政治的思惑ふんぷんたるパフォーマンスでは世界は動かない。
「ウクライナ平和サミット」を終えての率直な感慨である。
17日朝、購読三紙の朝刊1面を探った。前日まで、日本のメディアが大々的に報じていたゆえ、閉幕とともに一面を占める大きな記事となって伝えられるとばかり思っていたが、一気にしぼんでしまっていた。
1面に記事が見当たらない一紙は3面で曰く「共同声明、全会一致ならず/ インドなど同意せず」。1面中央下で記事にした一紙は「戦争終結へ行動計画/ゼレンスキー氏、ロシアに提示へ」として「平和サミット声明、80カ国賛同」と添えた。もう一紙は「平和サミット閉幕/露との早期交渉、見通せず/ウクライナは成功強調」と1面左上に掲載(斜線は見出し1字分空白)。一方、テレビメディアの多くは「共同声明採択」を前面に掲げて伝えた。
しかし、現実は冷厳である。ロイターの掲げる見出し「ウクライナ平和サミット、共同声明採択/新興国など署名見送り」にあるように「新興国など署名見送り」こそ、ニュースの「核心」として、われわれが向き合わなければならない問題である。「ロシアと関係を持つ」ので署名しなかったというのは浅薄に過ぎる。のみならず、そうした判断に立つ各国への軽侮とさえなることに気づかねばならない。
そもそも「ウクライナ和平」とはいかなる「解」であるべきなのか、それを考えるために、ウクライナ問題に向き合う原則的視座の復習を迫られる。「復習」と言うのは、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった当時、本欄で提起したからだ(2022年4月18日号)。かいつまんで以下に引く。
「ウクライナ問題」は「欧州・ロシアのみならず広くユーラシア、アラブ世界をも包含する長い歴史性と民族、宗教・文明史にまでおよぶ広い知見と深い洞察を必要とする問題である」「短い時間的射程でいえば、いわゆる『オレンジ革命(カラー革命)』、2014年のロシアによるクリミア半島併合、さらにウクライナ東部で続いて来た『ロシア系住民』、親ロシア武装勢力とウクライナ軍による内戦状態というべき『戦闘』(死者は1万数千名に上るとの試算もある)、2次にわたる『ミンスク合意』破綻など、歴史的経緯についての実体的および構造的認識が不可欠となる」としたうえで、「他国を武力(暴力)によって侵し、抑圧、支配することは許されるものではないこと、人の命こそ何よりも大切にされなければならないこと、これらすべてが原則であり思考の前提である」とした。この原則に立脚して、「ソ連崩壊に伴い東側の軍事同盟たる『ワルシャワ条約機構』は『消滅』したが、対する米国が主導する戦後体制としての軍事同盟『NATO・北大西洋条約機構』は残存したにとどまらず強化、拡大の一途をたどっているという『非対称性』」の超克の必要性を述べた。
また、バイデン政権成立後、各国首脳としては独のメルケル首相(当時)につぐ2人目の招待者としてゼレンスキー氏がホワイトハウスに招かれ(2021年9月1日)、共同声明で「ウクライナの成功は民主主義と専制主義の世界的な戦いの中心」と位置づけ、バイデン大統領は、新たに6000万ドルの「安全保障支援」の提供を表明、「これに先立って米国は2021年に入り既に4億ドルの安全保障支援を約束していた」というブルムバーグの報道を引いて「バイデン政権発足以来、ウクライナに対する度重なる武器・軍事援助は、4月初頭段階で、24億ドルとも言われる」と記した。その後、9月20日、バイデン大統領はウクライナを含めた15カ国の多国籍軍による大規模軍事演習を開始、10月には、ウクライナにジャベリン対戦車ミサイル180基を配備、プーチン大統領がロシア軍をウクライナ国境に展開させたのはこれらの動きを受けた10月下旬であったことを指摘しながら「戦争への道は周到に準備されてきた。ロシアの戦車がウクライナに侵攻して戦争が始まったというのは浅薄に過ぎる」と述べた。すなわち、「ウクライナ和平」を言うなら、「侵攻」あるいは「戦争」の淵源に真摯に迫るものでなければならないということである。
今回の「平和サミット」を前にゼレンスキー氏は独、仏を巡ったが、ドイツ連邦議会での演説はじめ行く先々でひたすら「さらなる軍事援助を」と訴えた。いまや、米国のみならずドイツ、フランス、ポーランドなど欧州各国は、まさに「死の商人」の地と化していることをわれわれは冷厳に知らなければならない。
ゼレンスキー氏はまた、6月初めシンガポールで開催されたアジア安全保障会議に出席した際、記者会見において、「ウクライナ平和サミットに各国が参加するのを中国が妨害している」「中国は戦争支持者だ」と非難した。
「平和サミット」閉幕から1日おいて18日、各紙は「社説」で見解を展開したが、「とりわけ理解に苦しむのは『仲介のため建設的役割を果たす』と自任しながら、会議に出席すらしなかった中国の姿勢だ」として「ロシアの側に立って対話を妨げているとみられても仕方あるまい」とした。
情報を仔細に振り返れば、5月31日の中国外交部の定例会見で毛寧報道官は「(ウクライナ平和)会議の調整は中国の要求や国際社会の期待をはるかに下回っており、中国の参加は難しい」と述べ、「中国は常に、和平会議はロシアとウクライナの双方が承認し、全ての当事者が平等に参加し、全ての提案が公平かつ平等な方法で議論されるべきだと主張してきた。そうでなければ、和平の実現に実質的な役割を果たすことは難しくなる」と条理を尽くして説いていた(ロイター5月31日)。
にもかかわらず、ゼレンスキー氏が唐突に激しい「中国非難」に走った背後に何があったのか、いまだ解明されていないが、前述の「社説」を見れば、漠とした中に中国批判の空気を醸すには十分役割を果たしたと言えよう。
さらに言えば、欧州メディアでは言挙げされている、ゼレンスキー大統領がすでに「任期切れ」となっているなかで、戦時下「戒厳令」のもとにおける大統領職継続のレジテマシー(正当性)を世界大の場で認めさせる思惑が今回の「平和サミット」開催の含意となっていることを見据えるならば、深刻な矛盾に突き当たる。すなわち、戦争を終息させた瞬間、任期を越えて大統領であり続けたゼレンスキー氏はその座を降りなければならないという奇妙な矛盾の構図にあるというわけである。
それにしても、バイデン氏が「サミット」出席をパスし、大統領選挙の寄金集めの会合のために急ぎ米国に戻るという、まさに茶番としか言えない光景も含め、今回の「平和サミット」で一体何を為そうとしたのであろうか。
前に引いた稿で「この戦争を終わらせるためには、安全保障の『非対称性』を解消し、平和にむけた安全保障メカニズム構築へ転換を図る以外にない。にもかかわらず、『緊張』を継続することに利益さえ求め、それを最大化することに注力してきた米国の姿が浮かび上がる。この根深い現実に、どう向き合うのか、きわめて深刻な省察を、われわれは迫られている」と述べた。
われわれが直面する事態は、政治的思惑や政治パフォーマンスでは越えることのできない重いものであることを、改めて肝に銘じる必要がある。
(文:木村知義 6月18日記)
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(文・木村知義)
【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。