そこに「席」のない日本の深刻を思う

2026/06/26 08:30

世界注視の中で、習近平中国共産党総書記・国家主席が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問し、金正恩朝鮮労働党総書記・国務委員長と会談した。習氏7年ぶりの訪朝に、日本のわれわれが知るべき論点が数多くあるが、まず序章、習氏訪朝の予測報道に何を見るかである。

 習氏の訪朝予測は、先月の米中首脳会談後、韓国・聯合ニュースが伝えたものを転電する形で日本の各メディアが報じたが、実は、オリジナルな情報源は米タイム誌にあった。タイム誌の元中国支局長チャーリー・キャンベルが、5月20日、トランプ、プーチン両大統領訪中にかかわる長文のレポートの末尾に「習近平国家主席の外交活動はこれで終わりではない。タイム誌の情報筋によると、習主席は早ければ来週にも北朝鮮を公式訪問する予定だという」として「『中国と北朝鮮は、日本の新たな軍国主義に対抗するため、より連携を深めるだろう』と、計画がまだ正式に発表されていないため匿名を条件に、この件について説明を受けた情報筋は語った」と添えたのだった。日程はともかく、まさに予告的中の情報だった。

 あくまでも想像となるが、知るべき示唆は重い。すなわち、トランプ訪中に随行した米情報関係者が北京における中国側当局者との「接触」において何らかの「予兆」を得て、意図的にキャンベルにリークしたということであろう。言うまでもないが、中国当局者が、「習訪朝」という国家機密に属する情報を生な形で米側に漏らすことはない。しかし、さながら「禅問答」の類であろうことは想像に難くないが、米中の「関係者」同士の機微に属する接触を思わせると言って過言ではないだろう。すなわち、理念、体制を異にする厳しい対立、競争を基底としていても、大局に立つ米中関係の「深さ」を、日本のわれわれは、まず知っておく必要があるということである。

 次に吟味が必要なのは、習近平・金正恩会談において「北朝鮮の非核化」に触れた言及がなかったという大方のメディア、専門家の指摘についてである。

 まず押さえておかなければならないのは、中国は過去一度たりとも「北朝鮮の非核化」という「用語」で語ったことはないことだ。中国が語ってきたのは「朝鮮半島の非核化」である。この違いは朝鮮半島および北東アジアのあり方の本質にかかわる核心をなす問題である。このことを知らず「北朝鮮の非核化」に言及がない、あるいは「北朝鮮の非核化」を捨てたと論じる記者や「専門家」は、朝鮮半島問題の最もイロハとなる認識を欠くことを露呈したと言える。あるいは、もしそのことを知りながら語ったとするなら、意図をもって論点を歪曲する悪質の誹りを免れない。一方、「朝鮮半島の非核化」と言葉を「正確」に用いながらも、「中国が北朝鮮の核を黙認するに至った」という論旨で語る記者、専門家も、少数だが、いた。ここでは、知ってか知らずかはにわかに判別しがたいが、この間の北朝鮮および朝鮮半島情勢の根本的「変化」に対する「無知」あるいは「無視」のいずれかが起きていることを知らされるものである。

 首脳会談において習氏は、「新たな時期における中朝関係のトップレベル設計と戦略的指針」「伝統的友誼に新たな時代の内容と強じんな原動力を注入」さらには「地域ひいては世界の平和・安定と発展・繁栄」を強調した。ここでは習氏の北朝鮮訪問が7年ぶりということの読み解きが重要になる。結論から言えば、北朝鮮は大きく変わったことを知る必要がある。「南北統一」という理念を追求する立場から韓国を「永遠に敵対的な2つの国家関係」とする、国家のレゾンデートルにかかわる転換は言うまでもない。かつての食糧難から脱し、毎年全国「20」の市・郡を選定して工場などの建設を行い、「10」年以内に国民の生活水準を向上させるという「地方発展20×10」の提起はじめ、農業・農村政策も含め、自立的経済の道に注力して国の姿が大きく変わりつつある。そして「核」である。金正恩政権は核を国の存立をかけた国家戦略の核心に位置づけ、「外部からの干渉と脅威を抑止し、国家の主権と安全を保証し、地域の平和と安定を保障するための合法則的過程」(6月13日外務省スポークスマン談話)としている。また、習氏訪朝を前にして朝鮮労働党部長の金与正氏が6月6日に発出した「談話」にあるように「核保有国(の)地位は絶対不退の限界線であり、誰かが認めようと認めまいと厳然たる現実である。外部勢力の希望や修辞的表現によって、現実は決して変わらない」という立場を貫いている。すなわち、金正恩時代の北朝鮮は「新しい朝鮮」へと歴史的転換を遂げつつあるのだ。これらのことを習氏の言う「新たな時代」の重要な含意として読み取らなければ、中朝関係はじめ、朝鮮半島の現在とこれからを読み解けない。

 「朝鮮半島の非核化」をめぐっては、かつて米国の要請を受けとめる形で中国が議長を務め米朝に韓国、ロシア、日本を含めた「六者(六か国)協議」が重ねられた歴史がある。朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に代えることを土台として、すなわち、依然として「戦争状態」にある朝鮮半島の平和構築によって「北朝鮮の核開発」に歯止めをかける機会が何度かありながら、一方で北朝鮮のレジュームチェンジをめざす「斬首作戦」など、米国の戦略判断の誤りと決断のなさによって「六者協議」は失敗の歴史となった。米韓同盟の下でいまなお「戦時作戦統制権」が在韓米軍司令官にある状況で、「核の脅威」に対抗するには「核」しかないという構図を根本的に解消することができずに「朝鮮半島の非核化」など望むべくもないことを、改めて知らなければならないのである。もはや「朝鮮半島の非核化」を越えた、新たな、そして、大きな平和構築に向けての戦略が必要となっているのである。そのことを今回の習近平訪朝は如実に示したと言うべきである。その読み解きができなければ「北朝鮮の非核化への言及がない」などという的外れで愚鈍な報道や論考が跋扈することになるのだ。

 トランプ大統領は6月14日、自身のSNSに、2018年6月12日のシンガポールでの史上初の米朝首脳会談の際の金正恩氏と並んで歩く写真を掲載した。なんらコメントのない写真だけの投稿であるが、さまざまな臆測をかき立てられる。

 大きく変わる北朝鮮を的確に認識し、現実を冷徹に見据え、朝鮮半島のみならず北東アジアの平和メカニズムの構築という歴史的命題に、今また改めて向き合うことが、この地域に暮らすすべての国・人々に迫られる時代となっている。しかし、ことごとく「中国の脅威」を振りかざし、中国を事実上の「敵」とする外交・安保政策はじめ、社会に反中国感情を醸すばかりの高市政権。時には北朝鮮の脅威を政権の存立根拠にさえ挙げて選挙に臨んだ日本。習近平訪朝を的確に読み解けない日本の「席」は、そこにはないことを、日本のわれわれは痛切に知らなければならない。事態はまさしく深刻である。

 (6月16日記)

 追記、「変わる北朝鮮」については「金正恩の『決断』を読み解く―変わる北朝鮮と東アジア」(鄭旭湜著・北朝鮮取材経験豊富な東洋経済コラムニスト福田恵介氏訳、彩流社)が触発を多く得る必読の書と言える。

(文・木村知義)

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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。