古典に映る中国人の「年越し」――春節の伝統習俗を読む

2026/02/16 11:00

本日16日は2026年の旧暦大晦日にあたり、翌17日は春節(旧正月)を迎えます。春節は「年節」「過年」とも呼ばれ、中華民族にとって最も古い歴史をもち、内容が豊かで、人々の深い情感を結びつけてきた伝統的な祝祭である。。単に旧暦の新年の始まりを告げる日ではなく、古きを送り新しきを迎える意識、天を敬い祖先を敬う倫理観、福を祈り吉祥を招く願い、そして家族団らんという価値観を凝縮した時間でもある。そこには、農耕文明と宗族的倫理が長い年月をかけて交錯してきた文化の結晶がある。

狭義には、春節は旧暦正月一日(元日)を指すが、民俗的にはその期間ははるかに広い。一般には臘八(ろうはち)から小年(しょうねん)に始まり、正月十五日の元宵節(げんしょうせつ)前後までを一つの「年越し」の周期とみなす。2026年の場合、旧暦正月一日は2月17日、正月十五の元宵節は3月3日にあたる。年末の準備から灯りがきらめく元宵の夜に至るまで、約一か月にわたり、大掃除、祖先祭祀、祈願、年始回りなどの歳時の営みが続き、中国民間における最も整った連続性のある年中行事体系を形づくっている。

歳首祭祀と農時の循環――春節の起源

春節の起源は、上古にさかのぼる歳首の祭祀に求められるとするのが通説である。農耕社会において、年の改まりと四季の循環は生活の根幹にかかわる重大事であった。人びとは一年の初めに天を祭り祖先を敬い、風雨順調と五穀豊穣を祈願した。

『尚書』「舜典」には、「正月上日、終を文祖に受く」とある。すなわち、正月の最初の日に帝位の終わりを祖先に報告したという意味であり、すでに舜の時代に正月が新年の始まりとされ、厳粛な儀礼が営まれていたことを示している。

また『礼記』「郊特牲」には、「歳の祭は腊に始まる」と記され、年末から年始にかけての祭祀が制度として整えられていたことがうかがえる。

「年」という語も本来、農作物と深く結びついている。『説文解字』は「年、穀熟なり」と解する。つまり「過年」とは、本来は穀物が実り、一年の労苦が実を結んだことを祝う意味であり、自然の循環に感謝する行為であった。

漢代に至り、正月一日が全国統一の歳首として確立する。『漢書』「律暦志」には、漢武帝が「太初元年、正月を歳首とす」と定めたとある。ここにおいて春節は国家的時間秩序の起点となり、その後、歴代王朝を通じて礼制と習俗が重層的に積み重ねられていった。

民俗体系の形成と継承

歳首祭祀を核としながら、春節はやがて大掃除、祖先祭祀、春聯(しゅんれん)貼り、守歳、年始回り、廟会(びょうえ)などを含む総合的な祝祭体系へと発展した。地域差はあるものの、それらは総体として中国人独自の「年の文化」を構成している。

以下に、代表的な十大伝統習俗を挙げる。

一、新春の大掃除――古きを払い新しきを迎える

春節前の大掃除は古くからの習わしである。『呂氏春秋』「季冬紀」には、「歳終われば穢れを除き、新しきを布く」とある。すでに堯舜の時代、人びとは年末に住まいを清め、疫気を祓ったと伝えられる。

「塵(ちり)」と「陳(ふるい)」が同音であることから、大掃除は「除陳布新(古きを除き新しきを広める)」の象徴とされ、厄を払い新たな運を迎える願いが込められている。

二、春聯と「福」字貼り――朱の一枚に吉祥を託す

春聯の起源は桃符にある。『後漢書』「礼儀志」は、「桃木の板に神荼・鬱塁の名を書き、百鬼を鎮めた」と記す。五代後蜀の孟昶が「新年余慶、嘉節長春」と題したのが、最初の春聯とされる。

門の左右に対聯を貼り、門の上に横書きを掲げ、「福」の字を門や壁に貼る。ときに逆さに貼り、「福が到る(福到)」を意味する言葉遊びを表す。

三、祭神・祭祖――終わりを慎み、遠き祖を思う

『礼記』「祭義」は、「祭は孝を継ぐ所以なり」と説く。春節の神仏や祖先への祭祀は、天を敬い祖先を敬う観念の具体的な実践である。大晦日から正月にかけて供物を供え、香を焚き、拝礼する行為は、追憶と感謝の表現である。

四、餃子・湯円・年糕――食に願いを込める

北方では正月一日に餃子を食べる。「更歳交子(歳が改まり子の刻に交わる)」の語呂合わせにちなむ。『清嘉録』には、餃子に小銭を包み、福を招く象徴とする習俗が記されている。

江南では湯円(団子)を食べ、団らんを象徴する。年糕(ねんこう)は「年高」と同音で、「一年ごとに高まる」という願いを込めている。

五、守歳とお年玉――灯りを絶やさず平安を祈る

『晋書』「礼志」は、「除夕、旦に達して眠らず、これを守歳という」と記す。家族が語らいながら夜を明かし、新年を迎える風習である。

圧歳銭(お年玉)は漢代にさかのぼる。『資治通鑑』は、長輩が銭を与えて邪気を鎮めたと伝える。今日の紅包(こうほう)も、その加護の意味を受け継いでいる。

六、爆竹――音で邪気を祓う

『荊楚歳時記』は、「正月一日、鶏鳴とともに起き、庭前で爆竹を鳴らし、悪鬼を退ける」と記す。竹を焼く音が邪気を払うと信じられた。火薬の発明後、花火へと発展したが、その象徴性は今も変わらない。

七、年始回り――礼をもって情を通わせる

『清嘉録』には、「元日、男女みな盛装し、親友を訪れて賀詞を述べる」とある。家族から親族、友人へと挨拶を重ね、人と人との絆を深める。

八、廟会――祈りと市井のにぎわい

『東京夢華録』は、北宋の都・汴梁における春節の廟会のにぎわいを活写している。宗教儀礼と市が融合し、芸能と商いが並び立つ祝祭空間であった。

九、舞龍・舞獅――祥瑞と鎮邪の象徴

『漢書』は、漢代にすでに舞龍による祈雨の習俗があったと伝える。龍は吉兆の象徴、獅子は邪気を鎮める象徴であり、太鼓の響きとともに共同体の活力を体現する。

十、高蹺(たかあし)――祝祭を彩る伝統芸

『列子』「説符」には、高足芸の古さを示す記述がある。春節に披露される高蹺は、神と人をともに楽しませる祝祭芸能として親しまれてきた。

「民もまた労みを止め、小康すべし」

『詩経』には「民もまた労みを止め、小康すべし」とある。春節とは、日々の労苦をひととき休め、再び歩み出すための時間である。団らんであると同時に伝承であり、祈願であると同時に感謝でもある。

千年を超えて連綿と受け継がれてきたこれらの習俗は、中国人にとって時間と家族、自然と生命を結ぶ文化的な回路である。春節は単なる祝日ではない。そこには、歴史を生き継いできた人びとの「年越しの道」が、静かに息づいている。

(中国経済新聞)