上海のアイさん事情

2026/08/27 13:00

この半年間ほど、早朝の洗濯、掃除、植木の水やりが私の日課となっている。30年近く同居した義母が昨年末から入院後、自宅で義母を世話するアイさんが不在になったからだ。妻には「老公アイ」と自虐しながらの日々の家事はさほど苦でもなく、むしろ、いい運動だと思って楽しんでいる。  

 「アイ」とは、中国では一般的には中高年女性のおばさんを意味する愛称で、漢字では「阿姨」と書き、狭義では家政婦を意味する。日本でお手伝いさんと言えば、大きなお屋敷で家事労働に従事する家政婦のイメージ(ドラマ『家政婦は見た』等)が強いが、上海のアイさんは一般家庭ではありふれた存在だ。実際、この30年ほど我が家では今まで入れ替わりで5,6人のアイさんに家事労働を任せてきたし、義母は入院中、24時間介護のアイさんのお世話になっていた。中でも20年勤続してくれたアイさんはもはや家族同然だった。

 ところで、一口にアイさんと言ってもその仕事は様々だ。産婦の世話をする月嫂。乳幼児を世話する育児嫂。更に昔は母乳をあげる媽媽(ママ)もいた。義母もこの媽媽の母乳で育ったという。それから、育児全般の世話をする保姆。住込み(住家)か通い(不住家)で家事労働全般(家政)を担う鐘点工。現在、毎週土曜の夕方に我が家に通うアイさんは、他に4軒ほどを掛け持つとか。それから、鐘工は病院で看護婦の下、一対一で24時間入院患者の世話をする。これに会社や公共場所の掃除を担うアイさんを含め、彼女らを総称して「阿姨」と呼ぶのである。

 上海の「阿姨」の歴史の変遷をふり返ってみよう。1843年の上海開港から清末民初にかけて、江南(紹興、寧波、南潯)から上海に来た農村女性は資産家や外国人家庭の家事を担う「娘姨」(ニャンイ)となった。育児、家事、養老などそれぞれを担当するアイが一つの家で分業的に日々の労働に従事していた。そして、解放後から文革前には、私的雇用が消滅し、「労働大姐」と呼ばれる労働者として公的組織へ組み込まれた。「阿姨」が親族的呼称から家政婦を意味するようになるのはこの頃だ。1980年代の改革開放路線後は都市の核家族化現象に加え、40代の上海女性らの一斉退職でアイさんニーズが再燃化し「上海阿姨」として定着していく。2000年代以降は外地女性(雲南、安徽、四川、江西等)の上海への流入が加速し、家事労働の市場環境も激化する。消費経済の急激な発展に伴う飲食業や美容や按摩、清掃などのサービス分野を担ったのは多くが地方出身の女性たちだ。このように見てくると、上海におけるサービス業の発展はアイさん抜きには語れないことがわかる。

 その後、家事労働の組織化と企業化が進み、家政公司や家庭服務公司と呼ばれる人材派遣会社が誕生する。上海市家政服務管理平台によれば、2026年4月時にはこうした会社は2268社あり、所属する家政員は22万人を超えるという。街中には至る所で地域に密着した家政婦人材紹介の「保姆介紹所」や「家政介紹所」を目にすることができる。更に家事労働の細分化と専門化とが進み、研修や資格制度も整備されつつある。それに伴い、家政のプロとしてのアイさんの経済的社会的地位も少しずつ向上し、今では社会のエッセンシャルワーカーとも言うべき存在になりつつある。

 以前、高齢者の話題で取り上げたように、中国では今、高齢化が急速に進行しつつある。特に上海では65歳以上の高齢者は2025年末時点で466万人にのぼり、市民の約30%を占めるという。更にそれとは対照的な低迷する出生率。2026年の予測では上海市の出生数は10・7万人前後となる見込みだといわれ、少子高齢化の大波が押し寄せつつある。

 この半年間、義母の24時間介護をし、その最期を看取り、納骨式にまで参加してくれたアイさんとの出会いはまさにご縁としかいいようがない。彼女の仕事ぶりを見ながら、これは菩薩行だと幾度思ったものか。今後の新たな出会いもまた彼女にとって幸多きものであることを切に願いたい。

 かつては宮廷や貴族、資産家などの一部の特権階級の家政を担ったアイさんはその家のステータスを示す存在だった。それが今では一般家庭を顧客とするサービスシステムとして上海の暮らしの隅々にまで溶け込んでいる。乳幼児から高齢者まで幅広い年齢層の多様なニーズに日々対応する上海のアイさんは今後益々エッセンシャルワーカーとしての存在感を放ち続けるに違いない。

(文・ 松村浩二)

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【筆者】松村浩二、福岡県出身、大阪大学大学院で思想史を学ぶ。上海在住24年目を迎える日本人お婿さん。