中国は「バズーカ」を放ったのか、~習近平政権による直近の経済対策を評価する~

2024/12/2 07:30

1.中国政府が相次いで経済対策。

景気下支えに動くも、市場の評価は分かれる

中国政府が、相次いで経済対策を打ち出している。中国人民銀行が9月24日、景気下支えのために一段の金融緩和や不動産対策を実施すると発表したのを皮切りに、11月8日には全国人民代表大会(全人代)常務委員会が地方の「隠れ債務」処理のため計10兆元(約210兆円)もの借換債発行を承認した。金額の大きさもさることながら、この間も経済対策に関する観測報道が相次いだことから、習近平政権がこれまでの経済政策運営スタンスを転換し、巨額の財政資金を伴う積極的な財政・金融政策、いわゆる「バズーカ」を放つとの見方から景気浮揚への期待感が高まっている。一方で、これまでに打ち出された措置は景気の本格回復を図るためには力不足との指摘もあり、政策に対する評価が分かれている。

そこで、本稿ではまず2024年9月末以降に発表・決定された経済対策を整理した上で、一連の対策が「バズーカ」と呼べるものであったのかを評価したい。

2.中国人民銀行が一段の金融緩和を実施。不動産や株価のテコ入れ策も発表

経済対策の口火を切ったのは金融当局である(図表1)。中国人民銀行(PBOC)の潘功勝行長(総裁)は、9月24日の記者会見において金融緩和を一段と進める方針を示した。商業銀行がPBOCに預け入れる預金にかかる準備率(預金準備率)を0.5%Pt引き下げることで金融市場に約1兆元の流動性を供給するとともに、短期政策金利である売り戻し条件付き債券購入(リバースレポ)7日物の金利を1.7%から1.5%へと0.2%Pt引き下げた。預金準備率の引き下げと0.2%Ptの利下げを一度に実施するのは異例といえ、潘総裁が預金準備率のさらなる引き下げも示唆したことから、金融緩和に対する市場の期待が高まった。

潘総裁は、記者会見において不動産市場のテコ入れ策も発表した。既存の住宅ローン金利を引き下げる(平均▲0.5%Pt)としたほか、2軒目の住宅購入の頭金比率(下限)を25%から1軒目と同等の15%へと引き下げたのである。前者は、過去に高い金利でローンを組まざるを得なかった住宅購入者に対する救済措置であり、2023年9月に続いて2度目となる。

中国の住宅ローン金利は、「最優遇貸出金利(LPR)5年物±〇bp」の変動金利となっている。「±〇bp」の部分は住宅を購入した都市や借入時期によって異なるが、近年は需要喚起のため「±〇bp」の部分を引き下げる傾向にあるので、それ以前に借りたローンはその分だけ金利が割高になってしまっていた。中国では住宅ローンの借り換えが禁止されてきたため、一部の消費者にとって金利の割高感は解消されず、繰り上げ返済の急増や違法なローンの借り換えを招いていたのである。潘総裁は、今回の引き下げによって家計の金利負担が年間1,500億元軽減されるとしている。

また、潘総裁は低迷する株価をテコ入れするため2つの施策を打ち出した。1つ目は、「証券・ファンド・保険スワップファシリティ(SFISF)」の創設である。機関投資家である証券・ファンド・保険会社がその保有する債券・上場投資信託(ETF)・ CSI300指数構成銘柄株などをPBOCの保有する国債と交換(スワップ)し、その国債を担保に資金を調達して株式の買い入れを行う仕組みで、PBOCは今回5,000億元の枠を設けた。2つ目は、自社株買いや主要株主による株式の買い増しを支援するための商業銀行向け再貸出枠として3,000億元を設定したことである。銀行はこれを元手に上場企業や主要株主による自社株買い・株式買い増しに対して融資を行う。いずれも株価の下支えを図る措置であり、市場は好感をもってこれを受け止めたのである。

3.党中央政治局会議が9月に経済を討議するのは異例。          

速やかな対応が必要と判断か

次に動いたのは中国共産党の中央政治局会議であった。9月26日に開催された同会議が経済政策について討議し、減速する景気の下支えを強化する方針を示したのである。 党中央政治局会議とは、党指導部24名が出席して月1回のペースで開催される会議体で、党と国家の重要政策を話し合う。経済政策を議題とするのは通常、4月と7月、12月の会議であり、9月の会議がこれを取り上げるのは異例である。習近平政権は、足元の景気減速に対して速やかに政策対応をとる必要があると判断したものと考えられる。会議は「現在の経済情勢に全面的、客観的、冷静に向き合い、困難を正視し、自信を固め、経済運営を適切に遂行する責任感と緊張感を着実に増強しなければならない」と切迫感を露わにした上で、「政策措置の的確性、有効性をさらに高め、通年の経済社会発展目標任務の完成に努力しなければならない」と発破をかけた。

その上で、同会議は財政政策について「必要な財政支出を保証」し、「超長期特別国債および地方政府専項債を発行使用して、政府投資のけん引作用をより良く発揮させる」と強調し、不動産市場について「下げ止まり・回復を促進させる」ことをうたうなど、景気下支えに本腰を入れる構えを見せた。一部メディアが観測記事として、中国政府が新たに2 兆元の特別国債を発行し、うち1兆元を消費刺激策として家計への直接給付などに使用すると報じたこともあり、大型景気対策への期待が急激に高まって中国株は急騰した

中国の国慶節連休(10月1~7日)後も、政府当局の慌ただしい動きは続いた。経済政策の司令塔である国家発展改革委員会をはじめ、国家財政予算を司る財政部、不動産市場を所管する住宅都市農村建設部などが相次いで記者会見を開いたのである。党中央政治局会議が大方針を示した以上、各省庁は当面の政策措置について公に説明する必要が出てきたものと考えられる。ただ、景気テコ入れ策としては具体性・インパクトに欠ける措置しか発表されず、すでに発表されていた金融緩和以上の大型景気対策を期待する株式市場では失望感から売りが広がる場面もみられた。

財政部の藍佛安部長は、10月12日の記者会見において「中央財政は債券発行と赤字拡大において比較的大きな余地がある」と強調し、追加の財政出動に含みを持たせたが、具体的な規模などは明かさなかった。さらに、特別国債を発行して国有大手銀行に資本を注入することや、インフラ投資の原資となる地方政府専項債(特別債)で調達した資金を地方政府による住宅在庫の買い取りに活用する方針を明らかにした。前者は金融システミックリスクの予防を目的とするものであり、後者は住宅の在庫調整を加速させる狙いがある。これらの政策措置については、後段であらためて評価する。

4.全人代常務委は財政拡張による需要押し上げ策を見送り

追加の財政出動に注目が集まる中、政府予算と公債発行枠の承認権限を有する全人代常務委員会が11月4~8日に開催された。同委員会は、今後5年間で地方政府に計10兆元の借換債(特殊再融資債)を発行させ、地方政府融資平台(LGFV)などが抱える地方の「隠れ債務」を処理する方針を決定した。だが、追加の財政出動を含む新たな景気刺激策は打ち出さなかった。

「隠れ債務」の処理については、まず地方政府専項債の法定債務上限を6兆元引き上げ、2024~26 年の 3 年に分けて毎年2兆元の発行枠を確保するほか、2024~28年の専項債新規発行枠から毎年8,000億元を捻出し、借換債の発行に充当する。2024年の新規発行枠は3.9兆元であり、ここから8,000億元が借り換えに流用されることになる。財政部は、こうした措置により2023年末時点で14.3兆元ある「隠れ債務」を2028年に2.3兆元まで減らせるとしている。

特殊再融資債は2020年~2024年10月末までに約2.8兆元が発行されている(図表3)。発行の経緯は月岡(2023a)※1が解説したとおりであり、その目的はLGFVの債務を地方の公的債務に置き換えることにより、当面のデフォルトリスク回避と利払い負担の軽減を図るものである。財政部は、借り換えにより今後5年間で6,000億元の負担軽減につながると試算している。

なお、今回の措置は地方政府に債券増発を認めるというだけであって、中央政府が国債発行などで地方政府を救済(ベイルアウト)するものではない点に留意しておきたい。地方の過剰債務は地方政府の問題であり、あくまで地方政府の責任において解決すべきというのが、モラルハザードを懸念する中央政府の一貫した立場である。たとえ中央財政に国債増発の余地があってもこの原則を曲げるつもりはないことがあらためて示された格好といえるだろう。

5.「バズーカ」と呼ぶにはほど遠い内容。経済政策の大きな転換も窺えず

9 月末のPBOCによる金融緩和発表から11月初旬の全人代常務委員会の決定まで、株式市場では期待と失望が交錯してボラティリティが高まった。では、実際に打ち出された経済対策をどう評価すべきであろうか。

まず、金融政策については、依然として小刻みな金融調節の範囲にとどまっており、量的緩和(QE)やゼロ金利といった大規模な金融緩和からはなお距離を置いている(政策の基本的な考え方は月岡(2023b)※2が解説した時点から変わっていないものとみられる)。米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げに転じたことから、中国の金融緩和が米中金利差の拡大を通じて急激な人民元安や大規模な資本流出を招くリスクは後退しているが、PBOCは金融緩和の大幅強化に対する慎重姿勢を崩していない。一段の景気悪化に備えて利下げなどの伝統的な金融政策で調節を行う余地を残しておきたいとの意図が働いているものと考えられる。

次に、財政政策については、上述のとおり地方政府に借換債の発行枠拡大を認めたのみで、追加の財政出動は盛り込まれなかった。金融システミックリスクの回避のため複数年度にわたる大規模な債券発行の容認に踏み込んだ点は評価できるものの、景気を刺激して成長率を直接押し上げる、いわゆる「真水」効果はゼロということになる。

習近平政権は以前から、財政規律の維持に強いこだわりを見せてきた。事実、コロナ禍前まで中国の一般公共財政赤字の対名目GDP比率は一貫して3.0%以下を維持してきた。コロナ禍で同比率は3.0%を超過、コロナ禍収束後の2023年は10月に景気対策として国債増発を決めたこともあり3.8%まで拡大したものの、2024年予算では超長期特別国債1兆元の発行を予算外とした上で再び3.0%に戻している。今回、景気の下振れに歯止めをかける必要性を認識しつつも、家計への直接給付といったバラマキを伴う大規模な財政出動には依然として慎重であることがあらためて示された形である(この点についても、月岡(2023c)※3が分析した時点から概ね変わっていないものとみられる)。

一方、借換債の発行に加え、金融システムの安定に資するものとして評価できるのが、国有大手銀行6行(中国工商銀行、中国農業銀行、中国銀行、中国建設銀行、交通銀行、中国郵政儲蓄銀行)に対する資本注入である。6行の中核的自己資本(コア Tier1)比率は2024年6月末時点で平均12.3%と高く、資本注入の緊急性は低いといえるが、不動産不況や地方政府の過剰債務問題のさらなる悪化を見据え、貸出余力の増強と不良債権処理の加速を図るために注入を決めたと考えられる。注入の規模は明らかになっていないものの、バブル崩壊後に公的資金の注入をためらい、金融危機を招くに至った日本を反面教師とし、習近平政権が繰り返し強調する「金融のシステミックリスクを発生させないという

ボトムラインをしっかりと守り抜く」ために先手を打つ形である。

不動産対策については、PBOCが上述の需要サイドへの働きかけに加え、地方政府による住宅在庫の買い取りを支援するための商業銀行向け再貸出枠を拡張させる方針を示したほか、住宅都市農村建設部が優良案件を抽出したホワイトリスト制度に基づくディベロッパーへの資金繰り支援を拡大すると表明している。しかし、いずれも既存の政策の延長線上にとどまっており、これをきっかけに低迷を続ける市況が直ちに上向くとは考えにくい。

注目に値するのは、住宅在庫の買い取りにおける地方政府専項債の活用である。そもそも 2024 年 5 月に発表された買い取り策は財政的な裏付けに欠けていたことから、月岡(2024b)※4は「買い取りが一向に進展しない可能性もある」と指摘した。専項債の活用はその点で一歩前進した形だが、問題は財政投入の規模である。2024年9月末時点の全国の住宅完成在庫は3.8億平米に上っており、住宅の全国平均価格(2023年10,864元)で乗じた場合、その買い取りには総額4.1兆元(約90兆円)の資金が必要となる。もちろん、完成在庫のすべてを買い取る必要があるわけではないが、少なくとも市況の持ち直しに目途が立ち、住宅購入マインドの回復が確認できるまでは支出を続ける必要があろう。

総じて言えば、一連の経済対策はおよそ「バズーカ」と呼ぶにはほど遠い内容であり、「景気対策」の観点では政府目標である「+5%前後」の成長を達成するための必要最低限の措置にとどまったとの印象である。一方、「金融システムの健全性維持」の観点では借換債の増発や銀行への公的資金注入など危機回避を意識して積極的な対策を打ったことは評価できる。ただ、市場の期待とは裏腹に、習近平政権が経済政策において大きな方針転換を行った様子はうかがえず、国家安全重視という政策全体の優先順位も変わっていないとみられる。

みずほリサーチ&テクノロジーズでは、中国の2024年通年の実質GDP成長率は+4.8%、2025 年は+4.4%と見込んでおり、その後も人口減少や国内統治の強化、米中対立といった構造的な下押し圧力が加わって経済の減速傾向が続くとみている。今後、トランプ新政権の対中政策いかんでさらなる財政出動の可能性はあるが、現時点における一連の経済対策は短期的にも中長期的にもその見通しに大きな変更を迫るものではなかったと評価している。

[参考文献]

1 月岡直樹(2024a)「中国3中全会が「強国」路線を再確認 ~政策転換の兆しなく、経済見通しに影響せず~」Mizuho RT EXPRESS(7月29日)

2 月岡直樹(2024c)「容易ではない「+5.0%前後」の達成 ~中国が全人代を開催、成長目標は前年同水準に~」Mizuho RT EXPRESS(3月11日)

※1 月岡直樹(2023a)「「隠れ債務」の処理急ぐ中国政府 ~融資平台の債務借り換えは根本解決とならず~」みずほインサイト(12月5日)

※2 月岡直樹(2023b)「小刻みな調節が続く中国の金融政策運営 ~中国人民銀行はなぜ大規模な金融緩和に慎重なのか~」Mizuho RT EXPRESS(10月3日)

※3 月岡直樹(2023c)「習近平政権はなぜ景気刺激策を打たないのか ~経済政策を巡る政権のスタンスを考察する~」Mizuho RT EXPRESS(8月1日)

※4 月岡直樹(2024b)「中国が住宅在庫の買い取り策を発表 ~金融支援のみで規模もインパクトに欠く~」Mizuho RT EXPRESS(5 月27日)

(文:月岡直樹)

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みずほリサーチ&テクノロジーズ 調査部 

アジア調査チーム主任エコノミスト : naoki.tsukioka@mizuho-rt.co.jp

出典:MIZUHO CHINA BUSINESS REPORT 2024年12月号 P6-11

(中国経済新聞)