春節間近の一月のある日、行きつけの花市場に足を運んでみた。上海虹橋花卉市場という。もともと動物園前にあったのが二〇〇一年に移転された花市場で、生花以外にも絵や陶芸品、各種飾り物やアンティーク、昆虫、金魚、鳥などの小動物まで売られている。一月は我が家のイベントが連続する上に春節の時期と重なるため、ここに二度三度と足を運ぶことが私の一月の恒例となっている。
十二月のクリスマスシーズンから春節にかけて花市場はひときわ賑わいをみせる。千品種がそろうとも言われる四季折々の花々が所狭しと陳列されている上に、クリスマスツリーや飾り付けの品々、正月、春節の贈答用の花々や赤い縁起物がそこに加わり、市場はよりいっそう華やかになる。春節間近ともなれば、近隣各所から客がどっと押し寄せ、狭い通路はごったがえし、すれ違うのも一苦労である。この時期、吉祥と富を願う金柑や春の訪れを知らせる赤い猫柳などの定番の品が場内にあふれる。改革開放前には安価な水仙なども人気だったようだが、豊かになった今、高級花の胡蝶蘭が圧倒的な人気ぶりで飛ぶように売れる。ただ、この三年間のコロナ禍で花市場への客足もすっかり遠のき、閑古鳥が鳴く日が多くなった。ネット注文が増えて、値段交渉の光景も、綺麗な花にはしゃぐ子供や、お気に入りの花を抱えて帰路に就く人々の姿もまばらで寂しい限りである。
上海の花市場の花はそのほとんどを昆明産が占め、近隣の江蘇省でとれた国内産や「進口」(輸入品)がそこに混じる。「進口」の価格は国内産の数倍で、バラを例にとれば、国内産なら十本五十元(千円、以下一元=二〇円換算)から八十元で済むところが、「進口」のいいものなら十本百五十元以上にもなる。この花市場に通い始めた当初は主出来合いの花束を買っていたが、そのうち十本束売りの花を数種類買って自らアレンジするようになった。その方が格安だからである。今年は、かすみそう(二束で三十元)とバラを別々の店で買い、バラの店の老板(経営者)に頼んで綺麗にアレンジしてもらった。三十一本のバラの値段は百九十元。バラ園の希望価格が直径八センチなら三元から五元と言われるので、まあそれでも一本六元で買えれば納得である。
東京都の三倍の面積を誇り、人口二五〇〇万人の大都市上海は、意外にも「花の街」でもある。一九九九年に上海に来た当初は、改革開放路線の下、再開発の大波が押し寄せ、都市のインフラ整備のため街中工事だらけで埃っぽいという印象が強かった。ところが都市整備もある程度進んだ二〇一〇年の上海万博が大きな転機となり、都市の緑地化が一気に進む。「より良い都市、より良い生活」をテーマとした万博の理念に沿い、公園と緑地整備が一気に進み、以前からあった市中心部のプラタナスの並木に加えて、新しい幹線道路や高架道路には植樹や植栽が施され花と緑の街へと変貌していった。二〇二一年の崇明島で開催された上海花博も記憶に新しい。国家林業和草原局によると国の花栽培面積は二〇一〇年の一〇四万ヘクタールから二〇二一年の一五九万ヘクタールまで増加し、取引高も一〇六九億元(約二兆円)から二一六一億元(約四兆円)へ倍増したという。さらに関連企業は五万前後、被雇用者数も五百万人弱で、二〇一九年度の市場規模は一六五六億元(約三兆二千億超)となり、今や中国は世界最大の花の生産国なのだという。上海市政府によれば、市の花市場交易額は百億元(約千九百億円)だが、二〇二五年までに上海の花卉産業振興を図り、「美麗街区」、「美麗社区」、「美麗花園」の構築を目指しているのだという。
上海の市花は白玉蘭(ハクモクレン)である。一九八三年の市民投票を経て一九八六年、市政府によって正式決定されたのだという。私が頻繁に足を運ぶ閔行文化公園は玉蘭の公園とも言われ、春先になると白玉蘭のおおぶりの美しい白い花が満開となり、春の訪れを実感する。白玉蘭にこめられた願いは「奮闘する向上心」だという。厳しい冬のような二〇二二年から二〇二三年へ、再び活気あふれる上海が戻ってくるような予感がする。そのためには一人一人の「奮闘する向上心」が不可欠であろう。そしてその先に、きっとあの明るく活気にあふれた、かつてのあの花市場の風景が戻ってくるに違いないとひそかに期待している。読者の皆様にとり、今年が良い年でありますように。新年快楽!
(文・ 松村浩二)
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【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。