国人向けプロモーションを強化しています。12月~春節にかけては、2019年以上の中国人観光客が来る可能性すらあります」(ソウル大手旅行会社)
東南アジア諸国も同様だ。タイ、シンガポール、マレーシア、ベトナムは、元々日本に行こうとしていた中国人観光客を一気に吸収しようと、ビザ免除延長や割引キャンペーンを相次いで打ち出している。
この事態はいつまで続くのか。
中国外交部の発表は「当面(近期)」という表現を使っているが、具体的な期限は示されていない。過去の例(2012年の尖閣諸島(中国名「釣魚島」)「国有化問題」時の旅行自粛など)を見ると、政局次第では数ヶ月から数年に及ぶ可能性もある。

日本観光業界関係者はこう嘆く。
「政治と観光は別にしてほしい、というのが本音ですが、現実はそうはいかない。中国政府がここまで強い表現で警告を出した以上、回復には相当な時間がかかるでしょう。少なくとも2026年の春節までは、日本は中国人観光客の主要目的地から外れる可能性が高い」
中国人観光客1000万人、消費2兆円超、その巨大な市場が、突然、音を立てて崩れ去った。
日本が失ったものは、単なる観光収入ではない。長年築き上げてきた「中国人にとっての憧れの旅行先」というブランドそのものが、大きく傷ついたのだ。
この傷がどれだけ深く、どれだけ長く残るのか。それは、今後の日中関係の行方を左右する、極めて重い現実として、日本に突きつけられている。
(中国経済新聞)
