米国の関税政策を背景に、中国から東南アジアやインドなどへ生産や発注を移す「中国+1」の動きが広がってきた。ところが、実際に海外で生産を始めた企業の間では、想定していなかった問題が相次いでいる。
部品や金型を中国から輸入しなければならない。熟練した人材を確保できない。電力供給が不安定――。こうした問題によって海外移転のメリットが薄れ、一度は中国から移した注文や生産ラインを、再び中国へ戻す企業が出始めている。
ロイター通信によると、米国の大手顧客から一部の注文を中国からインドへ移された中国・遼寧省の大王精铸有限公司では、その後、顧客が再び同社に発注する動きがあったという。インドでの生産に問題が生じたことが理由とされる。
同社の副社長Heather Kuang氏は、中国のサプライチェーンには非常に大きな強みがあり、他国で同じ生産体制を再現するのは難しいと指摘している。同社自身も一時は生産の一部を海外へ移すことを検討したものの、最終的には実施しなかった。
また、複数の関係者によると、米小売大手ターゲットも一部の発注を中国のサプライヤーに戻したという。サプライチェーンの混乱や現地での生産上の制約が背景にあるとされる。
「工場を移せばコストが下がる」は本当か。
中国からベトナムやインドなどへ生産を移す動きは、決して止まっているわけではない。インドネシアやベトナムには、電子機器や自動車などのメーカーが引き続き投資している。
しかし、実際に現地で工場を運営してみると、中国では当たり前だった条件が簡単にはそろわないことが明らかになってきた。例えば、必要な設備や部品を現地で調達できず、中国から輸入しなければならないケースがある。さらに、熟練労働者の不足や電力供給の不安定さなども、生産効率や納期に影響する。
つまり、工場そのものを移転しても、それを支えるサプライチェーンまで同時に移せるわけではない。
中国では、原材料や部品、金型、設備メーカー、物流会社、加工業者などが長年にわたって集積してきた。こうした企業間の分業ネットワークが近距離に存在することが、中国の製造業を支える大きな強みとなっている。
こうした変化は、オンラインファッション通販大手SHEIN(シーイン)をめぐる動きにも表れている。
ロイター通信が8月に報じたところによると、SHEINがベトナムで借りていた倉庫・物流施設は、かつて15ヘクタール規模に達し、数千人を雇用していた。しかし現在、その賃借面積は6ヘクタールまで縮小しているという。
一方、中国・広東省広州市番禺区に集積するSHEIN関連の工場では、以前ベトナムへ進出したサプライヤーの一部が中国へ戻ってきたとの証言も出ている。
SHEINはさらに、広東省のスマートサプライチェーンに100億元(約2000億円)を超える投資を行うと発表している。
「ねじや金型まで中国から輸入」 海外移転の落とし穴。杭州の屋外家具輸出業者、金朝峰氏もその一人だ。同氏は2024年にベトナムに設けた生産拠点を閉鎖し、今年、生産ラインを中国へ戻した。現地では必要な設備を調達するのが難しく、ねじやカップホルダーの金型といった基本的な部品まで中国から輸入しなければならなかったという。
海外に工場を移せば人件費などを抑えられる――。当初はそうした計算が成り立っていた。しかし、設備や部品の調達、物流などを含めて計算し直すと、中国との総コストに大きな差はなかった。
金朝峰氏は、「すべての要素を考慮すると、総コストにそれほど大きな差はなく、移転する意味がない」と話している。
これまで企業の海外移転を後押ししてきた大きな要因の一つが、米国の関税だった。
英エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)の7月時点の試算では、米国の中国製品に対する実効関税率は約20%。一方、ベトナムは6.1%、インドネシアは13.4%、タイは4.5%だった。
この差は、企業が生産拠点を中国から移す強い動機になっていた。
しかし、米国が関税の対象をより幅広い国・地域へ拡大したことで、以前ほど「中国だけ関税が高い」という構図ではなくなっている。
さらに、企業が重視するのは関税だけではない。
原材料の調達、部品の供給、人材の確保、物流、設備、電力、品質管理、納期――。こうした要素をすべて含めて考えなければ、本当の意味での生産コストは見えてこない。
「安さ」から「安定性」へ。エネルギー供給も重要な判断材料になっている。
ポーランドに本社を置く包装会社DST PackのクリクンCEOによると、今年4月の原油価格上昇によってプラスチック原料のコストは15%上昇した。それでも、同社と6年間取引してきた中国メーカーは安定した生産を続けたという。
DST Packの生産能力の80%は、現在、深圳の工場に依存している。米国と欧州にあるバックアップ工場がそれぞれ10%を担っているが、単位当たりの生産コストは深圳工場の2~3倍に達するという。
危機が起きたときに安定して製品を供給できるかどうか――。企業にとって、この「安定性」の価値が改めて見直されている。
中国の強みは「工場」ではなく「産業のネットワーク」。
上海外国語大学中英人文交流センターの研究員、王瀚浥氏は、「中国+1」の実施が想定以上に難しい理由について、製造業の立地は関税や人件費だけでは決まらないと指摘する。
重要なのは、効率的で安定し、リスクにも対応できる生産ネットワークを構築できるかどうかだ。
中国では長年にわたる産業集積によって、専門的な分業体制と企業間の協力関係が形成されてきた。こうしたネットワークには強い累積効果があり、工場だけを別の国へ移しても、短期間で同じ環境を再現することは難しい。
そのため、企業の判断基準も変わりつつある。「どこで作れば一番安いか」だけではなく、「どこなら予測可能なコストで、安定して効率よく生産できるか」が重要になっているのだ。
もっとも、今回の動きをもって、世界の製造業が一斉に中国へ戻り始めたと見るのは早計だ。
ベトナムやインドネシアなどへの投資は依然として続いており、企業にとって生産拠点を分散させる「中国+1」の意義も失われていない。
むしろ現在進んでいるのは、中国か海外かという二者択一ではなく、中国と複数の海外拠点を組み合わせる新たなサプライチェーンの構築といえる。
一部の企業にとっては、海外へ移した生産のすべてを中国へ戻すのではなく、中国を重要な中核拠点として維持しながら、海外にも生産能力を確保することがリスク分散につながる。
今回の「中国回帰」が浮き彫りにしたのは、単純な人件費や関税率だけでは測れない中国製造業の競争力だ。
部品メーカー、設備メーカー、金型、物流、熟練人材、エネルギー、そしてそれらを結びつける企業間ネットワーク。長年かけて形成されたこうした「産業の生態系」は、工場を別の国へ移すだけでは簡単に再現できない。
世界のサプライチェーンは今、中国から離れる方向だけに進んでいるわけではない。
「中国+1」の時代に入りながらも、中国を完全には外せない――。
それが、企業の海外移転が進んだ数年間の実践から見えてきた、もう一つの現実なのかもしれない。
(中国経済新聞)
