不治の病を患う巨大ECプラットフォーム企業の副社長。自らと病に苦しむ人たちを救うためへの挑戦!

2022/10/6 11:15

2022年9月21日、SNSのライブスタジオに異例のインフルエンサーが現れた。通販サイト大手「京東」(JDドットコム:2022年第2四半期売上高は5兆円を超える)の副社長である蔡磊(Cai Lei)氏だ。「なぜ蔡氏が薬の宣伝を?」「事業に失敗したのか」といった声も出た。

蔡氏にとってこれは、自らを救うための懸命な戦いなのであった。

今年46歳になる蔡氏は、41歳の年に「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)と診断された。

蔡氏は、これまでの人生は順風そのものだった。1976年に軍人の家に生まれ、中央財経大学を卒業後に税務関連の職に就いた。2003年にサムスン中国本部で税務マネージャーとなり、抜群のキャリアを発揮してビジネス界で頭角を現した。その後、不動産大手「万科集団」(Vanke)に転職し、統括税理士となった。ところが、まさに乗りに乗っていたその時に創業間もない京東への入社を決意した。10年間にわたるその奮闘に支えられた京東は競争の厳しいIT業界を勝ち抜き、蔡氏も副社長に登り詰めた。

蔡氏は、従来の慣例を打ち破る形で電子版の帳簿を導入したことで、中国IT界におけるレジェンドとなった。

ところが、栄光の背後に病が潜んでいた。2018年、左腕の筋肉がぴくぴくするような症状が現れたのだ。働き盛りだった蔡氏は気にも留めなかった。それまで6-7年間にわたって身体を酷使していたため、妻の段睿(英語名)さんは非常に心配し、病院に行くよう強く勧めた。

交渉の場では顔色一つ変えない「大物級」の蔡氏は、病院で診断結果を聞いた時に人生最大の狼狽を覚えた。医学史上における世界的難病で治療の術がないALSだったのだ。干からびていくチョウのように全身が委縮していくも恐ろしい病気と言われている。

蔡氏はそれから半年間、夢の中をさまよう状態となり、深夜まで寝付けない状態が続いた。仕事は申し分ないのになんでこんな目に遭うんだ、としきりに自問した。呆然、焦燥、悔やみ、無念といった気持ちが胸いっぱいに広がり、人生最大の暗闇を迎えた。

蔡氏は妻に迷惑をかけたくないと思い離婚を申し出た。しかし予想通り即座に断られた。「家族じゃないの。どんなにつらくても一緒に立ち向かわなくちゃ」と言われた。2人は幼馴染で支え合い、最も厳しかった時期も乗り越えてきた。この重大な時に妻は、夫の手を放さなかったのだ。

夫婦でALSに関する資料を漁ったところ、今の医学では解決策が見当たらないことが分かった。抑制薬として世界的に知られているリルゾール(Riluzole Tablets)は、每月4,000元という法外な出費がかかる上、症状を遅らせるものであって完治はできない。病との戦いで蔡氏は同病の患者と知り合って、まさに「この世の苦しみ」も感じたのである。

そこで蔡氏の頭に、自らを、そして人を救うために「ALSを治せる薬を探そう」との考えが芽生えた。43歳にして新薬の開発という苦難の道のりを歩み出すことになった。

蔡氏は一流の科学者や医師、製薬会社の社長と知り合い、トップレベルの交際範囲を得たと言える。さらには、薬の開発という重責を担うだけの責任感や使命感を生まれながらに備えていた。

こうして蔡氏は大金をはたいて製薬会社を設立し、科学者や医療関係者が日夜奮戦するようになった。あらんかぎりの資料を集めるために患者に対して死後の献体を呼びかけ、自らも献体を決意した。

しかし一番の問題は開発資金であった。スタッフは30人以上で、うち開発メンバーが10人おり、バイオの研究は年間でほぼ1,000万元が必要であった。さらに遺伝子治療薬を使うのに5,000万元が必要で、蔡氏1人の財産で全事業の研究費を賄うのは不可能であった。

蔡氏は、事業を進めるための資金を広く社会から募ろうと、京東の副社長という身分も捨てて製薬計画を説明したが、相手にされなかった。お金を工面するため、ALSの患者が年々増え続けていることを証明する資料をかき集めた。こうした説得にうなずいた1%の投資家が資金を提供し、製薬事業に希望が射してきた。

開発が進む中でも蔡氏の身体は悪化していった。2021年には右手を動かすことができたが、わずか1年後に指1本しか動かせなくなった。残された時間は少ないと感じ、連日に渡り専門家と検討会を開くなど働きづめとなり、会社は来る日も夜通し灯りがついていた。妻は怒って「これでは自殺同然だわ」と言った。蔡氏もそう思ったが、ほかに道はなかったのだ。

蔡氏は以前、「1000分の1しか望みがなくても続けるか」と聞かれた時、即座に「1000分の1だろうが10万分の1だろうが100%の努力をする」と答えた。また彼は、「1がなければ1を作るんだ」とも述べている。

蔡氏は、薬の開発をする一方で、中国各地のALS患者が集めた資料や自覚症状をすぐさま連絡できる「助け合いの家」というプラットフォームを設立した。専門家も医師も患者の同意を得ればデータを検索して速やかに研究が行える上、患者もこのシステムにより病院の所在地や治療薬を調べることができる。

蔡氏とそのスタッフの頑張りで、「15年かかっていた薬の開発プロセスが5年に短縮した」とも言われている。薬を求め、庶民の命を救うために莫大な資金を投じた。本人いわく「50万人の患者を救いたい」とのことである。

蔡氏は2022年、資金をさらに集めるために自らSNSの場に姿を見せ、ライブコマースを始めた。

わずか数時間で7,000人以上のリスナーが現れ、そのうち15%がALSとの戦いをサポートするために力を貸すということであった。

世界に5種類ある不治の病の1つと言われるALSだが、蔡氏の活躍は患者に希望を届けている。

ホーキング氏は指一本しか動かせない体でブラックホールの放射を発見し、世界的な宇宙学者、数学者となった。彼も蔡氏も、数知れぬALSの患者と同じように、命を敬い、生活を大切にし、運命に屈しない。力強く生きる姿に、誰もが心を打たれる。

(中国経済新聞)