はじめに
高齢化、長寿化が進む中国では、老後の生活をどう支えるかが大きな課題となっている。政府は公的年金の給付を確保するとともに、それを補完する私的年金制度などの整備も進めている。また、政府は高齢者の生活状況について5年毎に調査をしており、その実態を把握しようとしている※1。今般、2021 年に実施した調査結果が発表されており、本稿ではその調査で明らかったとなった高齢者の収入源や就労の状況について報告する。
1.高齢者の主な収入源は都市・農村とも社会保障関連収入(主に年金)ただし、農村では就労(就農)も重要な収入源に
高齢化、長寿化が進む中国では、老後の生活を経済的にどのように支えていくのかが大きな課題となっている。以下では、政府が高齢者(60歳以上)の生活状況について5年毎に行う調査(「中国都市・農村高齢者生活状況サンプル調査」、以下、調査)に基づいて、その様相を確認してみたい。
まず、調査によると、高齢者の平均年収は32,027元(中央値は11,400元)で、都市と農村の地域別でみた場合、都市の高齢者の平均年収は47,271元(中央値は28,800元)、農村の平均年収は14,105 元(中央値は5,640元)となった※2。都市と農村では老後の年収の格差が大きい。 では、こういった収入は何で構成されているのであろうか。調査によると、収入源は以
下の4種類に分類されている。①社会保障関連収入(公的年金、高齢者手当、高齢者サービス補助、介護手当、生活保護、救済金、一人っ子家庭奨励金など社会保障関連の給付に加えて、職域年金、企業年金、個人年金などの私的な保障も含まれる)、②稼働収入(就労や自営業、農業・林業・牧畜業・漁業など経済活動による収入)、③財産性収入(家賃収入、利息収入、建物取り壊しの際の立ち退き収入、投資による収入)、④家庭内移転収入(子女、親戚などからの現金収入(現物も含む))となっている。
収入源については都市と農村で大きく異なる。都市は社会保障関連収入が68.0%と7割を占めるのに対して、農村では42.7%を占めている(図表1)。都市の就労者と農村住民(都市の非就労者を含む)では加入する公的年金制度が異なり、それが年金の受給格差を生んでいる※3。農村では公的年金のみでは生活が成り立たないケースが多く、稼働収入(特に就農)による収入も36.9%を占めている。ただし前回の調査(2014年)と比較すると、社会保障関連収入の構成割合は都市では11.4ポイント減少し、農村では6.7ポイント増加している。農村においては公的年金を中心に、普及や受給が進んでいることがわかる。一方、都市の稼働収入についてはわずか7.6%にすぎず、財産性収入が社会保障関連収入に次いで20.3%を占めるなど、家賃収入や金融資産などの投資による収入も大きい。

2.高齢者の22%が「生活に余裕がある」としつつも、その一方で17%は「生活が苦しい」と考えており、特に農村においてその傾向が顕著
一方、高齢者が日常生活をおくる上での平均支出額は11,151元(年間)で、都市・農村の地域別でみると、都市が14,909元、農村がそのおよそ半分の6,734元となっている。なお、子女へ経済的な支援をしている高齢者は全体の21.8%で、地域別でみると都市の高齢者は 27.7%、農村の高齢者は 15.8%となっており、年収や資産の多い都市の高齢者の方が農村の高齢者よりも 11.9 ポイント高かった。また、子女(孫を含む)から経済的な支援を受けている高齢者は 65.6%を占めており、その平均額は 4,123 元(年間)であった。都市の高齢者のうち59.3%が平均5,007元、農村の高齢者のうち73.0%が平均3,280元を受け取っている。中国では高齢者と子女との間で、経済的な支援のやり取りが活発に行われていることが分かる。特に農村は都市と比較しても、子女からの経済的な支援が重要となっている。
高齢者が自身の経済状況についてどう考えているかについて、経済的に非常に余裕があるとした高齢者は3.5%、比較的余裕があるが18.7%であった(図表2)。高齢者のうち経済的に余裕があるのは22.2%となる。一方、経済的に比較的苦しいとした高齢者は13.9%、非常に苦しいが 2.7%と経済的に苦しい高齢者は16.6%となった。特に、経済的に苦しい高齢者について地域別でみた場合、都市が12.3%である一方、農村が21.5%となっており、農村が都市よりも9.2 ポイント高くなっている。都市よりも農村に住む高齢者の方が、経済的に苦しいと考えている割合が高い状況にある。

3.60代での就労希望は38.3%も、実際働いているのは26.5%と3割未満
上掲では高齢者の稼働収入を取り上げたが、高齢者の就労についてはどのような状況にあるのか。調査によると、高齢者のうち、仕事をして収入を得たいと考えるのは全体の28.1%で3割ほどを占めた(図表3)。地域別でみると、都市は24.3%、農村は32.7%と農村が8.4ポイント高く、年金など社会保障関連収入が相対的に低い農村では収入の確保がより必要と考えられている。また、世代別でみると、60代は38.3%と4割ほどを占め、70 代は19.4%、80代以上で5.2%となった。

一方、高齢者のうち、実際に仕事をして収入を得ているのは19.0%であった。これは前回の調査から8.8ポイント上昇している。地域別でみると、都市は14.4%、農村は24.5%であった。年代別では60代が26.5%、70代が12.6%、80代以上が2.4%となった(図表4)。調査から、中国の高齢者は仕事をして収入を得たいと思っていたとしても、実際の就職がそれほど進んでいない点がうかがえる。その背景には、そもそもアーリーリタイアメントが浸透している点、その一方で儒教における敬老思想の影響、敬老思想が根強いがゆえに高齢者の再就職や転職事業がまだ普及段階にある点があろう。政府としても高齢者の就労を取り上げ始めた段階で、法整備や社会の意識の転換のための施策の実施までには至っていない。特に、年代別では最も就職がしやすいであろう60代の高齢者において、就職希望と実際の乖離が12.3ポイントもあり、70代、80代以上と比べても大きい。60代の高齢者は、高校・大学といった就学において重要な時期に文化大革命※4が展開されており、十分な学校教育を受けることができなかったこともその理由の1つとして考えられている。調査によると、60代の52.1%の最終学歴が小学校までとなっている。中国では今後、少子高齢化が更に進展すると予測されている。年金財政は厳しさを増し、安定した老後の生活を確保する上でも、高齢者による就労の必要性は今以上に高まるであろう。高齢者が働きやすい環境をどう整え、法整備をするのか、高齢者の就労に対する社会の意識をどう変えるのか、就職におけるミスマッチをどう改善するのかなど横たわる課題は多い。
※1 「第5次中国城郷老年人生活状況抽様調査」、実施は国家衛生健康委員会(全国老齢工作委員会弁公室)、民生部、財政部、中国老齢協会、中国計画生育協会が共同で実施。調査期間は2021年8月1日から1ヶ月、全国の60歳以上を対象とし、有効回答件数は12万7287万件。調査結果の発表は2024年10月。
※2 参考として、2021年の民間企業の従業員の平均年収は62,884元、国有企業など非民間企業の従業員の平均年収は106,837元。(出典)中国国家統計局。
※3 例えば、上海市(2023年)の場合、都市の就労者が加入する都市職工年金の平均受給額は5,470元、農村住民と都市の非就労者が加入する都市農村住民年金の平均受給額は1,400元とおよそ4倍の差がある。
(出典)上海市民政局、上海市人力資源社会保障局ウェブサイト。
※4 中国で1966年から開始され1977年に終結宣言がされた政治闘争。生産労働に従事することが求められ、大学入試の停止など教育現場が混乱した。
文:ニッセイ基礎研究所 保険研究部
主任研究員 片山ゆき : katayama@nli-research.co.jp
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株式会社 ニッセイ基礎研究所
保険研究部 主任研究員 片山 ゆき
東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。2005
年よりニッセイ基礎研究所に勤務。2022年より現職。専門は中国の社会保障
制度、民間保険市場。単著に『十四億人の安寧-デジタル国家中国の社会保障
戦略』(慶應義塾大学出版会、2024年)、共著に『習近平の中国』(東京大学出
版会、2022年)などがある。ほか論文多数。日本経済団体連合会・21世紀政
策研究所研究委員、千葉大学客員教授などを歴任。
出典:MIZUHO MONTHLY REPORT 2025年2月号P18-P21
(中国経済新聞)