消費喚起に躍起になる中国~特別行動方案を発表~

2025/05/19 11:30

はじめに

3 月 16 日、消費喚起特別行動方案(プラン=方案)が発表された※1。24 年 12 月の中央経済工作会議、3 月 11 日閉幕した全国人民代表大会(全人代)における政府活動報告ほかでも予告されていた。方案の概要を 17 日に開かれた記者会見の内容から紹介しつつ、最近の消費動向を見てみたい。

1.需要、供給、外部環境の三側面からなる7大行動 30 項目

方案は八つの大項目計 30 条からなる。うち「需要」側として1)都市・農村住民の増収促進、2)消費能力保障支援の二項目、「供給」側として3)サービス消費、質の向上、人民への恩恵、4)大口消費更新昇級(アップグレード)、5)消費品質向上の三項目、「外部環境」措置として6)消費環境改善向上、7)制限措置の整理最適化の二項目があり(計七項目)、残り一項目は、「支援政策」として、8)投資・財政・貸出・統計の支援策を盛り込んでいる(図表 1)。

2.株式市場と不動産市場の安定を強調

3 月 17 日に開かれた記者会見※2で、李春臨・国家発展改革委員会副主任は方案のポイントとして「これまでの消費政策は供給側からが多かったが、今回の方案では需要側の政策を強め、住民の増収と負担削減に注力」と説明、具体的には「賃金所得の合理的な伸び、失業保険、労働者の技能向上、最低賃金引上げ」などを挙げた。また方案の中で「株式市場と不動産市場の安定」を強調※3したことは「消費促進政策として初めて」で、庶民の消費マインドを安定させるものであると述べた。但し、株式市場安定策として「商業保険資金、全国社会保障基金、基本養老保険基金、企業 (職) 業年金基金等の中長期資金の市場参入を加速」を挙げたほか、不動産については「城中村(都市の中で発展から取り残された地区)と老朽住宅の改造に力を入れ、実需と改善性住宅需要の潜在力を十分に放出」など、これまでの政策を述べているのみである。とはいえ、方案に「株式市場と不動産市場の安定」が盛り込まれ、これら市場の安定が消費拡大に不可欠であることが公式に認識されたことで、株式・不動産市場の安定に関して今後更なる具体策の発表を期待することはできよう。

3.消費促進と民生への恩恵

李副主任が挙げた方案の第二のポイントは、消費喚起と民生への恩恵の結合である。このうち

1)超長期特別国債資金による「以旧換新」(下取り更新)支援として 24 年の 1,500億元※4から 3,000 億元に倍増する。1-2 月実績として、新エネ車 134 万台(前年比+26%)、家電 241 億元(同+36%)、携帯電話 3,300 万台(補助金開始前の週と比べて+19%)・860 億元(同+29%)の販売実績があったという(李副主任)。消費能力保障支持行動として、生育、養育、教育、医療、養老(介護)などのサービス拡充や補助額増額などが挙げられた。このうち、育児手当については国家衛生健康委員会が具体策を起草中という(李副主任)。

2)庶民の日常生活に必要な消費供給として、高齢者向けには、多層建築へのエレベーター設置や配食サービス、若者向けには、観光地における経営時間延長、文芸イベント、スポーツイベント設営などにより、展覧やコンサートなどの体験型消費を楽しめるようにする。

4.「休憩・休暇権益の保障」も盛り込む。DJI は「残業しても21 時に退勤」

第三のポイントとして、李副主任は「財政金融・産業・投資など消費関連政策」を紹介する中で、第 21 項目「休憩・休暇権益の保障」に言及、「残業文化の横行」といった反響の大きい問題に対して、有給休暇の取得状況監督や違法な労働時間延長の禁止、弾力的なオフピーク休暇などを盛り込んだことを説明した。かつて日本も 80 年代後半に欧米先進国から「働きすぎ問題」を指摘され、近年はワークライフバランスが重視されている※5が、中国でも「996(朝 9 時から夜 9 時、週6日間働く)」、「007(0時から0(24)時、週7日働く)」などと言われた勤務スタイルは支持されなくなり、大手企業では残業削減の動きが出始めた。ドローン製造の DJI(大疆創新科技)は2月 27 日から「残業ゼロ」を掲げ、従業員を午後9時で強制的に退社させる取り組みを始めたほか、家電メーカーのハイアール(海爾)も 2 月中旬から週休二日制を強制とし、土曜日は出勤を許さず、食堂も閉鎖するなど残業できる環境をなくしたという※6。こうした動きは、24 年 12 月の中央経済工作会議で「内巻式の競争(組織内の過当競争)を是正する」との方針が盛り込まれたことを受けたものとも報道されており、DJI は 1 月1 日から残業時の車両手当支給を取りやめていた。ほかに、貿易摩擦を念頭においた欧米からの圧力が同社の残業削減の背景にあるとの見方もある。

5.一線都市とそれ以外の消費動向に差

消費の現状を消費品小売総額でみると、北京、上海では 24 年にマイナスに転じ、25 年に入ってもマイナス基調が続いている(図表 2)。不動産市場の調整による逆資産効果や、当地における企業活動の低下(コロナ禍による打撃の影響、コスト上昇に伴う内陸等他地域への移転、外資系企業不振)が背景にあると考えられる。他方、自動車の生産台数が大きく増加するNEVメーカーが生産拠点を置く合肥市を省都とする安徽省、長沙市に省都がある湖南省や重慶市では全国計を上回るかほぼ同水準の伸び率を維持していることは注目される。

おわりに

方案は失業保険給付の保障を盛り込んだが、雇用所得環境は若年層を中心に依然として厳しい(図表3)。今次方案だけで消費拡大に決定的効果を得ることは見込みにくいものの、24 年の経済成長に寄与した外需が鈍化する懸念が高まる中、消費政策をより強めたい当局方針のへの理解を深めることにより、ビジネス機会に繋げていきたい。

※1 人民日報 2025 年 3 月 17 日「中办国办印发《提振消费专项行动方案》(中央弁公庁・国務院弁公庁が消費喚起特別行動方案を発表)」http://paper.people.com.cn/rmrb/pc/content/202503/17/content_30062224.html

※2 国務院新聞弁公室 3 月 17 日「国新办举行新闻发布会 介绍提振消费有关情况 (国務院新聞弁公室が記者会見、消費喚起関連状況を紹介)」http://www.scio.gov.cn/live/2025/35534/tw/

※3 2.財産制収入ルート開拓:「多くの措置を並行して株式市場を安定させ、戦略的な力の備蓄と市場安定メカニズムの建設を強化。商業保険資金、全国社会保障基金、基本養老保険基金、企(職) 業年金基金等の中長期資金の市場参入を加速する」。16.住宅消費:「不動産市場が下落を止め安定に戻るよう引き続き力を入れ」と言及。

※4 李副主任によれば、24 年は 1,500 億元の超長期特別国債資金により、自動車、家電、住宅内装、電動自転車の販売額 1.3 兆元分を喚起したという(リンクは脚注 2 に同じ)。

(文:みずほ銀行中国営業推進部 上席主任研究員 細川 美穂子)

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みずほ銀行中国営業推進部 上席主任研究員 細川 美穂子

1988 年慶応義塾大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、調査部にてアジア及び中国経済担当。02 年みずほ総合研究所出向。 05~08 年北京支店、11 年 4 月~23 年 1 月まで上海駐在、瑞穂銀行(中国)有限公司中国アドバイザリー部 中国業務部主任研究員。同年 1 月より現職。これまで週刊エコノミスト、東亜 他多数メディアにて、現地発中国マクロ経済に関する記事を連載。

: mihoko.hosokawa@mizuho-bk.co.jp

出典:MIZUHO CHINA BUSINESS QUARTERLY P20~28

(中国経済新聞)