「トランプの米国」の迷走に何を知るべきか

2025/05/6 12:30

「終わりの始まりだ!」 

 2016年の米大統領選挙においてトランプ勝利を主張、昨年の大統領選挙に際しても一貫してトランプ氏の返り咲きを予言してきた国際ジャーナリストのテレビ報道番組における発言である。言うまでもなく、この間のトランプ大統領の関税をめぐる「迷走」を指してのことだ。実に言い得て妙と感じ入った。

大方のメディアはトランプ氏を「予測不能」と語る。「戦々恐々」という文言を紙面に掲げたメディアもあった。しかし、本当に戦々恐々とするほどのものであろうか。もちろん鬼面、人を嚇すばかりであったり、言い出したことを「へ理屈」をつけて引っ込めたり、色付けを変えたりと転変、豹変はなはだしいことは間違いない。しかし、現代のトリックスターとさえ映るこの米国大統領はそれほどわかりにくいものではない。詰まるところ的確な距離感をとることができるかである。冒頭に引いた国際ジャーナリストの言は、冷徹な距離感ゆえにトランプ氏の本態を見抜くことができることの証左と言えよう。それにしても「終わりの始まり」とはなんとも意味深長なもの言いである。トランプ氏の任期は4年、よってトランプ政権が今「終わる」わけではないことは自明である。米国も「消えてなくなる」わけではない。しかし「終わりの始まり」とは如何に、である。

米国債が売られ金利が急激に上昇し金融秩序の「動揺」が見えた途端、中国を除く各国への「相互関税」上乗せの「一時停止」という「13時間の翻意」。中国への関税の数字の「訂正」、アップル「iphone」など電子機器、半導体への「配慮」と伝えられた「除外」措置とその「修正」など、出しては引っ込めと、情報をせき止めて語ることができないほどトランプ氏の迷走は甚だしい。これは「予測不能」という類の問題ではない。前述の国際ジャーナリストの言を借りるなら、トランプ氏とその側近、とりわけ中国への「強硬派」として知られる大統領上級顧問、ピーター・ナバロ氏の「知的レベル」にかかわる問題だというのだ。ナバロ氏はハーバード大学で経済学を修めた博士である。そのことに言及しながら、しかし、と言葉を継いでかの国際ジャーナリストは辛辣に語ったのである。すなわち、「終わりの始まり」と言挙げした意味は実に深刻と言わざるを得ないのである。

この報道番組を見ながら、ナバロ氏が話に登場した時、ある記憶が呼び起こされた。元ワシントンポスト記者のボブ・ウッドワードが1期目のトランプ政権時代、政策決定の内幕を精緻な取材で掘り起こし米国でベストセラーとなった「FEAR恐怖の男-トランプ政権の真実」(2018年9月刊)の興味深い記述である。貿易赤字問題で米国が中国に新たな関税を課した場合についての議論を活写したウッドワードは、「中国は対策を明確に知っている」としたうえで「中国の知能を博士なみとすれば、アメリカは幼稚園児のようなものだ」と書いた。当時の国家経済会議委員長のゲーリー・コーンが、アメリカは中国との貿易を絶対的に必要としているという商務省の研究を示しながらトランプ大統領と会話を交わす場面である。「大統領が中国だとして、アメリカを破滅させたいのであれば、抗生物質の輸出を中止すればいいんです。アメリカ国内で抗生物質がほとんど製造されていないのをご存じですか?」とコーン。当時アメリカで使用されている抗生物質の96・6%が中国からの輸入だったという。「トランプが不思議そうな顔でコーンを見た。『別の国から買えばいい』とトランプが提案した。『つまり、中国はそれ(抗生物質)をドイツに売り、ドイツがそれに利益を乗せて、私たちに売る。中国との貿易赤字は減りますが、ドイツとの赤字は増えます。利益が乗せられた分を、アメリカの消費者が払うことになる。それは私たちの経済にとって、いいことでしょうか?』」となったところで当時国家通商会議委員長のピーター・ナバロが言葉を挟んだ。「ドイツではない国から買えばいい」と。「問題は変わらないと、コーンは答えた。『タイタニック号のデッキチェアをならべ替えるだけのことです』…」。ウッドワードが「アメリカは幼稚園児のようなもの」と書く意味がわかって言葉を失ったことが蘇ったのだった。

欧米メディアに目を向けてみる。フィナンシャルタイムズのチーフ・エコノミクス・コメンテーター、マーティン・ウルフは「トランプ関税で世界貧しく、米国が築いた秩序崩壊か」と題した稿で「今回の大混乱で経済が低迷するのは必至で、26年の米中間選挙で共和党は完敗するだろう」と語るとともに、トランプ氏が「理不尽な政策や深刻な害をもたらす行動に出る」ことは「中国にとって願ってもない贈り物となる」と鋭く論じた。ブルームバーグは「税ショックの連鎖で変わる世界、勝者は米国か中国か-予断許さず」という掲題の記事で「米国発のショッキングな危機は、過去四半世紀にわたり世界経済を変え、いまだに弱まる兆しを見せずにじわじわと進行する『中国ショック』と交差する」として「トランプ関税は中国にとって好機だ。信頼できる経済パートナーとして自らを位置付ける扉を再び開いてくれたからだ」と指摘し、「中国が大きな勝者となるだろう」という米外交問題評議会のシニアフェローで国際貿易の専門家エドワード・オールデン氏の言を引いた。また、かつて英BBCのアジア担当リードプレゼンテーターを務め現在はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストとして健筆をふるうカリシュマ・バスワニは「トランプ関税の行き着く先、中国を再び偉大に」「トランプ氏の関税『いじめ』、いずれ裏目に」「米中貿易戦争、準備万端の中国は先に折れず」とコラムを相次いで執筆、「米国と中国の貿易戦争が激化する中で、先に折れるのは中国ではないだろう」として「中国は本格的に動き出している。追加の景気刺激策について話し合うため、最高指導部による会議を開催し、また、米国との貿易に関する2万8000字に及ぶ白書を発表。話し合いの場を持つ意思があることをあらためて示す一方で、米国に対して『自業自得』と警告を発した」と指摘した。さらに、ナバロ氏が13日のNBCニュースで「私たちは中国に交渉への参加を呼び掛けた。トランプ大統領と習主席はいい関係にある」と語ったことを挙げて日本のある経済ジャーナリストは「実質的にトランプ大統領が中国に“白旗”を掲げたに等しい」と指摘した。もはや帰趨は明らかである。

この10年来「変わる世界」と語り続け、新たな世界秩序への過渡期を生きるわれわれと唱え続けてきた筆者だが、これほどまでに劇的に地に落ちた米国の姿を目の当たりにするとは驚きを禁じ得ない。経済メディアには、戦後世界の米国一国覇権の土台となってきたブレトンウッズ体制の「終焉」に触れる論調まで出始めた。まさに「終わりの始まり」という口吻が重く響く事態となっている。

この間の「トランプの米国」の迷走によって、まさしく、われわれの世界観、時代認識が深く、鋭く問われる時代を生きることになったという感慨をますます強くする。世界は変わる!浅薄であってはならぬ、鋭く見つめ、深く考えよという言葉が胸の裡に響く。(4月15日記)

(文・木村知義)

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【筆者】木村知義(きむら ともよし)、1948年生。1970年NHK入社。アナウンサーとして主に報道、情報番組を担当。1999年から2008年3月まで「ラジオあさいちばん」(ラジオ第一放送)のアンカーを務める。同時にアジアをテーマにした特集番組の企画、制作に取り組む。退社後は個人研究所「21世紀社会動態研究所」で「北東アジア動態研究会」を主宰。

(中国経済新聞)