中国における日系自動車サプライヤーの課題と対応

2024/08/21 07:30

日産が 24年6月、中国江蘇省にある常州工場の生産を停止した。同工場の自動車年間生産能力は13万台。中国全体の生産能力160万台のうち約 8%に相当する。中国市場でトヨタやホンダを抑えて日系ブランドのトップだったこともある日産の販売台数は、ピークとなった18年の156万台から、24年1~6 月には34万台まで大きく落としている。

中国市場での苦戦は日産だけではない。ホンダの24年1~6 月の中国販売台数は前年比21.5%減となった。新車販売が低迷するなか、24年5月には従業員の14%にあたる 1,700人規模の希望退職者の募集を実施し、コスト削減を行っている。

トヨタの中国合弁、一汽トヨタと広汽トヨタは 24年6月18日、中国恒例の通販セール「618 商戦」に合わせて、期間限定の値下げキャンペーンを実施した。セダンの「カローラ」「カムリ」と SUV の「カローラクロス」「ハイランダー」など、人気モデルの大幅な値下げに踏み切っている。それにもかかわらず 24年1~6月のトヨタの中国販売台数は前年同期比10.8%減となった。

日本車の苦戦がサプライチェーンに波及

中国では、NEV(新エネルギー車)補助金政策が 22 年末に終了したことを受け、電気自動車(EV)の販売が減速する傾向にある。BYDのほか、米テスラなどにも値下げの動きは広がっており、電動車・エンジン車にかかわらず、価格競争の波が押し寄せてきている。日本車大手3社の中国販売台数は24年1~6 月に約 154 万台となり、前年同期比約23万台減少した。経営規模の縮小や主力モデルの競争力の低下などを勘案すれば中国における日本車の苦戦が強まっている。系列の部品サプライヤーとディーラーの収益を維持するためには、一定規模の販売台数が必要である。工場閉鎖や価格競争に突入した日本勢からは中国事業の苦境が反映される一方、日系自動車部品サプライヤー(以下日系サプライヤーと略称)の行方がますます注目される。

日本自動車部品工業会が23年末に発表した会員企業の海外生産拠点をみると、中国は最も多く、全体の26%を占めている。日系乗用車合弁メーカーが立地する広州、天津、武漢、協力企業(裾野関連)が集積する上海・蘇州・無錫エリアには多くの一次部品サプライヤー、更にそれらに追随する二次・三次部品サプライヤーの進出により、現地で日系自動車タウンが形成されている。

日本車は中国で兄弟車投入や中国仕様車の開発などを通して、消費者ニーズにきめ細かく対応するマーケット戦略を打ち出し、着実に製品競争力を高めていた。しかし、新型コロナ禍による車載半導体の不足や炭酸リチウムなど電池材料の相場高騰などが自動車の生産コストを押し上げた一方、23年以降の価格競争は自動車メーカーの収益状況を悪化させている。中国自動車業界の利益率は17年の7.8%から24年1~5 月の5.3%へと大幅に低下した。

更にBYDがプラグインハイブリッド車(PHEV)の価格破壊を契機とした乗用車市場の値下げ競争は、日本勢の競争力を一気に脅かし、中国乗用車市場に占める日本車のシェアは 20年の23%から24年1~6月の12%へと大きく減少することとなった。

日系サプライヤーの課題

日本車の需要減少や価格競争に備えるコストの転嫁はサプライチェーン全体に波及しており、日系サプライヤーには 2つの懸念が潜む。

1つ目はエンジン車市場の縮小だ。中国では EV シフトの加速により、エンジン車の需要が減少の一途を辿っている。中国のエンジン車(乗用車)販売台数は24年1~6 月に前年比 13%減の573万台、通年は対19年比4割減少する見通しだ。24年6月末時点の工場稼働率をみると、BYDとテスラは共に90%を超えているのに対し、一汽トヨタ、広汽ホンダ、東風ホンダ、東風日産は60%~50%にとどまっている。豊富なラインナップとハイブリッド車を強みとする広汽トヨタも22年の113%から24年1~6 月の72%へと低下している。日系乗用車合弁メーカーは先の見えない消耗戦に直面する一方、収益が減少する分をサプライヤーに転嫁せざるを得ない状況だ。実際、エンジン車部品を中心とする日系サプライヤーの事業統合・再編・撤退の動きが見られている。

2つ目は地場サプライヤーの値下げ攻勢だ。近年、地場サプライヤーはビッグデータ、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)などデジタル実装を実現したスマート工場を生かし、サプライチェーンを含めた製造技術の向上に取り組んでいる。特に大手サプライヤーは製品の価格破壊を行い、それが日本車のサプライチェーンにも浸透している。背景には、販売価格を下げても受注数さえ増加させれば粗利益を確保できることだ。即ち、生産量を維持できれば、工業生産高や税金雇用など、地方政府が定めた目標に達成しやくなり、地方政府からの補助金や税金還付で収益減少分を一部埋めることも可能なためだ。また日系乗用車合弁メーカーは部品のコストパフォーマンス(品質を維持する前提)を優先し、系列外のサプライヤーから調達を拡大する傾向にある。

競合ブランドと比べて日系中古車として売る際のリセールバリューの高さ、ブランド力が反映される重要な指標となるが、ここで気になる動きが見られる。24 年 6 月の平均リセールバリュー(車齢3年)を見てみると、BMWが57.6%、フォルクスワーゲンが57.1%、日産が54.5%、BYDが53.1%であるのに対し、トヨタとホンダはそれぞれ 58.8%、62.5%となった(中国汽車流通協会)。エンジン車ブランドの中で、トヨタとホンダのリセールバリューが高いといえるが、22年に約80%であったことから、近年の値下げ販売により、ブランド力低下の傾向が考えられる。

日系サプライヤーの対応

日本車の販売不振が長引くと、系列サプライヤーも事業縮小を余儀なくされる。一部の日系サプライヤーは、日系以外の自動車メーカーや新興勢 EV メーカーなど、全方位戦略に取り組んでいる。だが、安価な価格や厳しい支払い条件を勘案すると、膨大な受注は経営を悪化させる可能性が高くなるため、十分な戦術が必要であろう。

エンジン車部品では同業他社も苦しい中、自社のコア事業に特化し、エンジン車がピークアウトするまえに、収益の最大化の実現を狙うことが一般的だ。そのためには市場に対応した商品の開発の強化、現地人材のトップ登用など、生産工程以外の面でも現地化を検討する必要になる。また、EV 部品では先行開発・投資のコストが高く、かつ回収サイクルも長いため、サプライヤーのコストダウンや長期戦が求められる。一方、部品のユニット化・モジュール化が加速すると、単品商売ではなく、様々な部品をまとめ「システム」として提案することが要求される。特に電動化に伴って車両機能の大半が電子・制御部品と関わり、業界跨ぎの調達、プラットフォームの共通化が進み、日系サプライヤーにとっては、更なる開発のオープン化や部品原価の低減が強まる。

中国新車市場は、内需低迷に伴う業界発のデフレやデジタル革新の進展に加え、新型コロナ禍の数年間で独自の進化を遂げた。日系サプライヤーは自社の強みと弱みを見極めながら、中国企業と補完関係の構築を含む能動的に事業のポートフォリオを入れ替えていく必要がある。足元の中国事業の不安定要素と、中国のサプライチェーンを活用する「地産地消」戦略をいかにバランスよく両立させるかが、日系サプライヤーの中国戦略に求められる。また、中国勢の海外進出に合わせて第三国での供給体制をグループ会社間ですり合わせられる力、スピードが求められる。具体策としては、中国自動車メーカーのアセアン諸国・中南米での更なる投資の拡大が見込まれるなか、中国そして第三国での生産体制とグローバルな需要を面で捉える機能を中国拠点に担わせることも一案である。苦境に立たされるときにこそ、日本自動車産業の真価が問われる。

(文: 湯進)

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みずほ銀行 ビジネスソリューション部上席主任研究員

上海工程技術大学客員教授、中央大学兼任教員 湯進

みずほ銀行で自動車・エレクトロニクス産業を中心とした中国産業経済についての調査業務を経て、日中の自動車業界の知見を生かした両国での事業を支援する。著書「中国の CASE 革命~2035 年のモビリティ未来図」(日本経済新聞出版)など多数。