安倍元首相が奈良市で死亡した。あまりにも驚きだった。葬儀の日、東京の増上寺に行き、純白の生け花をささげた。
この花は私自身だけでなく、依頼された数多くの中国の友人も代表したものである。
安倍氏の突然の死について、中国では見解が真っ二つに割れている。外国の政治家を巡って世論が分かれるのは、中国では極めて異例のことである。
安倍氏について一方では、バブル経済の崩壊以降では最も秀でた政治家であり、行ったことはすべて、一国の首相として国や国民の利益を守るとの立場からのもので、尊重し評価すべきだ、と見ている。
また一方では、次のような行為をしたゆえに「死んで当然だ」と言うのである。
1,釣魚島(尖閣諸島)問題で中国と全面的に対抗した。
2,靖国神社を参拝した。
3,台湾問題で中国に内政干渉をした。
よって中国のネットでは、安倍氏を殺害した山上徹也容疑者を「現代の安重根」(伊藤博文を殺害した朝鮮人)と見なし、「英雄」扱いする声も出た。
こうした世論の対立に中国政府が不安を感じ、議論の発生したWeChatや動画のアカウントは当局により削除されている。
習近平国家主席と夫人の彭麗媛氏、李克強総理が、岸田首相や昭恵夫人あてに、安倍氏について「中日関係の改善に務め、有益な貢献を果たした」との弔電を送り、そこで初めて、公式にも安倍氏の訃報を正当に伝えるようになった。ただしネットでは依然として「安倍は中国人の敵だ」との声が上がっている。
WeChatの「静説日本」で、「安倍氏の宿命」、「安倍氏の遺産」、「安倍氏の葬儀」と立て続けに3本の記事を発表した。閲覧数は219万人に達し、自身で撮影した動画「安倍氏よさらば」は、アクセス数が361万人に達した。
これらの記事や動画は中国でかなりの反響を招いており、安倍氏の支持派も反対派も、今回の死についてかつてないほど関心を寄せていることが分かる。またその背後に、中日関係の先行きに対する関心も潜んでいる。
中国の友人から、「安倍氏の死去で中日関係は変わるのか」といった質問も寄せられた。
大部分の中国人は、安倍氏という「厄介者」が去ったことで日本との関係がよくなって欲しい、と願っている。その理由は、アメリカ軍による広島への原爆で親戚2人を失った岸田氏は平和主義者であり、戦争を憎み、アメリカを憎んでいる、と見ているからである。
しかしその岸田氏は、安倍氏の死去後の記者会見で、遺志を継いで全力で憲法修正にあたると述べ、さらには安倍氏が主張していた「防衛費の倍増計画」に取り組むとしている。
この情報が伝わった中国では、「岸田氏は安倍氏よりも右翼だ」と思われ、安倍氏のいない中日関係にまた不安感が広がっている。
今年は中日国交回復からちょうど50年であり、これを契機に日本政府が中国との関係を回復させ、対立を解いて欲しいと中国人は望んでいるが、中国がどういった努力をすべきかと入念に考える人はまれである。
力ずくでの張り合いを続ける中日両国。台湾問題や歴史問題という課題が依然として横たわる。「安倍氏の死」について、「歴史は記憶すべきだが日本への恨みは育てるな」と若者に呼びかける声もある。ただ、それを実行するのは容易ではない。
(中国経済新聞編集長 徐静波)
【筆者】徐静波、中国浙江省生まれ。1992年来日、東海大学大学院に留学。2000年、アジア通信社を設立。翌年、「中国経済新聞」を創刊。2009年、中国語ニュースサイト「日本新聞網」を創刊。1997年から連続23年間、中国共産党全国大会、全人代を取材。中国第十三回全国政治協商会議特別招聘代表。2020年、日本政府から感謝状を贈られた。
講演暦:経団連、日本商工会議所など。著書『株式会社中華人民共和国』、『2023年の中国』、『静観日本』、『日本人の活法』など。訳書『一勝九敗』(柳井正氏著)など多数。
日本記者グラブ会員。